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第9回 ドイツは本当に譲歩したのか―今後に向けた二つの「試金石」(12年7月10日)

EU・ユーロ圏首脳会議をどう評価するか

 6月28〜29日の両日に開催されたEU・ユーロ圏首脳会議は、一般にドイツが柔軟な姿勢を見せ、「市場に先手を打つことができた」と評価された。しかし本当にそう言えるだろうか。今回の決定内容の中で、最大のポイントは、銀行支援策にある。今回の決定により、新たに設立される欧州安定メカニズム(ESM)から、銀行への直接の資本注入が可能になった。しかしユーロ圏首脳声明を良く読むと、直接の資本注入は、ECBによる単一の監督メカニズム(後述)が設立されてから、とされている。

 さらに、最大の焦点であるスペインの銀行支援策については、ユーロ圏の財務相が6月9日に最大1000億ユーロの資金を融資すると発表後、既に数週間が経過していた。この資金は、欧州金融安定基金(EFSF)から、スペイン政府管理下の「銀行再編のための基金(FROB)」を通じ、銀行の資本注入に充てられることになっている。今回の首脳会議では、スペインに対する金融支援はESMが発足するまでEFSFが行い、その後はESMに移行されることが確認された。しかしその後も、スペインへの救済策については実施の遅れが指摘されている。緊急の課題として、救済策を一刻も早く進めることが必要となろう。

 第二のポイントは、新たな成長・雇用戦略だ。今回、「成長・雇用協定(Compact for Growth and Jobs)」を定め、総額1200億ユーロの資金を、域内のインフラ整備や若年層の雇用に充てることが決定された。この点、5月に誕生したオランド仏大統領により、財政赤字削減一辺倒ではなく、成長とのバランスを取ろうとする考え方が反映された。同時に、従来のような「独仏枢軸」によるのではなく、今回はイタリア・スペインを加えた4カ国による事前協議が行われたことは特徴的だったといえる。

今後の試金石@:「銀行同盟」の具体化

 それでは、以上のような首脳会議の開催や決定プロセスは、ドイツが危機対応について、柔軟な姿勢に変化した表れといえるだろうか。この点を考える上で、先ず、「銀行同盟」がどのような形で具体化していくか、という点が注目される。銀行同盟の大きな柱は、銀行監督の一元化だ。今回、ECBが銀行監督の一元化を担い、今年末までに検討を進めることが明確に示された。 この点については、ドイツにも大きな異論はないだろう。

 ここでは、金融政策に関し、ECBと各国中銀(NCB)から構成される「ユーロシステム」の枠組みが参考になる。各国の監督機関が存続し、その上位にECBが全体を統括する「分散型」の組織への移行は、現実的な方法であると考えられる。しかし「銀行同盟」の内容は、銀行監督の一元化だけではない。同時に預金保険と銀行破綻処理基金を創設することになっている。今後、これらの組織が具体化されるプロセスで、ドイツが問題国の救済に消極的な従来からの立場を変えていないかどうかを確認する試金石になるだろう。ドイツがこれら組織の救済機能に対し否定的あるいは限定的な考え方を示す可能性は、十分考えられるのではないか。*

*この点6月19日「万理一空」(岩田一政)では、銀行破綻処理基金が公的支援ではなく、民間部門が自ら負担する考え方に拠っていることを指摘している。

試金石A:成長戦略と「実質的なユーロ共同債」

 今回の首脳会議で決定された成長戦略に投入される総額1200億ユーロのうち、概ね半分については、「構造基金」の活用が予定されている。この点、「構造基金」のような資金を用いることは、実質的にユーロ共同債の機能を果たすことになる、という指摘がなされている。「構造基金」は低所得地域の振興策・雇用対策などに用いられる仕組みであり、ギリシャ・ポルトガルなど対象が重なる。また、これまで十分に活用されていないため資金の枠に余裕があるとされている。従って、資金調達がネックになりにくいという利点がある。

 次に、成長戦略の残り半分については、欧州投資銀行(EIB)によるインフラ整備プロジェクトへの投資などが予定されている。EIBは自力による起債により資金調達を行う。これもまた、EUの信用力により資金を調達するため「実質的なユーロ共同債」と考えることができる。従来からEU委員会を中心に提案されてきたユーロ共同債について、今回の首脳会議でも、ドイツは「財政統合が先決である」として否定的な意見を変えていない。

 成長戦略という位置付けで、以上のような形で問題国への所得移転が続く可能性が生じる。この時、ドイツが実質的にユーロ共同債の発行と同じであるとして、否定的な立場を取るかどうか。この点もまた、ドイツの動向を考える上で、重要なカギとなるだろう。

短期的にも「ECB頼み」が続く

 最後に、7月6日、ECBは政策金利を0.25%引き下げ0.75%とした。しかし市場は事前に、イタリア・スペインなどの国債買い入れや、長期資金の供給(一部では、3年の期限を延長するという見方もあった)といった緊急策の発動が期待されていた。そのため、今回の利下げ欧州金融市場の安定化にはつながっていない。

 それでは今後、緊急策が発動される可能性はあるだろうか。第一に、7月中旬に欧州銀行監督機構(EBA)が発表する欧州における銀行の自己資本比率引き上げの結果報告が注目される。昨年秋に、EUレベルで、銀行経営の健全化のため、今年半ばまでに欧州の銀行は自己資本比率を9%まで引き上げることが求められていた。特に発表時点で、冒頭に述べたスペインの銀行救済策が進捗していなかった場合には、懸念が深まりやすい点に注意が必要と思われる。

 第二に、8月に向けたギリシャの債務交渉である。6月の再選挙を受けて誕生したギリシャの新政権は、連立工作こそ短期間で終了したが、その後サマラス新首相が財政赤字削減条件の緩和を求める一方、病気入院により国際通貨基金(IMF)などとの交渉が進捗しないといった事態に陥っている。筆者は従来から、ギリシャは実質的にデフォルト状態にあり、後は如何に「安楽死」させるかが問題であると考えている。

 しかし現状のままギリシャが8月下旬の国債償還約30億ユーロを迎える場合、どうなるだろうか。再び、民間投資家の負担を含む救済、ないし償還不能によるデフォルトという「突然死」への懸念が浮上する展開も想定される。ECBは、首脳会議後も、銀行監督の一元化など中長期的な役割と同時に、短期的な緊急対応という双方の役割を依然背負わされている、といわざるを得ない。

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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅

ギリシャを始めとした欧州債務危機は、世界的な金融危機に発展しつつあります。1990年代以降、欧州ウォッチを続けてきた長年の経験に基き、最近のグローバルな金融市場動向も踏まえながら、欧州情勢について冷静かつ的確な展望をご提供したいと考えています。
(毎月1回 7日頃掲載予定)


(特任研究員 林秀毅)


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