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林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0

2017年11月10日 欧州最大のリスクは何か −ブレグジット・カタルーニャ・難民流入・ECBとユーロ改革

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 現在の欧州が抱えるリスクについて、以下、4点に分け、今後年末から年明けにかけて最大のリスクは何かについて検討したい。

リスクその1:ブレグジット・年末に向けた展開

 10月19・20日開催のEUサミットでは、英国が求めていた通商協議の開始には至らなかった。EUが公表した1ページの短い「結論」によれば、今年4月の時点で示した「離脱協議で合意がなければ通商協議に入らない」という交渉指針(ガイドライン)を前提に、計5回の交渉が行われ、離脱協議の主要な3ポイントの内、EU市民の権利については進捗があり、アイルランドとの国境問題についても多少の進捗(some progress)があるとされた。

 しかし「英国が離脱に関し支払うべき未払金(financial obligation)については、「英国が確かで具体的なコミットメントをするに至っていない(has not been translated into a firm and concrete commitment from the UK)」という厳しい判断が下された。

 その結果、英国が望む貿易交渉入りが決定されるかどうかについての判断は、次回12月のEUサミットに持ち越された。それでは年末までに事態はどう展開するだろうか。

 英国の未払金は手切れ金(Divorce Bill)とも呼ばれ、これまで、EU側から当初1,000億ユーロが請求され、その後600億ユーロに減額されたが英国は支払いに難色を示していた。

 しかし9月22日にメイ首相がフィレンツェで「2019年3月の離脱後、2年程度の移行期間が設けられれば支払いに応じる」という内容の演説を行った。この時、金額については200億ユーロまでは応じた、と伝えられている。

 しかし、以上の議論は双方による金額の算出根拠など交渉の透明性も不十分な、いわば「バナナの叩き売り」に近い議論がなされてきた、と言わざるをえない。

 さらに、前回の本レポート「ドイツ総選挙後、欧州の主役は誰か」でも紹介したメイ首相がフィレンツェ演説後、マンチェスターの党大会で行った「悪夢のスピーチ」により、メイ政権が求心力を失った状態は、現在も続いている。

 しかし本来、自由貿易の利益を受けるのは英国・EU双方であり、EUも本音では、通商協議が時間切れとなり「クリフエッジ」状態に陥ることは望んでいないはずだ。

 2019年3月の離脱に向けた手続きは、英国を含むEU加盟国28カ国と欧州議会により行われる必要があるため、実質的な協議は、その半年前の2018年秋には終える必要がある。この点から考えると、次回12月のEUサミットでは、EUとしても通商協議のスケジュールを具体化することに努めるだろう。

 それでは、次回12月の時点でEUと英国が折り合うための条件は何か。現在のブレグジット交渉上の問題点は、メイ政権が、仮にEUに対し「200億ユーロ支払う」と約束しても、英国内でこれを通すだけの力はなく、EU側もこの点を承知しているため、英国との交渉を本気で行っても仕方がない、と考えていることにある(9月の本レポート「ドイツ総選挙・ECBの政策変更・ブレグジット」参照)。

 そのため、EUとの交渉を進めるために残された道としては、メイ政権の内閣総辞職の可能性が高まってくるだろう。

 ここで、英国内では、ブレグジットが国民生活に与える悪影響がより具体的な形で懸念されるようになっている。例えば英ガーディアン紙は一面で、「クリフエッジ」の状態でEUから離脱した場合、1世帯当たり930ポンドの支出増につながる、という調査結果を取り上げた。このような状況では、離脱キャンペーンを主導したジョンソン外相への国民の信頼は既に失われている。

 尚、この点に関連し、11月2日、英中銀(BOE)は10年ぶりに政策金利を引き上げた。これはブレグジットの議論によりポンド安が進んだことによるインフレ要因を抑制し消費を維持するための、短期的な対応策といわざるを得ない。

