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岩田一政の万理一空

2018年4月18日 ボアオ・アジアフォーラムのメッセージ

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日本経済研究センター理事長 岩田一政

福田元首相の貢献

 ボアオ・アジアフォーラムの年次総会が、4月8日から11日にかけて中国・海南島で開催された。これまで理事長をされていた福田康夫元首相が引退され、潘基文前国連事務総長が引き継ぐことになった。同時に副理事長も曽培炎元中国副首相から周小川前中国人民銀行総裁に交代することになった。

 10日の晩餐会でこの人事交代が公表された。各国、とりわけ中国の参加者から、特に福田元首相の会議に対する大きな貢献について高い評価が与えられていたことが印象的であった。

 私は、福田元首相に勧められて、初めてボアオフォーラムに参加することになった。主催者側から中国CCTVによる15分のインタビューと2つのセッションのパネリストを依頼されていた。一つのパネルは、「次の金融危機リスク」についてであり、セッションのサブタイトルも「Black Swan, Grey Rhino & the Minsky Moment(※1)」と刺激的であった。

 もう一つのセッションは、「主要中央銀行の異例な緩和政策からの出口にどのようなリスクがあるか」を論点とするものであった。

(※1)
「Black Swan(黒い白鳥)」:確率は低いが、起きたときには市場に甚大な影響を及ぼすリスク。
「Grey Rhino(灰色のサイ)」:高い確率で存在し、大きな問題を引き起こすにもかかわらず軽視されがちな問題。
「Minsky Moment(ミンスキー・モーメント)」:資産価格上昇が続くなど安定した金融環境がやがて揺らぎ、資産が投げ売りされ、崩壊する瞬間。

CCTVのインタビュー

 生放送のインタビューは主としてトランプ大統領の保護貿易措置に関するものであった。過去の日米摩擦の経験に興味があったようだ。具体的には、日本は日米摩擦の解決に失敗し、経済停滞に陥ったのではないかとの質問と、日本のこれからの貿易政策面での対応を聞かれた。

 日本の経済停滞に対しての質問には「1985年のプラザ合意による過度の円高に加え、不良債権の処理(デレバレッジ;過剰債務の圧縮)と1990年代半ばからの生産年齢人口の減少の3つが重なったためである」と答えた。

 インタビュアーは、中国は、人民元レートは均衡値に近く、大幅な人民元高はないのではないかと述べ、デレバレッジと生産年齢人口の減少については触れたくない様子であった。

 今後の対応については「TPP11の成功と拡大、WTOルールの遵守」をあげた。それ以外の方法はないかと追問してきたので、「日本は多国間自由貿易主義を貫くことしか選択肢はない」と述べてインタビューは終わった。

習近平国家主席のスピーチ

 今回のフォーラムのハイライトは、何といっても習近平国家主席による基調演説であった。この演説は、過去40年間の中国の開放・改革の路線がいかに正しいものであったかを首尾一貫して訴えていた。ちなみに、2018年は、会議の開催地である海南島が経済特別区に指定されてから30周年に当たる。習国家主席は、その路線の正しさに自信を深めている様子で、その自信の深さは余裕のある笑顔をもって語られた演説の端々に窺われた。

 トランプ大統領による一連の保護貿易措置についても、「開放は発展への道であり、閉鎖は後退への道である」と原則的な立場を明確にし、あえて保護貿易主義や米国の貿易政策について一言も触れることはなかった。演説の最後で4つの新たな経済開放政策措置を淡々と述べるのにとどめ、大国としての見識と意地を世界に示そうとしたように見える。

 4つの新たな政策とは、外資規制緩和による国内金融市場の開放、輸入拡大、関税引き下げ、知的財産権の保護である。これらの措置は目新しいものではなく、日米の貿易摩擦初期段階にとられた開放策に近い。注目されるのは、習国家主席が、知的財産権の保護について、外国の企業のみならず中国の企業にもプラスになると明言したことである。

易綱中国人民銀行総裁のスピーチ

 また、金融サービスの開放については、私が参加した第二のセッションで、易綱中国人民銀行総裁が、その具体的な内容を詳細に説明したこともあって、今回のフォーラムの第二のハイライトとなった。

 しかし、その具体的な内容は十分に開放的とは言えず、焦れたモデレーターが「ビッグバンはないのか?」との質問をした。この質問に対して、易総裁は、「中国は漸進主義で開放を進めている」と答えていた。

