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第5回 ギリシャ債務削減と今後のリスク―ECBの資金供給が支え、EUの安全網整備は進捗せず(12年3月9日)

 欧州の危機は現在、小康状態にある。しかし市場では依然懸念は根強く、ECB頼みの状態が続いている。

 2月29日に実施されたECBによる期間3年の資金供給は総額5295億ユーロに達し、前回12月の4892億ユーロを約400億ユーロ上回った。

 3月8日に開催されたECB政策理事会後の記者会見では、ドラギ総裁は、今後の資金供給について慎重な姿勢を示した。

 しかしこれは市場が資金供給に過度な期待を抱くことを牽制することを狙ったものであり、必要な場合には、今後も積極的な資金供給が実施されることになるだろう。

 現在のEUは、景気の鈍化、ソブリン危機の深まり、銀行セクターの脆弱化という悪循環を抱えているとされる。

 EUの銀行が自己資本比率の引き上げを迫られる中で、ECBによる資金供給は銀行セクターを支え、このような悪循環が進むことを抑える重要な役割を果たしている。

 一方、3月1日・2日の両日に行われたEU首脳会議では、各国の財政規律を高めることを目的とした新条約が英国などを除く25カ国により署名された。

 新条約は、正式には「安定・協調および統治に関する条約」と呼ばれる。

 これは、各国に対する制裁措置をより厳しく早期に実施し、従来の「財政・安定成長協定」を強化するとしている。

 しかしこの内容は、金融市場では既に織り込まれており、むしろ次のようなリスク要因が懸念されている。

 第1に、今回の首脳会議では、ドイツなどの反発もあり、現行のEFSF(欧州金融安定化ファシリティー)・IMFによる救済支援枠に追加する安全網の拡充は具体化せず、今後の検討課題とされたにすぎない。

 3月6日、欧州委員会のベックス局長は日本経済研究センターの講演で、ユーロ共同債の実現は簡単でないことを示唆している。

 第2に、EU各国、特に南欧諸国にとって財政赤字を削減するだけでなく、生産性を引き上げ中期的に成長するための戦略が、現状十分に示されているとはいえない。

 第3に、国民の痛みを伴う財政赤字の削減がEU主導で行われれば、各国民から「民主的ではない」という反発が強まることが考えられる。

 この場合、今春にかけ、総選挙が行われるギリシャだけでなく、大統領選を控えたフランスの政治が不安定化し、欧州のソブリン危機にも悪影響を与えかねない点にも注意が必要だろう。

ギリシャの債務削減の影響

 3月8日、ギリシャに対する総額1300億ユーロの支援を中心とするEU・IMFによる第2次支援策がようやく実行される見通しとなった。

 この支援策を実行するための条件として、ギリシャ国債を保有する民間投資家の90%以上が同国債の額面に対し53.5%の債務削減への自発的な同意が必要とされていたが、この条件が満たされためである。

 債務削減に同意する民間投資家が全体の75%以上90%未満にとどまれば、ギリシャ政府が定めた集団強制条項(CAC)により、不同意の投資家にも債務削減が適用される。そのため、ギリシャのデフォルトが現実のものとなる可能性があった。

 この場合、ギリシャのデフォルトが引き金となり、再びポルトガル、イタリア、スペインなどへの波及が生じる可能性があった。

 投資家による同意の比率が75%に達した後、90%を超えるかどうかにより、市場への影響という点では大きく異なる結果につながることが想定されるきわどい局面にあったといえる。

 しかし、ギリシャに対する支援策現時点のデフォルトという最悪のシナリオを回避したにすぎない。

 第1に、2月21日のユーロ圏財務相会議で第2次支援策が決定される過程で、@財政緊縮策についてギリシャ議会の承認、A政策当事者の書面、B具体的な緊縮策の提示――など、さまざまな条件が課された。

 しかし緊縮策に対するギリシャ国民の反発の強さと今後の政治日程などを考慮すれば、ギリシャの現政権が約束通り財政緊縮策を実行に移す可能性は低いと思われる。

 ギリシャ国債のヘアカット率は当初の20%から段階的に53.5%(金利引き下げなどを考慮すると約70%とされる)まで引き上げられてきた。

 以上のように考えれば、今後もヘアカット率は引き上げられ、ギリシャは「秩序あるデフォルト」への道を歩まざるを得ないのではないか。

 第二に、今回、ギリシャ国債に対し、自主的な債務削減への合意という民間投資家の関与(PSI)が求められたことが、今後の投資判断に悪影響を与えないかということが懸念されている。

 この点に関しEU当局者は、ギリシャは特殊なケースであるとして、ポルトガルなど、他の問題国に懸念が波及することを避けたい意向のようだ。

 しかし、EUレベルの安全網が十分でない現状では、第2次救済実行後、ギリシャ情勢が再び不安定化した場合には、民間投資家が損失を追わざるを得なくなるという警戒感が高まり、欧州の国債市場への投資姿勢全般に悪影響をもたらす可能性があるだろう。

ユーロの為替動向と円安圧力

 以上のようなEU・ギリシャ情勢はユーロの為替動向にどのような影響を与えているだろうか。

 前回2月7日付「欧州債務危機リポート」では、今後ギリシャ情勢の混迷が続き、他国への波及が進んだ場合などには、ユーロの上昇余力は限定的にならざるを得ないのではないかと述べた。

 その後、ユーロは2月後半に対円で110円、対ドルで1.35ドルに到達せず反落している。

 今後も、上に述べたリスク要因が現実化すれば、短期的に105円、1.30ドル割れの可能性があろう。

 一方、より大きなトレンドで言えば、従来の下落から反発する局面にあり下落に対する抵抗力は依然働きやすいと思われる。

 特にユーロ円については、日本銀行の金融政策及び日本の経常収支が赤字化することが現実の視野に入ってきた(※)という円安要因が働くため、下落余地は限定的といえるだろう。

(※)詳細は、岩田一政の万理一空「円高是正とドル安局面の終焉」(2月23日)参照。

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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅

ギリシャを始めとした欧州債務危機は、世界的な金融危機に発展しつつあります。1990年代以降、欧州ウォッチを続けてきた長年の経験に基き、最近のグローバルな金融市場動向も踏まえながら、欧州情勢について冷静かつ的確な展望をご提供したいと考えています。
(毎月1回 7日頃掲載予定)


(特任研究員 林秀毅)


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