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岩田一政の万理一空

2014年4月4日 経常収支の赤字化と対外的な金融仲介の役割

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日本経済研究センター理事長 岩田一政

経常収支赤字化についての異論

 経常収支赤字が4カ月連続している。原発停止による原油・液化天然ガス(LNG)輸入量の増加は一巡しているが、円安が輸入金額を押し上げている。加えて、実質輸出は、中国を中心とするアジア市場の伸び鈍化に加えて、海外生産の拡大や一部輸出産業が輸出競争力を失ったことによって伸び悩んでいる。円安の進展にもかかわらず貿易収支は22カ月連続して赤字を計上している。

 市場のコンセンサスの見方では、いずれ消費税の前倒し需要の剥落とともに貿易赤字幅は縮小し、再び、経常収支黒字が戻ってくるとしている。しかし、私は、中長期の視点に立つとき、黒字が戻ってきてもそれは一時的なものであると考えている。

新古典派開放成長モデルによる説明

 中長期の視点に立って、経常収支の赤字、黒字を論ずる場合には、開放経済における新古典派成長モデルが有用だ。

 このモデルでは、各国で採用されている生産関数が同一であるとすれば、国際的な資本移動によって資本収益率は均等化するはずである。資本収益率が均等化するという仮定の下で、浜田宏一・イエール大学名誉教授と私は、1989年にヨーロッパの学術誌に日米間の資本移動の将来を予測する論文を寄稿したことがある。

 この枠組みの下では、一国の経常収支の赤字、黒字は、両国の純国民貯蓄率、労働力人口増加率、対外純資産(純負債)残高保有による利子収入(利払い費)の3つの要因によって影響を受ける。利子収入(利払い費用)を除けば、経済成長の主要な決定要因である、資本蓄積率と労働力人口投入の伸び率の差によって、ネットの国際資本移動を示す経常収支の赤字幅、黒字幅が決定されることになる。とりわけ、純国民貯蓄率(資本蓄積率)の差は、各国で大きな相違があり、経常収支の主要な決定要因になる。

 換言すると、資本は国内貯蓄の豊かな国から国内貯蓄の貧しい国へ流れるのであり、その背後で経常収支黒字国は対外資産を蓄積し、経常赤字国は、対外借り入れを増加させることになる。

3つの決定要因

 図1は、日本、米国、ドイツの純国民貯蓄率を示している。プラザ合意のあった1980年代半ばには、米国と日本の純貯蓄率の差は、15%もあった。ところが、2012年の時点では、両国ともにゼロである。これに対して、ドイツの純貯蓄率は10%程度で安定的に推移している。ドイツは名目GDP比率で5-6%の黒字を計上しており、米国は2−3%程度の赤字を計上している。日本は経常収支赤字計上を開始したところである。

※図表をクリックしていただくと、拡大してご覧いただけます。



 図2に見るように、労働力人口増加率の各国間の差は、余り大きなものではない。ただし、米国の人口増加率は、日本よりも大きいので経常収支赤字が持続しやすい。



 図3には、3国の対外純資産(負債)の名目GDP比率が示されている。米国と日本、ドイツの対外ポジションは対照的である。日本の対外純資産は、名目GDP比率で60%を超えており、ドイツも40%を超えている。他方、米国の対外純負債は20%を超えている。



 図4には、対外利子収入(利払い費)の名目GDP比率が示されている。興味深い事実は、米国は、対外純負債国であるにも関わらず、日本、ドイツと同じく名目GDP比率で5%程度の利子収入を得ていることである(マイナスの利払い費)。



 これは、米国が、世界の銀行として、海外から短期資金を取り入れ、それを海外で長期運用し、そこから利潤を享受するグローバルな金融仲介機能を果たしていることを示している。しかも、その資産運用は、かなり効率的である。

構造的な経常収支赤字国へ

 日本の家計の貯蓄率は、2012年に1%である。日本経済研究センターの中期予測は、先行き2020年にかけて、高齢化を反映してマイナス5%程度まで低下するとしている。消費税増税の前倒し需要に伴う一時的な民間内需の高まりによる輸入量の増加はやがて剥落し、貿易赤字幅を縮小させるであろう。しかし、貿易収支、貿易・サービス収支の赤字が黒字に転換することはないであろう。さらに、日本経済が1960年代半ば以降構造的にこれまで蓄積した対外資産を取り崩す段階に入ることは、時間の問題であろう。日本は、もはや貯蓄の豊かな国ではなく、むしろ貯蓄の貧しい国になっているのである。

経常収支赤字化に対する政策対応

 経常収支赤字化に対する対応策は2つある。

 第一は、経常赤字化に歯止めをかけることである。ケインズは、政府は国内経済における総貯蓄と総投資の水準を決定することに責任があると考えていた。従って、総貯蓄と総投資の差である経常収支の水準についても、各国政府はコントロールすべきであると考えていた。とりわけ、1930年に「貨幣論」を執筆した時点では、金本位制度の下における為替レートの均衡と並んで、世界と国内における投資の均衡水準を同時に達成することに主な関心があった。

 また、ケインズは経常収支赤字国のみならず黒字国も対称的な責任を負うべきだと考えていた。プラザ合意において、赤字国である米国は、黒字国である日本に対して、円高誘導、市場開放のみならず公共投資5年間面積倍増による内需拡大を迫ったのは、ケインズ的な発想に立つものといえる。

 円高誘導と内需拡大のいずれを重視するかによって、金融政策は金利引き上げをすべきか、金利引き下げをすべきかという選択を迫られることになる。興味深いことに、プラザ合意直後に、日本銀行は市場金利の高目誘導を行ったが、当時のボルカー連邦準備制度理事会議長をふくめ米国政府は、金利引き下げによる内需拡大の方を重視したようである。この理由は、ボルカー氏自身が、変動レート制度よりも固定レート制度を望ましいと考えていたことにあると、私は推測している。

 国内の貯蓄―投資バランスを重視するケインズ的発想に立つとすれば、日本政府は経常収支赤字化回避のために、公共投資削減による内需縮小を図ることが必要になる。財政部門の投資超過が縮小すれば、経常収支赤字圧力を軽減するであろう。しかし、財政緊縮政策への転換は、デフレ克服目標の実現のみならず成長戦略とも矛盾をきたすことになろう。

 第二の政策対応は、中長期的な国内純貯蓄率の変動を重視する新古典派成長論の視点に立って、経常収支赤字化を受け入れることである。ただし、この場合、ネットで海外から恒常的に資金が流入するような環境を整備する必要がある。

 この観点からすると、2つの政策を実施することが、求められる。

 その一つは、日本の金融市場が多様であり、深みをもったものであると同時に、投資家にとって信頼のできるものでなければならない。信頼を維持するためには、円や国債に対する国際的投資家の信認を得ることが不可欠である。特に、日本の国債は、国際的な安全資産であるという信認を維持することが重要だ。

 そのため第一に、日本政府は、中長期の財政目標の提示とそれを実現するための道筋を明示する必要がある。2020年度の基礎的財政収支黒字化目標だけでは不十分であり、政府債務・名目GDP比率目標(例えば、200%)を提示すべきである。

 第二に、経常収支の赤字幅が大きくなり過ぎないために、対外資産の収益率を高める必要がある。米国のように対外純負債となっても利子収入がプラスである状態を維持することが望ましい。日本は、グローバルな、とりわけ、アジア太平洋地域における対外的な金融仲介を強化し、展開する必要がある。そのための環境を早急に整備すべきだ。日本における国際金融センター設立はその助けとなるであろう。

(2014年4月4日)


(日本経済研究センター 理事長)

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