 後述のようにECBが来年初からの量的緩和策縮小の方針を明らかにしたため、金融政策がユーロ・ポンドの為替レートに与える影響を考慮した面もあったはずだ。しかし長期的にみれば、利上げは英国内の投資コストの上昇を通じ、ブレグジットによる投資減少に拍車をかける恐れがあるのではないか。

 一方、英国外の動きとしても、米ゴールドマンサックスのCEOブランクファイン氏は、フランクフルトに800人規模の拠点を作る意向を明らかにした。英国に対するけん制の意図があるとしても、英国民の雇用が失われ金融市場が衰退するという懸念が深まっている。

 こうした状況は、「社会主義者」として国有化政策などを主張するコービン労働党党首が、たとえソフトブレグジット路線を掲げ若者の支持を得ようとしても、もはや説得力を持つことは困難だ。

 以上のように考えると、ブレグジットは、今後年末にかけ、英国側で何らかの政治的な変化が起きる可能性が高まっており、再総選挙などの可能性は否定できない。しかしこの場合でも、ジョンソン外相やコービン氏が実権を持つ可能性は低いと思われる。

 その一方で英国としてはEUの法規制に従う「ソフトブレグジット」は避けたいシナリオであるため、現実派であるハモンド財務相らによりこれまでのハードブレグジットの路線を踏襲しつつ、ぎりぎりのタイミングで通商協定締結へ向けた交渉が行われる方向に進むのではないか。

 以上のように考えると、今後も英国内の政治動向に左右されるため、「いつ、何が起きるか」という意味では不透明感はあるものの、ブレグジットの交渉が進むべき方向性は、意外に限られているようだ。

リスクその2: カタルーニャ独立は困難であることが明らかに

 本レポートでは、10月上旬の時点で、カタルーニャ州のプチデモン首相は、独立宣言を当面凍結するという考えを州議会で示し、やや柔軟な姿勢に転じたが、事態の打開のためには、EU等の仲介者なしには事態は進展しえない、と述べた。

 その後、スペイン中央政府は強硬姿勢を変えず、EUによる仲介交渉も本腰が入らない中、カタルーニャ州の独立宣言、中央政府による憲法155条に基いたカタルーニャ州の自治権停止、州幹部の解任、プチデモン前首相のベルギーへの出国など、めまぐるしい動きが続いている。

 しかし、中央政府としては、譲歩を示せば、バスク自治州などに波及することは明らかであるため、譲歩する訳には行かない。EUとしても、中央政府により、あくまで法に則って一連の措置が取られスペインの「内政問題」と位置付けられ、北イタリアやベルギーに波及していないため、ユーロ危機再燃への懸念も高まっていない。

 一方、カタルーニャ州内では、企業が州外に移転する動きもあり、独立に反対する勢力も根強い。こうした中、中央政府によって議会が解散され12月21日に総選挙が実施される予定となっている。総選挙後は、いずれの結果の場合にも、中央政府は州への関与を続ける強い姿勢は変わりないことが明らかである以上、独立の気運は当面、収束せざるを得ないだろう。

リスクその3:難民問題の現状と中東欧の不安定化

 前月の本レポートでは、9月24日の独総選挙でメルケル首相率いるCDU/CSUによる辛勝後、自由民主党(FDP)及び緑の党と「ジャマイカ連立」の交渉に入り、年末まで、時間がかかりそうな展開になっていると述べた。

 その後、11月1日の独フランクフルターアルゲマイネ紙は、「少々の一致(Ein bisschen Einigkeit)」という見出しを掲げ、社会教育政策とデジタル化について政策目標が一致したと述べ、連立交渉への楽観的な見通しを伝えた。

 但し、連立交渉における懸念材料の一つは、難民の受け入れだ。

 連立交渉を前に、CDU/CSUは、ドイツの難民受け入れ数について、年間20万人を上限とする方針を固めた。そもそも、この20万人という数字の根拠はどこにあるのだろうか。

