トップ » 欧州債務危機リポート

第6回 “小康状態”後の展開―ポルトガルの浮上、スペインへの懸念(12年4月10日)

ユーロ圏財務相会合に一定の評価

 3月30日、コペンハーゲンでユーロ財務相会合が開催された。この会議で、危機対応のための今後の支援資金枠を5000億ユーロから8000億ユーロに増額することが決定された。

 支援資金枠は安全網ないしファイヤーウォールとも呼ばれる。従来の計画によれば、この資金枠について、現行の欧州金融安定基金(EFSF)は今年7月に設立される欧州安定メカニズム(ESM)5000億ユーロに吸収され、一本化されることになっていた。

 今回の決定はEFSFの資金枠を廃止せず、2013年6月末までESMと並存させることにより、救済資金枠の実質的な増額を図ろうとするものである。

 この決定が発表された時点で、好意的な反応は少なかったようだ。その理由としては、EFSFの資金は既にギリシャ向けなどで実施ないしコミット済みであり、実質的な増額にはならない、という点が指摘されている。

 しかし、今回の決定までには紆余曲折があった。3月初めに開催されたEU首脳会議では当初、救済資金枠の拡大が決定されるはずだったが、ドイツの反対で先送り、財政規律を高めるための新条約が署名されるにとどまった。

 その後、スペインの財政状態への懸念が高まったこと(後述)を背景にドイツが譲歩し、今回の決定に至ったという経緯がある。

 以上のように考えると、資金枠の金額が実質的に大幅な増額にならなかったにせよ、ドイツが国内世論の反発にもかかわらず柔軟な姿勢に転じたという事実は、EUレベルの今後の議論の展開を考える上でも、一つの転機といえるのではないか。

 一方、4月4日に開催された欧州中央銀行(ECB)政策理事会後の記者会見で、ドラギ総裁は、前月と同様に、市場動向を注視する慎重な姿勢を示した。

 この背景としては、第一に、EUレベルでようやく、財政規律の強化と救済資金枠の議論が進展し始めたため、緊急対応策としての大量資金供給の必要性が目先では低下してきたという面があろう。

 第二に、これまで供給された資金が金融機関の資金繰りを支え、さらに欧州の国債市場に流入しているという現状がある。そのため徐々に、自律的な金融機関経営ないし市場の価格形成が行われる状態へ正常化させたいという意図があると思われる。

ギリシャからポルトガルへの波及リスクが低下

 次に個別国の状況をみると、3月上旬のギリシャに対する第二次救済が決定されて以降、最大の変化は、他の問題を抱えたポルトガルなど他の中小国への波及リスクが低下したことである。

 前回3月9日付「欧州債務危機レポート」でも述べた通り、ギリシャ国債に対する債務削減が、民間投資家の関与(PSI)を伴う形で実施されたことは、他の欧州国債に対する今後の投資判断に悪影響を与えるという懸念につながりかねなかった。

 しかし筆者が3月下旬、欧州を訪問しヒアリングを行った際、現地では「ポルトガルへの波及リスクは大きく低下した」という意見が大勢を占めていた。

 その理由として、ポルトガルでは国民が勤勉であり低コストで働くこと、現政権の財政赤字削減努力が実を結びつつあることなどが、ギリシャと比較しながら挙げられていた。

 しかし、ポルトガルへの波及リスクの低下は、冒頭述べた資金枠の拡充により、この程度の中小国であれば救済が行いやすくなったと考えられるようになった面があるのではないか。

イタリアは政治安定化、市場との対話に苦心するスペイン

 一方、経済規模の大きいイタリアでは、モンティ首相が財政緊縮策に加え、労働法の改正にも取り組み生産性を引き上げようとする姿勢を見せている。

 3月下旬に来日した際にもこうした政治姿勢が示され、政治的信認を失ったベルルスコーニ前首相とは裏腹に、市場の投資判断にもプラスの影響を与えたと思われる。

 それでは何故、政治基盤のないモンティ首相がイタリア国内や議会内で高い支持を得ているのか。

 この点、単に政策立案能力が高いことに加え、同氏に政治的野心がないことが、かえって政治的安定につながっている、という見方がある。

 すなわち、経済政策の難題に取り組み、成果を挙げた場合でも、長期間政権にとどまろうとしないため、各党派からみれば、課題が解決した状態で政権を獲得できるという、期待が生じている。そのために現状、超党派の協力が得られている可能性がある。

 一方、イタリアとは対照的に、スペインでは政治的な発言が市場の不安定化要因になっている。

 冒頭述べたように3月の初めから月末にかけ救済資金枠の拡充をめぐる議論が行われる過程で、スペインのラホイ首相がドイツの強硬な態度を批判した。この点が、スペインがEUと対立しているという否定的な見方につながった。

 さらに4月4日に実施されたスペイン国債の入札が不調に終わった後、同首相がスペインは極度に困難な経済状況にあると発言した。財政緊縮策の重要性を強調する目的だったと思われるが、実際には市場の不安を増幅する結果につながった。

 今後もスペインの政権と市場の間で対話が円滑に行われない場合、同国の不動産市場と地方中小金融機関、若年労働者の失業率の現状などが一段と注目され、危機の再燃につながりかねない点については留意しておく必要があるだろう。

仏大統領選が焦点に、ユーロの下落メド

 最後に、4月下旬から5月にかけては、仏大統領選の影響が問題になる。現状、依然として現職のサルコジ氏と対抗馬のオランド氏が伯仲している。

 この状態が続いたまま4月22日の第1回投票から5月6日の決選投票の時期を迎えた場合、一段と懸念が高まることが予想される。

 現状では両者とも選挙をにらみ、雇用重視の政策を打ち出している。特に社会党出身のオランド氏が有利な展開となった場合、就任後に財政規律を軽視した政策を採るのではないかという懸念が高まり、フランスの国債市場などに悪影響を与える展開も予想される。

 この時期、ギリシャの総選挙への懸念などが重なった場合、為替市場ではユーロに対する下落圧力がかかりやすい展開になるだろう。当面ユーロは対ドルで1.30ドル、対円で105円前後を維持できるかどうかが注目される。この水準を割り込んだ場合、ユーロの下落は一段と進みやすくなるだろう。

---

日本経済研究センター特任研究員 林秀毅

ギリシャを始めとした欧州債務危機は、世界的な金融危機に発展しつつあります。1990年代以降、欧州ウォッチを続けてきた長年の経験に基き、最近のグローバルな金融市場動向も踏まえながら、欧州情勢について冷静かつ的確な展望をご提供したいと考えています。
(毎月1回 7日頃掲載予定)


(特任研究員 林秀毅)


△このページのトップへ