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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2018年4月10日 ブレグジット交渉の行方―「ジレンマ回避」のシナリオ−

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 3月末、英国ロンドンの著名な大学院大学の教授が来日し、国内の研究者・エコノミストとの間で意見を交換した。

 そこで紹介された現地の動向を参考にしつつ、以下、「交渉の決裂という最悪の事態は避けられるかどうか」という観点から、ブレグジットの今後を考える上のポイントを検討したい。

ポイント@:アイルランド国境は設定できるか

 先ず、英国・北アイルランドとアイルランド共和国との間の国境をどうすべきか、という点については、現在のEUとスイスの間の国境管理を参考にしながら、税関の設置などは要所にとどめ、最新の技術によって国境を管理すれば、完全な国境(いわゆるハードボーダー)の設定がなくとも対応は可能、という考え方が紹介された。

 これはEUとの離脱交渉における英国側の立場に近い。一方、EUは英国の一部である北アイルランドのみをEUの単一市場に留める「バックストップオプション」を提案した。

 しかし英国のEU離脱後でも、この考え方によると英国内で北アイルランドとそれ以外の間で何らかの障壁を設けないかぎり、北アイルランドを経由して英国全体が単一市場にアクセスできてしまうことになる。これは交渉の当初の段階で英国が望んでいた「いいとこ取り」が認められることになる。

 しかしEUが現段階で英国に「いいとこ取り」を認める訳はないとすると、今回、EUは英国に対し一国内で何らかの障壁を設定するという「無理難題」を要求していることになる。

 この問題については、英国だけでなくEU側も、現状の北アイルランドとアイルランド共和国の間の自由な国境維持にメリットを感じているはずだ。双方が生産する農産物の品目などには互いに補完性があり、それらの自由な流通が行われていることは、本レポートで以前から述べてきた通りである。

 現在、「アイルランドの国境問題が最大の懸案」という見方も多いが、本来、現状の自由な国境は英国・EUの共通の利益にかない、双方がこれを維持する動機を持っている。

 そうだとすれば、先に述べたように、国境を設定するいわゆる「ハードボーダー」とはせず実質的な障壁を最小限にとどめることが、技術的に可能かどうかという点が問題になるだろう。

ポイントA:移行期間はなぜ短縮されたのか

 次に、先般公表された離脱協定草案では、2019年3月29日のEU離脱後、英国が単一市場へのアクセスなど、現在の地位を維持できる「移行期間」については、英国の要求した2年間(2021年3月29日まで)は短縮され、2020年末までの1年9カ月とすることが暫定的に合意された。

 期間が短縮された理由について技術的な理由はいろいろとあるだろうが、筆者は、EUが交渉上、自らが優位に立っていることを英国に対して示す一種の「脅し」であると考えている。

 即ち、移行期間の設定は元々英国が望んだものだ。英国がEU内の現在の地位を確保しつつEUとの交渉を継続できるとすれば、英国側にとって、交渉上、有利な条件となる。EUはこの点をある程度認めた上で、「いつまでも交渉を続ける訳ではない」といった、歯止めを掛ける姿勢を示したのではないか。

 さらに、今回の離脱協定草案により、従来から議論となってきた移行期間について英国がEUに支払うべき拠出金の金額が概ね合意されると同時に、漁業権などは引き続きEUの管轄下に置かれることになった。

 このように、移行期間をどのように設定するか、移行期間内で個別の論点についてどちらに有利な条件を採用するか、といった問題は、英国とEUのどちらか一方が利益を得る性質の問題である。

ポイントB:メイ首相はいつ辞任するか

 一方、英国の政治動向に関し、現地では、メイ首相は少なくとも2019年3月のEU離脱まで続投する、という見方が強い。この背景には、先ず、保守党内のポリティティックスを考えると、それ以外の選択肢が考えにくいことがある。ここに至る過程でハモンド財務相などソフトブレグジット派は党内で力を失った。しかし強硬派でも、抜きん出た有力候補の名前は浮上していない。

 一方、労働党のコービン党首は「関税同盟にはとどまる」といった見直し発言をしたと伝えられる。しかし、まさに今回の離脱協定草案にみられるように、時間が経過すればするほど、後戻りのできない合意がEU主導で進められ、軌道修正は一段と難しくなるだろう。

 さらに、2019年3月の離脱が近付くにつれ、EUとの間で最終的な合意に至らず「クリフエッジ」が現実となった場合の経済的な損失が、英国内でも一段と具体的な形で意識されることになるだろう。

まとめ:「共通の利益」か「ゼロサム」か、追い込まれる英国

 以上をまとめると、離脱交渉上の検討事項は、英国とEUが協力することについて共通の利益を持つもの(ポイント@)と、どちらか一方の主張が通りメリットを取る「ゼロサム」の性格を持つもの(ポイントA)がある。

 貿易交渉の段階になれば話は変わってくるが、現状では、前者はアイルランド国境以外には、欧州の金融市場の利便性を維持するという観点から英国銀の金融パスポート利用が問題になる程度だろうか。

 一方、後者については、移行期間において、漁業政策にかぎらずさまざまな分野のEUによる政策や司法管轄が続くか、英国がEU予算の恩恵を引き続き受けられるかということが問題になる。

 さらに、従来から本レポートで述べている通り、ブレグジット交渉全体の大きな問題点は、(交渉で合意した内容を英国内で最終決定できるかという意味で)EUから信頼できる交渉相手とはいえない点にある。メイ首相の続投が当面最も現実的と言わざるを得ない現状(ポイントB)では、EUからみれば引き続き、自らの建前に沿った主張を進め、妥協の余地は少ないと言わざるを得ない。

 以上のように考えると、「交渉の決裂という最悪の事態は避けられるかどうか」という冒頭に立てた問いに対する答えは、「EUが今後も交渉上の主導権を握り、これに対し、英国は離脱期限が近付くにつれ、交渉決裂によるデメリットが強く意識され、妥協を余儀なくされる。その結果として最終的にクリフエッジは回避される」ということになるだろう。

(2018年4月10日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
2018年は、ブレグジット交渉が正念場を迎える一方、ECBによる量的緩和政策の修正は一段と進むと考えられます。本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※本コラムのバックナンバーはサイト右上から、「欧州債務危機リポート」(13年3月まで)こちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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