 一方、EU全体に対する難民申請者数の推移は、2015年は約132万人のピークに達し、2016年は約126万人と小幅に減少したにすぎない。さらにこの内訳を見ると、ドイツは2015年の476,510人から2016年には745,155人に急増している。2016年には全体の半数以上をドイツで引き受けていたことになる(末尾別表)。

 次に、2017年の月別推移をみると、EU全体では、毎月5万人台後半から6万人程度で推移しており、年換算で60万〜70万人に相当する。この内訳をみると、ドイツは概ね1万人台後半で推移しており、年換算すれば約20万人程度になる。言い換えれば、CDU/CSUは、難民の流入を2017年の水準の範囲内に収めようと考えていることが窺える。

 しかし、このように2017年に入り欧州への難民流入が減少している理由は、シリアからの難民の流入経路となっているトルコ・ギリシャルートを遮断するため、2016年3月にEUがトルコに対し、60億ユーロの資金援助を行うことなどと見返りに、ギリシャからトルコへ難民を送還し、トルコに滞在させることについて、最終合意した。

 さらにドイツ以外の国への難民申請件数をみると、イタリアは2015年の83,540人から2016年には122,960人に急増し、ドイツに次ぐ第2位となった。イタリアについては2017年の月別データでも、毎月ほぼ1万人台前半で推移しており、2017年全体で見ると2016年を上回る可能性が高い。トルコ・ギリシャルートを実質的に封鎖した一方、リビアなどから海路が長く危険な地中海からイタリアルートで難民の流入が続いていることを示している。

 一方、オーストリアは2015年の88,160人から2016年には42,255人にほぼ半減した。ハンガリーは2015年の177,135人から2016年には29,430人まで急減した。チェコについては、2015年1,515人、2016年1,475人と、従来から殆ど難民を受け入れていない。

 難民流入の影響を直接に受ける中東欧の国々では、政治体制の保守化が相次いでいる。

 10月15日に実施されたオーストリアの下院選挙では、31歳のクルツ党首に率いられた中道右派の国民党が勝利し、極右の自由党と連立政権を組む可能性が高まった。この背景には、有権者の意向を察した自由党が、難民の受け入れに否定的な政策を掲げ、極右の自由党の得票となるべき支持層の取り込みを図ったことが挙げられる。

 さらに同20日に実施されたチェコの下院選挙では、2012年に新政党を立ち上げ、連立政権で副首相を務めていたバビシュ氏が勝利を収め、首相に就任する可能性が高まってきた。企業家出身であり、反難民のポピュリズム政策を掲げているため、「チェコのトランプ」と称されているが、既に財務相を兼務し実績を上げていることからすれば、したたかな手腕を持つ「チェコのドゥテルテ」と呼ぶべきではないか。

 中東欧では、従来から、ハンガリーやポーランドで、政権が反民主的・排外主義的な傾向を強めている。独フランクフルターアルゲマイネ紙は、折からチェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランドの中欧4カ国(ヴェシェグラード諸国と呼ばれる)により開催された会議を「欧州の新たな溝(Europas neue
Gräben)」という見出しを掲げ、丸1ページを充て大きく紹介した。

 一方、EU全体の今後の方向性として、9月にユンケル欧州委員長が欧州議会で演説を行い、欧州統合は従来のように横一線で進めるのではなく、統合推進に参加できる加盟国の間で推進するという「多速度の欧州」(Multi-speed Europe)という考え方を示した。

 そのため、経済発展段階の遅れた中東欧諸国の間で、欧州統合から取り残されるだけでなく、経済的なキャッチアップに必要な補助金が削減されるのではないかという懸念が高まっている。難民の流入に加え、この点が、中東欧各国の政治情勢をさらに不安定化させるリスクを高めている。

リスクその4:ECBとユーロ改革の行方

 10月26日、欧州中銀(ECB)は、量的緩和策として実行していた国債を中心とする資産購入額を2018年1月から300億ユーロに減額すると共に、購入期間を今年末から2018年9月末まで延長することを明らかにした。