 私からは、「1970年代、80年代、90年代の日本の経験からすれば、資本流入規制緩和と資本流出規制緩和とのバランス、対外金融自由化と国内金融自由化とのバランス、さらには資本規制の緩和と為替レート制度の柔軟性とのバランスに留意する必要がある」とコメントした。

 会場からは、「米国が貿易赤字を減らすために何をすべきか?」との質問があり、易総裁は、「経常収支は国内の貯蓄・投資バランスで決まるもので、米国は国内貯蓄を増やすべきだ」と学者的な答えをしていたが、聴衆はあまり納得していない様子だった。

 私は、易総裁にBISのリサーチ・セミナーで会って話したこともあり、「米国は、貿易赤字を1,000億ドル減らしたいのであれば、1兆ドルに上ると予測されている財政赤字を1,000億ドル減らせばよい」と助け舟のコメントを出しておいた。

 会場からのたくさんの質問に対する易総裁の答えは、真面目で経済学の論理に忠実な姿がよく表れており、好感をもった。

 他方で、昼食会で隣になった香港のある政界人は、易総裁について「これからは学者には手に負えない、政治的な厳しい判断を迫られることになるだろう」と厳しめの論評をしていた。

黒い白鳥、灰色のサイ、灰色の白鳥

 世界の金融市場には、どのようなリスクが潜んでいるのかという第一のセッションでは、私に対して「現在の金融システムは、次の金融危機に対して十分にレジリエント(強靭)か?」との質問があった。最初に、「現在の金融システムは、自己資本のバッファーが拡充され、流動性管理も改善されているが、十分にレジリエントとはいえない」と述べた上で、「第一に、現在の仮想通貨の取引についてはサイバー攻撃に脆弱であることが判明した。さらには仮想通貨ベンチャーのなかには、リップルのように現在の国際決済ネットワーク(SWIFT)に代替する仮想通貨の流通を目指しているものがあるが、サイバー攻撃にさらされた場合に、システミックリスクを引き起こす可能性がある」と指摘した。さらに、「Fin Tech企業のビジネス展開は、現行のプルーデンス政策の基本的枠組みを超えるものだ」と述べた。

 また、「第二に、世界全体で債券市場にミスプライシング(米国債のタームプレミアムが量的緩和政策以降マイナスであること)が存在する中で、過度の民間・公的債務が積み上げられている。私の目からは、税制改革による米財政赤字の拡大(2019年度に1兆ドル)による新規国債の供給増加に加え、これから連邦準備が保有している国債を1.3兆ドル市場で消化する必要があること、しかもそれを金利引き上げ過程で消化する必要があることを考えると米国債は『灰色の白鳥』だ」と述べた。

 さらに、「第三に、日本の累積国債残高については、その危機を『認知する日』は2020年〜25年頃と予測したことがあるが、現在は日本銀行が国債発行残高の4割を吸収しているので、その『認知する日』は先送りされている」と指摘した。

 李若谷・中国輸出入銀行元総裁は、「中国の企業債務問題は過大に注目され過ぎている。中国には対外債務は少なく、国内通貨建ての債務が国内で保有されているのだから問題はない」と述べた。

 私からは、「中国の企業債務は、名目GDP比率で170%と日本のバブル期の140%よりも大きい。日本企業は,バブル崩壊後、過剰債務、過剰設備、過剰雇用を解決するために設備投資比率を低下させたが、このデレバレッジ過程で成長率は5%から1%に低下した。中国でも現在の6.5%から2030年には2.8%程度に成長率が低下するであろう」と指摘した。

ツキジデスの罠の回避か?

 最後に、習国家主席の演説については、「ツキジデスの罠(※2)」を回避しようとする意思を示したものとの見方がある。しかし、「社会主義現代化強国」の実現は、経済面のみならず軍事面でも米国を凌駕する大国になることを意図しているように見える。

 4月11日の第二のパネル終了後に海南島の浜辺を散歩した折に、沖合いに大きな軍艦を2隻見かけた。さらに日本に戻ってから、12日に習国家主席の指揮下で、1949年以来最大の海軍の軍事演習が実施されたとの報道に接した。

 海南島は南沙諸島に対する一大軍事基地になっている。フィリピンのドゥテルテ大統領は、全体会議でやや元気のない様子で、「経済面のみならず安全保障面でも中国との協力を深めたい」と発言していた。小国の悲哀を感じざるをえなかった。

(※2)「ツキジデスの罠」:台頭する新興国と覇権国が対峙すると戦争に陥りやすいとした古代ギリシャの歴史家ツキジデスの洞察。

(2018年4月18日)


(日本経済研究センター 理事長)

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