日本経済研究センター JCER

深尾光洋の金融経済を読み解く

2015年7月7日 ギリシャ経済の将来

日本経済研究センター参与 深尾光洋
 7月5日の国民投票で、緊縮財政の停止を求める強い投票結果を得たギリシャ政府は、ユーロ圏から離脱するだろうか。まだ大きな不確実性が残っているが、本稿では今後の進路を占ってみよう。

1.当面、ギリシャの銀行窓口再開は不可能

 ギリシャ経済は大混乱に陥っているが、その最大の原因は銀行が少額の現金引き出し以外の取引を全面停止しているためである。報道では、銀行窓口の長い列に注目されているが、さらに深刻なのは、企業間の振替決済が出来なくなっているうえ、現金決済以外の貿易が途絶状態になっていることである。これは、ギリシャ国内の銀行が対外決済やユーロ現金の引き出しに用いる、欧州中央銀行(European Central Bank: ECB)のユーロ建て当座預金の残高が決定的に不足しているためである。企業間決済の停止と貿易の途絶は、ギリシャ経済を急激に悪化させると見込まれる。

 ギリシャ政府は国民投票の後、銀行の窓口を再開して決済業務や預金の引き出しを再開したいと表明していた。しかし、当分の間、自由な預金引き出しは不可能となるだろう。むしろ、引き出し額の制限が厳しくなる可能性が高い。これは、ギリシャの銀行が欧州中央銀行からユーロ現金の追加供給を受けられなくなっているためである。ECBはユーロ圏の中央銀行として、資金繰りが困難化した民間金融機関に対して緊急流動性援助(Emergency Liquidity Assistance: ELA)と呼ばれる通常の貸出金利を多少上回る金利での貸出枠を持っている。ギリシャの銀行がこの資金援助を受けるためには高品質の担保が必要であるが、ギリシャ政府の国民投票実施を受けて、ギリシャ国債の信用度が急落したため、6月28日以降、ELA枠の増加(貸出の増加)が停止されている。その後6月末にはIMF借入の債務不履行が発生し、さらに国民投票の結果、ギリシャ政府の財政がさらに悪化する可能性が高まり、ELA枠の拡大は絶望的となり、ECBの規定ではELA貸出枠を全面停止して貸出残高を回収すべき状態になっている。

 ELA枠の全面停止・貸出回収を行えば、ギリシャの銀行窓口の再開は、ギリシャが新通貨を導入する以外には、実際上不可能になる。これは、ユーロ現金の調達が不可能なため、銀行窓口を開くと同時に、現金不足で預金の払い出しが不可能となり、銀行部門が破綻するからである。このため、ECBによるELA停止は、ギリシャを強制的にユーロ圏から離脱させるのと同じ意味を持つ。ECBは、自らこの重大な決定を下すことには消極的であり、ELAを継続するために、ユーロ圏各国に対してギリシャ国債の債務保証を求めている。しかし、当然ながら、ユーロ圏各国はギリシャ政府による財政再建策の受け入れなしに、ECBに対するギリシャ国債の債務保証の実施は受け入れがたく、ギリシャは銀行窓口の再開が出来ない状態が継続すると見込まれる。さらに、7月20日にはECBが保有するギリシャ国債35億ユーロの返済期限が到来するが、ギリシャ政府がこの返済を行える可能性は皆無に近く、この結果、ECBはELAの停止を余儀なくされる可能性がある。

2.ギリシャ政府の対応策

 ギリシャ政府は、銀行業務の再開のために、ユーロ圏各国に対して、既存の政府債務の切り捨てと、さらなる資金援助を求めている。これに対して、ドイツをはじめとするユーロ圏各国は、厳しい態度を打ち出しており、仮に資金援助交渉を再開したとしても、短期間で実施される可能性は極めて小さい。このため、銀行窓口の閉鎖と貿易の実質的な途絶は、相当期間継続すると見込まれる。これを打開して、預金の払い出し、国内の企業間決済を再開し、さらに食料、エネルギー、医薬品などの必需品の輸入を可能にするためには、ギリシャ政府は実質的に新通貨や代用通貨を導入する必要に迫られるだろう。具体的には次のような方策が考えられる。

