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深尾光洋の金融経済を読み解く

2012年5月21日 ギリシャの再選挙と今後のシナリオ

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日本経済研究センター参与 深尾光洋
ギリシャの政治混乱
 
 ギリシャでは、5月6日の選挙のあと、政党間の対立で政権の樹立に失敗し、6月半ばに再選挙が行われる見通しとなった。世論調査によると、ギリシャ人の大半が「EU(欧州連合)とIMF(国際通貨基金)からの資金援助の条件として課された引き締め政策の実施は拒否するが、従来通りユーロ圏にとどまりたい」と考えているようだ。これでは、資金の出し手であるEU、IMF、ECB(欧州中央銀行)とギリシャが妥協するのか非常に困難になると予想される。本稿では、ギリシャ問題がどのように展開するかを、現在の制度的枠組みを前提として最も蓋然性が高いと判断されるシナリオを描くことで説明してみる。もちろん、ドイツをはじめとする欧州主要国やECB、IMFなどの国際機関が、これまでの方針とは異なる対応を採用する可能性もあることには留意する必要がある。

 ギリシャは、今年3月に対民間債務の約75%を切り捨てる実質的な債務不履行(デフォルト)を実施したが、これまでのところ国際的な援助機関に対する債務に対しては、カットを実施していない。しかし今後左翼政党を中心とする新政権が樹立されて財政引き締め政策を放棄すると、EUとIMFによるギリシャに対する資金援助は停止させると見込まれる。その場合、ギリシャ政府は新規借り入れが全くできなくなると予想される。プライマリーバランスで赤字に陥っているギリシャ政府は、政府債務の元利払いを全面停止し、税・社会保険料をすべて動員しても公務員給与や年金など政府の経常支払に不足するようになるだろう。これで、ギリシャは短期間に2度目のデフォルトを実施することになる。ギリシャの国債価格はさらに下落するだろう。

ギリシャの対外支払いは困難に

 この結果、多額の国債を保有するギリシャの銀行部門は債務超過に陥る。ECBは債務超過の銀行に対して資金援助することを禁止されているため、ギリシャの銀行部門は破綻に瀕する。資金繰りに窮するギリシャ政府も銀行を救済することはできない。ギリシャの預金者はユーロ現金の引き出しやドイツなどの信用度の高い銀行に送金して対応しようとするだろう。しかしギリシャの銀行はECBからの借り入れが不可能になり、支払いを停止せざるを得ない。また、他国の銀行も、ギリシャの銀行からの送金受け入れを停止するだろう。これは、ギリシャの銀行の支払準備であるECBへの当座預金が不足することが明白だからである。このため、ギリシャの個人や企業は、ギリシャの銀行を経由した対外支払いが不可能になる。ギリシャの個人や企業はギリシャ以外の国の銀行に口座を開設し、資金の受払をギリシャ国外で行う必要が生ずるだろう。

 また2度目のデフォルトでは、ギリシャは対民間だけでなく、公的機関であるIMF、EFSF(欧州金融安定化基金)、ECBからの債務についても支払を停止することが避けられないと見込まれる。現在のギリシャの負債総額は、ユーロ圏諸国やIMFによる資金援助が2400億ユーロ(約24兆円)、対ECBが1300億ユーロ(約13兆円)に達しており、これがデフォルトすると他のユーロ圏諸国やECBに巨額の損失が発生する(注:2012年5月14日付Financial Timesによる)。これが明らかになると、他のユーロ圏諸国はギリシャの無責任な政策運営に対して強い不満を持つことになるだろう。またその場合には、アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリアなど欧州周辺諸国の対EFSF、ECB債務にもスポットライトが当たるだろう。ユーロ圏内の支払機構を管理するECBのソブリンリスク対策が強化されることになればECBによる銀行への緊急融資が制約されるため、ユーロ圏内の円滑な支払いが困難になり、ユーロシステムの解体に向かう可能性さえあると考えられる。しかしギリシャは、2度目のデフォルトを行うだけではギリシャ経済の高コストを引き下げられないため競争力の回復につながらず、経済の停滞は継続するだろう。

ギリシャのユーロ圏離脱の可能性

 ギリシャ政府は巨額の増税を実施しない限り、円滑な公務員給与の支払いや銀行部門の安定さえ維持できない状況に陥るだろう。ギリシャの経済停滞が続くと、ギリシャからユーロ圏中心国のドイツ等への人口流出が激しくなる可能性が高い。すでに、経済危機に陥ったアイルランドからは、同じ英語圏のイギリスへの人口流出が大幅に増加している。現在EU域内では人の移動は原則自由であり、医師、弁護士、会計士などの職業のライセンスもEUで単一となっている。ギリシャ経済の低迷が長期化し、高失業率が継続すれば、若年層を中心に多数のギリシャ人が他国に働きに出る可能性が高い。

 またギリシャによるECB、IMF、ユーロ圏諸国に対する債務不履行は、将来こうした機関からの新規借り入れが実際上不可能になることを意味する。さらに、他のユーロ圏諸国に大きな損害を与えたギリシャは、ユーロ圏やEUそのものからの離脱を余儀なくされる可能性もある。経済停滞と資金繰り難に直面するギリシャ政府は、独自通貨の導入に向かう可能性が高い。たとえばギリシャの旧通貨であるドラクマの再導入である。ユーロ圏から離脱してギリシャ政府が活動を維持するためには、ユーロ導入以前の独自通貨であるドラクマを再導入し、ギリシャの中央銀行を欧州中央銀行から独立させて運営する必要が生ずる。

 ドラクマを再導入するためには、ギリシャ政府はまず政府債務や銀行部門、企業・家計部門のユーロ建て債権債務を全てドラクマ建てに一対一の比率で強制転換する政令ないし法律を制定する必要がある(注:一対一の比率で転換する必要は必ずしも無いが、ドラクマ転換の効果はこの比率に依存しないため、最も実施しやすいこの比率が使われることになるだろう)。このドラクマ転換により、国内の貸し出し契約や雇用契約も強制的にドラクマ建てに切り替えられる。政府債務の通貨を強制転換することは、デフォルトに相当する。またこれは、民間契約を強制的に書き換える措置であり、ギリシャ憲法上の問題が発生するかもしれない。しかし国内においては、ドラクマに換えてユーロを導入した時も同じ措置を行っているため、実施できる可能性が高い。ドラクマ現金の導入には、通貨の印刷のために数カ月以上の時間がかかるため、ドラクマ預金の引き出しや納税は為替相場で換算したユーロ現金で決済されることになるだろう。

 次に、ドラクマ導入と同時にユーロに対してドラクマを大幅に、例えば1ユーロを2ドラクマに、切り下げる必要がある。ドラクマの切り下げにより賃金・物価水準をユーロ圏に対して引き下げることが可能となり、国際競争力を回復できる。ユーロで計った賃金・物価の引き下げに伴って、ギリシャではインフレが発生するだろう。インフレは政府の税収を増大させ財政バランスを好転させる。すなわち、インフレにより実質的な政府債務のカットが発生する。ギリシャ国債やギリシャ企業、個人向けの債権を保有するギリシャ以外のEU金融機関や公的機関は、大きな為替差損を被ることになる。これに対して、ギリシャの企業や金融機関は国内債権・国内債務の両方がドラクマに切り替わってから、ドラクマの切り下げが行われるため、対外債務が対外資産より大きな主体が損失を被り、対外資産が対外債務より大きな主体が利益を得ることになる。

(2012年5月21日)

(日本経済研究センター 参与)

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