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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2018年6月11日 イタリア発の危機は防げるか―「ミニBOT」の正体―

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政権成立まで:ユーロ離脱路線からの撤退

 イタリア総選挙後、混乱が続いていたポピュリズム政党「五つ星」と「同盟」の連立工作が5月末に一転して決着し、無名の大学教授ジュゼッペ・コンテ氏を首相とする連立政権が成立した。

 先ず、コンテ氏の組閣リストで当初、財務相の候補にユーロ離脱論者であるパオロ・サボナ氏の名前が挙がったことにより、金融市場の緊張が高まった。

 それまで調停工作で十分に力を発揮してこなかったマッタレッラ大統領も、両党が多数派を占める議会で承認が得られないことを承知の上で、IMF経験者でテクノクラートであるカルロ・コッタレリ氏を一旦、新たな首相候補に挙げた。

 このような混乱を経て、最終的には財務相に無名のジョバンニ・トリア氏を任命する形で妥協が成立し、6月1日、コンテ政権が発足した。

今後の政権運営:財政支出増と政治的安定性のトレードオフ

 しかし新政権の政権運営が前途多難であることに変わりはない。第一に、政治経験のないコンテ氏が両党から支持されている背景として、ディマイオ氏、サルビーニ氏双方とも「自分の思い通りに動かせる」という思惑がある。

 さらにサルビーニ氏の背後には、選挙前には「右派連合」を画策し、選挙結果を受けポピュリスト二党の連立を容認したベルルスコーニ氏の影がちらつく。

 連立政権スタート時に両党が合意した公約を、移民、外交、経済の三つの柱に分けて考えると、移民の制限については、「同盟」側がより強く打ち出している面はあるものの、抑制方針という方向性では大きな違いはない。

 この点、イタリア国民全体としても、EUの方針によりギリシャ経由の難民流入が実質的に遮断されたため、地中海経由でイタリアへの難民流入が増えたという反感が強い。現在のEUにも、各国で根強い難民受け入れへの反発を抑え受け入れを求める気運はない。

 一方、外交面について、現在の欧州は、独仏を軸としたEUが、対米国では自由な通商政策、対ロシアでは経済政策を維持しながらサイバー攻撃やスパイ疑惑に対処していくことは変わらず、イタリアがロシアとの接近など独自の政策を採る余地は小さい。

 最も重要な点は、経済面にある。最低所得補償、税の軽減、年金支給の現状維持など、財政支出増の方向性では合意しても、バラマキの程度ないしレベル感について、貧しい南部を地盤とする「五つ星」と、比較的豊かな工業地帯にあり移民・難民への社会保障を嫌う「同盟」との差が遠からず鮮明になってくるのではないか。

 総選挙後、筆者が複数のイタリア人識者に聞いたところ、選挙結果を踏まえた最善のシナリオは、「連立政権ができるくらいなら、再選挙がベスト」というものだった。しかし実際には、先に述べたように安易な妥協によりポピュリスト二党の連立政権が発足したため、今後、新政権はバラマキ政策を実行すれば、金融市場でイタリア国債利回りが再び急上昇するという事態を招く。

 一方、可能性は低いものの、財政規律を重視する路線に転換すれば、連立を組む両党から反発を招くのは必至だ。ここでは財政支出増と政治的安定性はトレードオフの関係にある。新政権は「行くも地獄、戻るも地獄」という運命を背負わされ、比較的短期間で行き詰まり、再選挙というシナリオが浮上してくるのではないか。

「南欧危機」の現実性:イタリアとスペインの違いは何か

 次に、スペインでは、1日、少数与党を率いるラホイ首相に対する不信任案が下院で可決され、即日退任した。代わって登場した社会党のサンチェス新首相は、少数内閣ながら親EU色の強い組閣を行った。この点、ほぼ同じタイミングで組閣の進んだイタリアとの対照が際立っている。

 両者の最も明確な違いは、財政規律を重視する路線を従来から実行していることだ。1990年代後半、スペインは財政赤字削減への取り組みを始めた。その後の不動産バブル崩壊、ユーロ危機の影響も克服し、欧州現地では、スペインには企業の活発な投資とコスト競争力に支えられた輸出主導の成長を遂げる力があり、構造的な失業と銀行セクターの弱さを除けば、もはや南欧の周辺国ではなくEUのコア国とみてよい、という見方がある。

 次に、フランスではマクロン大統領が就任1年を迎え、対外的なEU・ユーロ圏改革への取り組みに対し、国内的な補助金削減や雇用市場改革への反発が足かせになるのではないかという意見もある。

 しかしフランス国内では、既得権益を守ろうとする反発があるものの「フレンチテック」と呼ばれる政府主導のスタートアップ企業の誘致・育成策などが進められ、産業界は非常に良い雰囲気にあると伝えられている。このような未だ統計数字に表れない変化にも着目すべきだろう。

 このように考えると、イタリア新政権が野放図な政権運営に走っても、周辺国に波及し南欧全体の危機に発展する可能性は低いと考えるべきではないか。

伊新政権の経済政策:「ミニBOT」の危うさ

 それでは、新政権自体は、支出拡大を賄う財源をどのように考えているのだろうか。ここで注目される案は、両党が検討している「ミニBOT」だ。BOTとはBuoni Ordinari del Tesoroの略であり、期間3,6,12カ月の国債の一種で、短期財務証券などと訳されている。「ミニ」の意味は、額面を1〜500ユーロと小さくし、流通しやすくするところからきている。