 同時に、声明文と記者会見の質疑で、新たな購入額と期間は今後も変更があり得ること、資産買い取りの完了後に初めて政策金利の引き上げを検討することを強調した。

 以上の決定内容が「ハト派」的であるとして、独連銀のバイトマン総裁等の「タカ派」から、緩和の終了時期を明確にすべきだった、といった批判がなされた。

 しかし、以上の内容は、前回9月の事前アナウンスに沿った内容といえ、為替市場でもユーロドルレートは1ユーロ=1.15ドル台後半を中心に、安定して推移している。

 今後の世界の金融市場を見渡しても、米連邦準備制度理事会(FRB)議長にハト派のパウエル理事が任命される可能性が高まっており、日銀は量的緩和の姿勢を変える気配はない。量的緩和の縮小をこれから行う段階にあるECBだけが突出してタカ派的な姿勢を維持することは得策とは言えない。

 さらに2019年3月の英国のEU離脱前後に不測の事態が起きることを考慮し、政策の柔軟性を確保しておくべき、という面もあるだろう。

 以上のように考えると、バイトマン氏のECB総裁就任の可能性は、就任時期利上げ期に入っている可能性の高い2019年11月であっても、高くないのではないか。

 次に、ユーロの制度改革については、ECBが主体となって、現在の「銀行同盟」から「資本市場同盟」への展開を進めることになるだろう。前者では現状、残された課題である預金保険の統一化が中心になる。後者については、ブレグジット後のロンドン証券市場との関係をどう考えるかという問題はあるが、この点がどのように展開しても、ユーロ圏における証券監督の統一化と、証券決済機能の基盤強化を中心に検討が進められることになるだろう。

 一方、ユーロ共通債の発行、ユーロ圏共通予算・ユーロ圏財務省など、財政予算に関わる部分については、フランスのマクロン大統領が提言を行っている。年明け以降、ドイツの連立政権が発足後に独仏中心に議論が進むことになるが、財政の共通化に否定的な自由民主党(FDP)が今後4年間、ドイツの連立に参加する以上、その具体化は2020年以降の課題にならざるを得ないと思われる。

 尚、後者とも関連し、ユーログループ(ユーロ導入国の財務相による閣僚会合)の議長が今年12月のEUサミットで議論されることになっている。フィナンシャル・タイムズ紙によれば、ルクセンブルグのグラメーニャ財務相(元駐日大使の経験があり、筆者も何度か話したことがある)が有力候補として浮上している。

 この場合、記事で言及されている通り、存在感の強いユンケル欧州委員長と同じルクセンブルグの出身であることが問題になる。その他の候補として挙げられている、フランスのルメール財務相はマクロン改革を担っており、そこから離れることは難しい。同時に、イタリア・ポルトガルなど南欧からの選出も、財政問題への取り組みに不安が残る。そこで当該記事では、ダークホースとしてスロバキアの候補者が言及されている。以上のような他国からの選出がそれぞれの事情で困難となった場合に、消去法でルクセンブルグからの選任という可能性が浮上してくるのではないか。

 最後に、以上のような欧州が抱える4つのリスクを検討した時、長期的な観点からみて、最も深刻なリスクは第3の難民問題ではないか。他の3つについては、不透明要因は抱えているものの、基本的にEU内の加盟国間で議論し、解決されていく問題である。

 一方、難民問題は、発生の原因と受け入れ体制という両面から考える必要があるが、発生については欧州・EUの側からはコントロールできず、受け入れ体制に関してもEUの管理体制を強化しているが、実質的にはトルコにかなり譲歩する形で講じた暫定的な対策に頼っているにすぎないためである。



(2017年11月10日)


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日本経済研究センター特任研究員 林秀毅
2017年は、欧州各国で選挙が相次ぐ「政治の年」です。一方、年後半にかけてECBの金融政策の変更への期待が一段と高まると考えられます。 本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。
※本コラムのバックナンバーはサイト右上から、「欧州債務危機リポート」(13年3月まで)こちらからご覧いただけます。


(特任研究員 林秀毅)

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