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深尾光洋の金融経済を読み解く

2015年3月26日 人口高齢化と需要不足経済

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日本経済研究センター参与 深尾光洋
長期的な需要不足経済の原因

 日本経済は資産価格バブルが崩壊に転じた1990年代以降、傾向的な需要不足に苦しんできた。この原因としては、1990年代後半の不良債権問題の深刻化、同じ時期に定着したデフレ傾向、2008年前後の世界金融危機による輸出低迷、東日本大震災後の原発停止に伴うエネルギーコストの上昇、などの要因が挙げられることが多い。しかし過去20年を超える傾向的な需要不足経済を直視すると、その原因は日本経済の中心構造にあるのではないだろうか。具体的に言えば、中高年世帯の貯蓄保有動機と、企業や若年世帯の投資動機との間に、根本的なミスマッチが発生しているのではないだろうか。

 日本の高年層は、全体としてみると巨額の金融資産を保有している。世代別の純金融資産額(金融資産-負債の純額)で見ると、50歳以上の世帯主の家計が約1200兆円のほぼ全額を保有しており、60歳以上の家計が7割程度を保有していると推計されている。これに対して50歳未満の若い世代は、金融資産と住宅ローンなどの負債が拮抗しており、純金融資産はほとんど保有していないのだ。高齢層は、年金・医療・介護保険の財政に対する信頼が揺らぐ中で、老後の医療費や介護費用に対する不安感から、巨額の貯蓄を保有している。

医療・介護費急騰で貯蓄価値減の懸念

 これに対して日本経済は、10年後、20年後の医療・介護サービスを提供できる見通しが立っていない。介護・介助ロボットや医療技術について今後相当の進歩を見込んでも、良質なサービスの提供には、多くの人による労働の投入が不可欠となるだろう。そのためには、家計部門が出産と育児、教育に多額の時間と金を投資して次の世代を育てるしかない。しかしこの次世代の人材への投資の成果は、将来の世代が提供する医療・介護サービスの価格上昇として、将来世代に帰着し、子育てを行う世代には戻ってこない。今日では人的資本に対する所有権は認められておらず、将来の人的資本に対するニーズが非常に強くても、現在の世代には子どもを産んで養育するインセンティブが働かない。この結果、老後に備えて貯蓄する中高年世代は、厳しい状況に直面する。労働力不足に対する移民政策の見直しなどの対応を早急に行わない限り、人材不足で医療・介護の相対価格が急速に上昇することで貯蓄の実質価値は減少し、貯蓄を行った時の予想を大幅に下回る医療・介護しか受けることが出来なくなるだろう。

ミクロ経済学による検討

 ミクロ経済学の基礎となっている一般均衡理論では、こうした貯蓄動機と投資動機の間にミスマッチは発生し得ない。この理論では、将来の財・サービスに対する需要は、現在の時点で将来の供給を購入しておくことで満足させることが出来ると仮定されている。理論的には、将来の財・サービスを先物市場で購入しておくことで、将来の供給不足を避けることが出来ると想定されている。

 しかし実際には、将来成人して医療・介護サービスを提供する人のサービスを予約しておくことは不可能だ。この結果、将来世代を産み育てる、ヒューマンキャピタルへの投資が不足することになる。

(2015年3月26日)


(日本経済研究センター参与)

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