 この点について、ブリュッセルの有力シンクタンク・ブリューゲルは、先ず「そもそも、ミニBOTは証券なのか、通貨なのか」という問題提起をする。そのうえで、ミニBOTが通常国債に対しても、ユーロ通貨に対しても、保有者が払い戻そうとするときに劣後する点に注目する(注1)。

 即ち、ミニBOTは、(イタリアを含む)ユーロ圏で流通するユーロに対しイタリア政府が発行する証券の形をとっても、実質的には「並行通貨」である。「並行通貨」の導入例としては、2000年代初頭に財政・金融危機に陥った際、ドルに対するペッグを宣言したアルゼンチンがある。この時の経験からも、政府の財政規律に対する市場の信認が得られない限り、金融市場の信認を得ることは非常に困難と言わざるを得ない。

 以上のように考えると、ブリューゲルによれば、より重要な点は、ミニBOTの導入はイタリアがユーロから離脱する(市場への)メッセージと取られるだろう、という点だ。市場では連立政権発足前の5月下旬から既に、ミニBOTが懸念材料とされ、イタリア国債が急落した直接のきっかけになった。新政権がミニBOTの現実を理解し、財政規律を守る方向に舵を切らない限り、イタリア国債は再度、急落せざるをえなくなるだろう。

EUレベルの対抗策:「銀行同盟」から「ソブリン債担保証券」へ

 それでは他にイタリアリスクが表面化する経路はあるか。かねてから弱さを指摘されるのは銀行セクターだ。新政権発足直後の6月4日、フィナンシャルタイムズ紙は、イタリアの有力銀行ウニクレディトがフランスのソシエテジェネラルとの統合を検討していると伝えた。

 イタリア国債がさらに下落した場合、国債を保有する銀行の経営悪化につながり、銀行の機能不全がさらに実体経済に影響を与えるという、ユーロ危機時と同様の「悪循環シナリオ」が再現されるおそれがある。そこでは、ユーロ危機の教訓から強化された「銀行同盟(Banking Union)」を中心とした欧州レベルの枠組みがどれだけ機能するかが問題になってくる。

 5月中旬、8年間、ECB副総裁を務めたヴィトル・コンスタンシオ氏は、自らの退任スピーチで、ユーロを基軸通貨とした通貨同盟(EMU)を完成させるため、銀行同盟の完成、欧州安全資産(European safe asset)の創設を経て、真の資本市場同盟(CMU)に至る道筋を示した(注2)。

 特に注目されるのは、「欧州安全資産」の中心プロダクトとしてコンスタンシオ氏も言及しているソブリン債担保証券(Sovereign Bond-Backed Securities,SBBS)だ。EUの組織である欧州システミックリスク理事会(European Systemic Risk Board, ESRB)により検討されている(注3)。

 現在提案されているソブリン債担保証券の特徴は、第一に、ユーロ圏参加国の発行する国債による資産のプール(cover pool)を作り、それを資産として債券が発行されるが、各国は他の国がデフォルトした場合に互いに責任を負わない、という点である。

 これはユーロ危機時、いわゆる「ユーロ共同債」が欧州委員会から提案された際、ドイツなどから「弱小国がデフォルトした場合の責任をなぜ他国が負わなければならないのか」という強い批判があったことを考慮したものだろう。

 第二に、優先構造(seniority structure)が導入され、投資対象を優先部分と劣後部分に分類する考え方である。ここでユーロ圏の主要国がデフォルトに陥らないかぎり、ローリスクである優先部分への投資は影響を受けないとされているが、ここで「ユーロ圏の主要国」として、独・仏・スペインに加えイタリアが念頭に置かれていることが、新政権の誕生と関連して問題となるだろう。

 このように、危機対応のための欧州のセーフティーネット構築は、現在、各国のコンセンサスを得ながら依然、構築段階にある。そのため、仮に一国のみであってもユーロ圏第3位の経済規模を持つイタリアが危機的な状況に陥った場合、これを封じ込めることはできるか、という懸念が改めて問われることになるだろう。


(注1)’Mini-BOT in the government programme of the Five Star Movement and the League’(Bruegel, June 2018)
尚、同シンクタンクの研究スタッフには、経済・ビジネス分野で著名なイタリア・ボッコーニ大学の関係者も多く、イタリア新政権への批判的な論陣が張られている。

(注2)’Completing the Odyssean journey of the European monetary union’ (Remarks by Vítor Constâncio, Vice-President of the ECB, at the ECB Colloquium on “The Future of Central Banking” May,2018)

(注3)’Sovereign bond-backed securities:a feasibility study’(ESRB High-Level Task Force on Safe Assets, January 2018)



(2018年6月11日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
2018年は、ブレグジット交渉が正念場を迎える一方、ECBによる量的緩和政策の修正は一段と進むと考えられます。本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※本コラムのバックナンバーはサイト右上から、「欧州債務危機リポート」(13年3月まで)こちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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