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第8回 ECBは緊急利下げも、ギリシャ・ユーロ離脱の成算 (12年6月8日)

ECBの次の一手は?

 6月6日、欧州中銀(ECB)は政策金利を1%のまま据え置いた。その他にも大きく新たな政策は打ち出されなかった。ギリシャのユーロ離脱、スペインへの危機波及への懸念が高まる中、ECBは新たな政策を発動するタイミングを見定めようとしている。

 それでは、どのような政策が打ち出されるだろうか。

 市場では、期間3年の資金供給(LTRO)が改めて実施されるという見方が強いようだ。しかし、これまでのような形で資金供給を行えば、同様の効果が得られるという保証はない。

 第一に、従来はECBから金融機関に対し供給された資金が、南欧を含む欧州国債への投資に回っていた。しかし、5月以降、危機が一段と深刻化しているため、従来と同様にECBの資金が間接的に欧州の債券市場を支えるとは限らない。

 それでは、より直接的な国債購入はどうか。2010年5月のギリシャ第1次支援の際と同様、この手段が使われるのは非常時に限られるはずだ。6日の記者会見でも、ドラギ総裁はECBの独立性を改めて強調した。

 この考え方からすれば、スペイン国債などの直接購入はいわば「両刃の剣」であり、実施時の効果は大きいが、継続的に行えばECBの中央銀行としての信認に傷が付きかねない。

 これに対し、少なくとも0.25%の緊急利下げを行う可能性が高まっているのではないか。政策金利の引き下げ自体については、今回のECB政策理事会後、市場でも織り込まれつつある。物価安定を重視するドイツが、やや柔軟な姿勢に転じていることも、ECBが利下げを行いやすい環境につながっている(*)。

 それでもなお、6月17日のギリシャ再選挙にかけ市場の緊張が一段と高まった場合に緊急的に行えば、効果は十分見込めると思われる。また、ECBによる緊急利下げは、G7諸国間で市場安定化を目指す動きと共同歩調をとっているアナウンスメント効果を持つことにもなるだろう。

  *「ユーロ危機の深まりと自己実現的なデフレ予想の行方」(岩田一政「万理一空」、5月25日)

「景気・財政・金融」の悪循環とスペイン救済問題

 次に改めて、ユーロ圏が置かれている状況を確認したい。

 図は今春、EU委員会エコノミストが来日した際に示したものである。これによれば、ユーロ圏では、景気の減速、債務危機(国債市場の暴落)、銀行危機(銀行経営の悪化)が悪循環を起こす形で進んでいる。

図 ユーロ圏で進む悪循環
 それでは、現状どのような対策が可能か。

 景気の減速には、各国の財政支出余地が限られている以上、ECBの金融緩和に頼らざるを得ない。

 債務危機には、直接にはECBによる国債購入に頼らざるを得ない。銀行危機についても、直接にはECBによる銀行に対する資金供給に頼らざるを得ない。市場の信認を得るため銀行に対し高い自己資本比率を要求することは、早急に行うとかえって貸し渋りを招き、景気の足かせとなる恐れがある。

 以上三点全てについて、現状ではECBの政策頼みとなっていることに留意する必要がある。

 ドラギ総裁は今回の政策理事会を含め、ユーロ圏各国の財政健全化を強く要求している。それでは、6月28〜29日のEU首脳会議に向け、何が重要なポイントとなるだろうか。

 焦点となっているのはスペインである。  既に不動産バブルの崩壊を受け、地方の金融機関を中心に、政府による大規模な資本注入が必要な事態になっている。いいかえれば、スペインでは、既に財政危機と銀行危機が表裏一体の状態になっている。

 このような現状で、EUのレベルでは、ドイツが主張する財政統合の進展のみを議論したのでは、バランスを欠くといわざるを得ない。

 スペインに救済資金を提供し、迅速に国内銀行の資本が強化されることが必要になっている。この点を含め、EUがユーロ圏の金融セクター安定化に採り組む姿勢を明確に示すことが求められている。仮にECBがスペイン国債の買い入れを行ったとしても、以上のような現状では時間稼ぎの効果さえもないだろう。

 EUはこのところ、財政規律の強化する議論を進め、当面の安定策についてはECB頼みだった。今回、スペイン救済について現実的な救済策を示せるかどうか。この点が、7月に発足する欧州安定メカニズム(ESM)を中心にした救済システムが、市場の信認を得る上で、大きな試金石となるだろう。

ギリシャの「ユーロ離脱」

 以上のように6月末のユーロ首脳会議にかけ、欧州では先行き不透明な状態が続く可能性が高い。とりわけ、6月17日のギリシャ再選挙へ向け、ギリシャのユーロ離脱が現実の選択肢と考えられるようになった。

 前回5月の「欧州債務危機レポート」では、実質的にデフォルト状態にあるギリシャ経済にとっては、「ユーロからの離脱」などの公約は、現実的とはいえないと考えた。仮にギリシャがユーロ圏から離脱し新通貨を採用しても、現状からギリシャ経済が復活するとは理解されないだろう。その場合、ギリシャ国内、ギリシャと関係の深いユーロ圏、世界の金融市場の全てにとって混乱を招き、不利益となる選択肢が採られることはないと考えたためである。

 しかしギリシャのユーロ離脱の現実性が高まった背景としては、5月以降、ギリシャ国内政治の混乱状態が続き、冷静な判断を欠いたまま「無秩序なデフォルト」ならぬ「無秩序なユーロ離脱」を視野に入れざるを得ない状況になったことが考えられる。同様に6月17日の再選挙では、「ユーロ圏にはとどまりたいが、財政緊縮策には反対」という矛盾した考えを持つギリシャ国民が、判断を求められることになる。

 筆者は現状でも、ギリシャ国民が合理的な判断に立てば、ユーロ圏に留まるという選択を行うと考えている。またユーロ離脱は、離脱後もユーロとの関係が安定的に維持される枠組みが設定されるなど、非常に限定的な場合のみに成算があると考えている。

 ただし、選挙結果が判明しないかぎり、「何が起きるかわからない」という政治情勢への懸念は高まったままだろう。

 そのため6月、対円で90円台前半といった水準まで、下落圧力の強い展開が続くだろう。月末のEU首脳会議に進展が見られ、スペインへの波及の懸念がやや低下するまで、この傾向は続くのではないか。

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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅

ギリシャを始めとした欧州債務危機は、世界的な金融危機に発展しつつあります。1990年代以降、欧州ウォッチを続けてきた長年の経験に基き、最近のグローバルな金融市場動向も踏まえながら、欧州情勢について冷静かつ的確な展望をご提供したいと考えています。
(毎月1回 7日頃掲載予定)


(特任研究員 林秀毅)


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