(1)民間銀行による預金小切手による預金の払い出し

 民間銀行は、大口の決済のために、預金を引当に、銀行自らが支払人となる小切手を発行できる。このため、例えば100ユーロや1000ユーロといった単位で大量の銀行振出小切手を作り、ユーロ現金の代わりに小切手で支払うことが可能である。この小切手を受け取った個人や会社は、自ら保有する口座に預け入れることで資金を受け取ることが出来る。実際には、多数の銀行が相互に異なる小切手を発行することになり、取引の混乱や偽小切手の発生が予想される。また、銀行は現金の引き出しを制限しつつ国内口座間の電信送金を再開することで、企業間取引を再開することが可能となる。

 しかし、銀行の信用が低下しているため、小切手の価値はユーロ現金に対して相当割り引かれて流通することになる。また、大多数の企業は、ユーロ現金の受け取りを優先し、振り込みによる支払については、相当額の割増料金を要求する可能性が高い。

 この措置により、ギリシャの国内取引が回復し、銀行預金のユーロ現金に対する割引率が安定すれば、ギリシャの銀行預金残高の減少が止まり、ユーロ現金の銀行部門への環流もある程度再開する可能性がある。また、ギリシャへの観光客が使うユーロ紙幣や輸出によるユーロ代金の流入が始まれば、ギリシャの民間銀行のECB当座預金残高も増加に転ずるかもしれない。

(2)ギリシャ政府による政府紙幣の発行

 ギリシャ政府は上の(1)の対応に加えて、例えば、1ユーロと等価のドラクマ建ての政府紙幣を発行して、政府債務の返済、公務員給与、公的年金や政府調達の代金支払いに充当することが考えられる。このドラクマ紙幣は、政府に対する税金、社会保険料、罰金などに使えるようにすることで、ある程度の流通性を確保することが可能である。しかしドラクマ建ての政府紙幣は、名目上ユーロと等価であっても、実際にはユーロ現金に対して大幅に割り引かれて流通することになろう。この場合には、ギリシャの銀行預金のユーロに対する割引率に加えて政府紙幣ドラクマの割引率が並立することになり、取引の混乱は避けられない。

(3)新通貨導入とユーロ圏からの実質的な離脱

 ギリシャ政府は短期的な混乱はあっても、中長期的に経済活動を回復するために、ユーロ圏からの離脱を決断する可能性がある。この可能性は、筆者がこのコラムで、2012年5月に指摘している。以下は、その引用である。

 ユーロ圏から離脱してギリシャ政府が活動を維持するためには、ユーロ導入以前の独自通貨であるドラクマを再導入し、ギリシャの中央銀行を欧州中央銀行から独立させて運営する必要が生ずる。

 ドラクマを再導入するためには、ギリシャ政府はまず政府債務や銀行部門、企業・家計部門のユーロ建て債権債務を全てドラクマ建てに一対一の比率で強制転換する政令ないし法律を制定する必要がある(注:一対一の比率で転換する必要は必ずしも無いが、ドラクマ転換の効果はこの比率に依存しないため、最も実施しやすいこの比率が使われることになるだろう。)。このドラクマ転換により、国内の貸し出し契約や雇用契約も強制的にドラクマ建てに切り替えられる。政府債務の通貨を強制転換することは、デフォルトに相当する。またこれは、民間契約を強制的に書き換える措置であり、ギリシャ憲法上の問題が発生するかもしれない。しかし国内においては、ドラクマに換えてユーロを導入した時も同じ措置を行っているため、実施できる可能性が高い。ドラクマ現金の導入には、通貨の印刷のために数ヶ月以上の時間がかかるため、ドラクマ預金の引き出しや納税は為替相場で換算したユーロ現金で決済されることになるだろう。

 次に、ドラクマ導入と同時にユーロに対してドラクマを大幅に、例えば1ユーロを2ドラクマに、切り下げる必要がある。ドラクマの切り下げにより賃金・物価水準をユーロ圏に対して引き下げることが可能となり、国際競争力を回復できる。ユーロで計った賃金・物価の引き下げに伴って、ギリシャではインフレが発生するだろう。インフレは政府の税収を増大させ財政バランスを好転させる。すなわち、インフレにより実質的な政府債務のカットが発生する。ギリシャ国債やギリシャ企業、個人向けの債権を保有するギリシャ以外のEU金融機関や公的機関は、大きな為替差損を被ることになる。これに対して、ギリシャの企業や金融機関は国内債権・国内債務の両方がドラクマに切り替わってから、ドラクマの切り下げが行われるため、対外債務が対外資産より大きな主体が損失を被り、対外資産が対外債務より大きな主体が利益を得ることになる。

(2015年7月7日)


(日本経済研究センター参与)