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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2018年8月10日 ロボットが欧州の労働に与える影響−米国との比較・規制対応・今後の展望−

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 ロボット・AI を中心としたIT技術の進展は、日本にかぎらず世界各国の経済・社会に強い影響を及ぼしている。

 この点、欧州・EUでは特に、域内各国の労働市場への影響が注目されている。福祉社会国家の考え方が浸透している欧州では、国民の労働に対する関心が強いためである。

 そこで、IT技術の活用によりイノベーションが進展するというプラス要因と、それにより雇用が減少するというマイナス要因を比較する必要が生じる。

 以下の通り、先ず、欧州における現状分析の内容を、米国と比較しつつ紹介する。次に、欧州で、この問題が政策対応上、どう扱われてきたか、さらに今後、どのような方向に展開するか、という点について検討したい。

ロボット導入による「二つの効果」:米国との比較

 先ず、ベルギー・ブリュッセルのシンクタンク・ブリューゲルが今年4月に公表したワーキングペーパー(注1)によれば、ロボット・AIを含むITは「破壊的技術」を労働市場にもたらす。

 ここで「破壊的(distractive)」とは、従来の常識や標準を完全に変えてしまうという前向きな意味で使われており、「革新的(innovative)」と言い換えてもよい。

 それによれば、欧州で1台ロボットを増やすと平均して3〜4人の労働者に置き換わる、という結果となり、ロボットの新規導入数と雇用の間には明らかな負の相関関係がみられる。

 欧州を対象とする以上の検討は、日本でも話題となった「国家はなぜ衰退するのか」の著者として知られるアセモグルなどにより発表された、米国を対象とする先行研究(注2)のアプローチに準じて行われた。アセモグルなどによれば、米国ではロボット1台が約6.2人に置き換わるという結果になっている。これと比較すると、上で述べた欧州における影響は約半分にとどまり、限定的である。

 この違いが生じた理由を考えるため、次に、IT技術が一般に労働に対して双方向の影響を与えることについて考えよう。

 ここで、そもそも技術には二種類あると考える。第一に、人が持つスキルを補完し、生産性を高めるような技術である。たとえばラップトップやEメールの仕組みなど、従来型のIT技術は、作業の能率や異なる場所にいる人々が調整する効率を向上させる。

 第二に、これまで人がおこなってきた作業に代替する技術である。その代表例は産業用ロボットである。

 この「代替する技術」には、労働との関係を考えた場合、互いに反対方向に働く二種類の効果がある。

 一つは労働に直接取って替わる効果(displacement effect)である。もう一つは、技術革新により、新たな労働の機会や産業を生み出す効果(productivity effect)である。

 そこで、これら二種類の効果の内どちらが上回るか、ということが問題になる。

 現状、産業用ロボットについては、労働に直接取って替わる効果が上回っていると言わざるを得ない。どうすればロボット導入という技術革新により、新たな労働の機会や産業を生み出す効果が生まれるのかという点については、十分に検討が進んでいない。

 しかし、ここで少なくとも、欧州においては、製造工程などにロボットを導入してきた長い歴史を持ち、米国よりも成熟した状態にある。

 そのため、政策面では、ロボット導入が福祉システムや労働者保護の政策に与える影響への検討、具体的にはロボット導入により必要となる労働の移動を如何にスムーズに行うか、などについて検討が行われてきた。欧州では、このような政策対応が、ロボット導入による雇用の減少を抑制してきた可能性がある。

欧州の「ロボティクス規制」

 以上の内容について、より具体的にいえば、欧州では比較的早い時期からロボットと法の関係について検討が進められ、2014年にはEUレベルで、自動運転、介護ロボットなどについて「ロボティクス規制に関するガイドライン」が公表された。

 この点に、今後の政策のあり方を考える上で、法規制の観点から展開されている議論の主要な論点を紹介する(注3)。

 第一に、新技術に対する規制が厳格すぎるとイノベーションを阻害してしまうが、逆に規制内容を明確にすることが法的リスクを軽減し、イノベーションを促進する面もあること。

 第二に、ロボット導入と、労働市場や所得分配のあり方、さらにその根底にある自由・平等といった社会的規範との関係を調整する必要があること。例えば、障害者の失われた身体的機能をロボットにより補完する「エンハンスメント機能」は、障害者福祉の観点から進められるべきだが、あくまで障害者自身による事前の同意が必要である。

 第三に、ロボット導入が労働市場にどのような影響を与え、それにどのような政策対応を取るかについては、未だ議論があること。例えば、欧州で一時議論された、ロボットを活用する大企業から、それにより得られた利益の一部を社会保障の財源などに充てる「ロボット税」の導入は挫折した。

競争か、協力か:ROBOTからCOBOTへ

 以上のような「ロボティクス規制」における議論に加え、ロボットの導入が作業工程における人の安全に与える影響にも注目した場合、ロボットと人間の関係について「競争から協業へ」という考え方が議論されている(注4)。

 ロボットが自律的に考え行動する範囲が広がる上に、ロボットと人との物理的な障壁は少なくなり、人の安全性に対する一段の配慮が必要になるためである。

 ここでは、行動がプログラム化され、センサーとある程度の可動性を持ち、その結果として自動的にタスクを実行できる(carry out a task autonomously)’ROBOT’は、共有された労働環境で人との相互のやり取りを行う(have physical and social interaction with people)’COBOT’に転換していくことになる。

 EUでは、機械の安全管理について定めた「EU機械指令」において、以上のような認識から「機械」の定義を改める提案を2019年にも議論する見通しだ。

 以上のように考えると、ロボットの普及は、人の労働が減るか増えるかという問題だけでなく、自律的に行動するようになったロボットが人と協力する機会が増えることにより、人の労働のあり方そのものを変える、という質的な影響を及ぼすことになるだろう。


(注1)Chiacchio,Francesco, Gergios Petropoulos, David Pichler (2018) ’ The impact of industrial robots on EU employment and wages : A local labor market approach’,Bruegel Working Paper
(注2)Acemoglu,Daron, Pascual Restrepo (2017) ’Robots and Jobs: Evidence from US Labor Markets’ NBER Working Paper No. 23285
(注3)工藤郁子「ロボット・AIと法政策の国際動向」(「ロボット・AIと法」第2章、弥永真生・宍戸常寿編、有斐閣、2018年4月)。尚、本節では、参考文献の内容から、本レポートの論旨に関連する主要な論点を要約して紹介している。
(注4)van Middelaar, Johan (2018)‘Human-Robot collaboration and perspectives of collaborative safety in Europe’ 日本電気制御機器工業会(NECA)主催国際シンポジウム(2018年6月26日開催)講演資料。

(2018年8月10日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
2018年は、ブレグジット交渉が正念場を迎える一方、ECBによる量的緩和政策の修正は一段と進むと考えられます。本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※本コラムのバックナンバーはサイト右上から、「欧州債務危機リポート」(13年3月まで)こちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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