トップ » 深尾光洋の金融経済を読み解く

深尾光洋の金融経済を読み解く

2011年4月20日 大震災、原発事故からの復興と情報開示−Market for Lemonsの理論による分析

  • Tweet this articl

後手に回った政府の対応

 今回の福島第一原子力発電所の重大事故では、政府・東電の対応が後手に回ってきた。原子力安全・保安院は、大量の放射能を放出した3月15−16日から1ヵ月近く経過した4月12日に、原発事故の国際評価尺度をチェルノブイリ事故と同格のレベル7に引き上げたが遅きに失した。十分な情報開示がなければ、ごく一部の政府関係者しか事故の実態を知ることができない。

 このような日本政府の態度に対して、外国政府や外国人観光者、留学生が、厳しい対応を取るのは当然である。各国大使館、外国の航空会社などは、関東から関西やアジア諸国などに拠点を移し、多くの観光客や留学生は帰国を急いだ。本稿では、放射能で大なり小なり汚染された食品市場の問題を、情報の経済学でよく知られている"market for lemons"の考え方を使って、解決方法を提案してみる(注1)。

風評被害とはなにか

 Market for lemonsは、米国において品質が不確かな中古車市場が十分機能しない状況を説明する分析手法である。米国の口語では、一見よさそうな中古車などに大きな欠陥が隠されている場合、その自動車をレモンと呼ぶ。品質管理がなされていない中古車販売店に、重大な隠された欠陥がある自動車が含まれていると、人々はレモンをつかまされることを避けるために、うんと安値でなければ、その販売店では中古車を買わない。逆に安い値段でしか売れない販売店には、欠陥のある中古車しか持ち込まれなくなって、中古車市場が機能しなくなってしまう。これは、販売店が風評被害を受けているのではなく、十分な品質管理をせず欠陥を開示しない販売店では、安値でしか車が売れないだけである。

 東北地方の農産物価格は、汚染を恐れる消費者に敬遠されて、大幅に値下がりしている。これを政府やマスコミは「風評被害」と呼んでいるが、これは不十分な情報開示に対する消費者による合理的な対応である。政府は原発事故のあと、生鮮野菜の汚染調査方法を通達で変更して、実質的に出荷停止する放射線濃度の基準をかなり引き上げた(注2)。

 食品の場合は、地域別・品目別の汚染情報が開示されておらず、政府が定めた安全基準を上回る食品だけが出荷を停止されているに過ぎない。こうした中で、放射線の影響が大きい児童や女性は、原発周辺地域の農産物を避けて、出来る限り体内被曝を避けようとするのが当然である。政府関係者は、こういう当然の消費者行動を「風評被害」であるとして、あたかも消費者の行動が合理的でないかのように非難しているが、全く的外れである。

 市場を機能させるためには、徹底した情報開示しかない。原発周辺の農地から出荷される生鮮食品については、ロットごとに放射線濃度の水準を明示し、厳しく設定された安全基準を上回って汚染されている食品の出荷を停止するとともに、それ以下の水準であっても、公表すべきである。また、表示を偽った業者に対しては厳しい罰則を課すべきであるが、安全基準内の農産物については、情報開示のうえ出荷を認めるべきである。開示制度に対する信頼が維持されれば、放射線濃度が非常に低い産物には、通常の価格がつくはずであるし、非常に低くなくても基準内に収まっている産物には、それ相応の安い値段がつくことになるだろう。これは、風評による安値ではなく、市場が評価した正当な値段ということになる。基準濃度以上の汚染食品および原乳は東京電力が直ちに買取りに応じるべきである。また、安全基準を下回りながらも汚染されていない食品よりも安値となった産物には、差額を補償する。これは補償として当然であり、基準を上回る食品が間違って市場に出回ることを防ぐ意味もある。

 以上をまとめると、政府は以下のように対応すべきだ。

(1)原発事故以前に生産された食品については、生産時点を証明した上で自由に流通させる。

(2)流通が禁止される水準以下の食品については、検査結果証明を添付して流通させる。虚偽表示に対しては厳罰を課す。価格低下による生産者の損失は、東京電力が補償する。

(3)東京電力は、安全基準以上に汚染された食品を買い上げて廃棄する。

−−
注1.風評被害対策は、現代経済研究グループ有志による提言である。賛同するメンバーは以下のとおり。深尾光洋(慶応大学)、伊藤隆敏(東京大学)、浦田秀次郎(早稲田大学)、土居丈朗(慶応大学)、八田達夫(大阪大学・学習院大学)、八代尚宏(国際基督教大学)。

注2.従来は水洗いしない状態で汚染を測定する規定であったが、洗ってから測定する方法に変更した。収穫直後であれば放射能汚染は水洗いでかなり除去できるが、実際に販売されるまでに時間が経過すると汚染がしみこんで水洗いでは十分除去できなくなるため、実際に販売される時点では基準値を上回る可能性がある。

(日本経済研究センター 研究顧問)

△このページのトップへ