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岩田一政の万理一空

2015年4月30日 2つのGDPギャップとデフレ脱却

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日本経済研究センター理事長 岩田一政内閣府推計と日本銀行推計の方法論の相違

 日本のGDPギャップについて、内閣府推計と日本銀行推計の格差が広がっている。内閣府によれば2014年第4四半期のGDPのデフレ・ギャップは、2.3%である。これに対して日本銀行の推計によるデフレギャップは、0.1%である。両者の格差は1990−92年と2005年−06年の時期に大幅であった。2014年第2四半期の消費税導入以前には比較的小幅であったが、2014年4月の消費税率の引き上げ以降大幅な乖離を示している(図1)。

※図表をクリックしていただくと、拡大してご覧いただけます。



 両者の推計値の違いは、内閣府と日本銀行の間で方法論が異なっていることに起因している。GDPギャップの推計方法は3つある。一つは時系列分析であり、実質GDPの時系列データからトレンド部分を抽出し、トレンド部分を潜在実質GDPとみなして、現実の実質GDPとの乖離を計測するものである。トレンド部分抽出の統計的手法には複数の方法がある。

 第二の方法は、生産関数アプローチと呼ばれるものである。この方法においては、まず、労働投入と資本投入の正常な稼働率とトレンドとしての全要素生産性の値から潜在実質GDPを推計し、現実の実質GDPと比べるという方法である。基本的には、内閣府も日本銀行も同じ生産関数アプローチを採用している。日本銀行が内閣府と異なる点は、GDPギャップの推計にあたり、もっぱら経済全体の稼働率が正常な水準からどの程度乖離しているかという点に着目し、現実の実質GDPの値をGDPギャップの計測に用いないところにある。実質GDPの数字はしばしば改訂されることがあるので、GDPギャップの推計値が、現実の実質GDPに引きずられて大きく変動することがないよう、日本銀行が配慮したためと推測される。その結果として、日本銀行の推計値の場合には、もっぱら資本と労働の需給の逼迫度からGDPギャップを推計するということになる。

 また、資本と労働の正常な稼働率として、過去のピークの値をとる場合と平均の値をとる場合が考えられる。内閣府と日本銀行ともに平均値をベースにして、現実の稼働率がどの程度正常な水準から乖離しているか計測している。この平均値の取り方によってもGDPギャップの大きさは変化する。

 経済協力開発機構(OECD)は、資本ストックとして収益率から換算した値を採用し、正常な稼働率として、長期間の平均値ではなく、リーマンショック以降の景気循環の平均値をとっている。この結果、OECDにより計測されたGDPギャップは日本銀行推計の値に近くなっている。

 さらに、もう一つ内閣府と日本銀行の相違は、日本銀行の場合、資本と労働の正常な稼働率を推計する上で、鉱工業生産統計の稼働率ばかりでなく、短観や法人企業景気予測調査における企業経営者の設備需給判断や労働需給判断を加味して計測していることだ。

 以上のような2つの相違があるために、現実の実質GDPが消費税率の引き上げによって低下した場合、内閣府推計ではGDPギャップは拡大するが、日本銀行の場合には、GDPギャップには反映されない。日本銀行の短観における、企業経営者の労働需給判断は、大幅に人手不足であり、設備の需給判断もほぼバランスしている。従って、日本銀行の計測方法に従って、経営者の判断をより重視する場合には、GDPギャップはゼロ近傍というよりも、インフレ・ギャップになっていてもおかしくないということになる。

 かつて、ドナルド・コーン前連邦準備理事会(FRB)副議長は、企業の経営者が判断する主観的な正常稼働率と客観的なデータから得られる正常稼働率とは、しばしば乖離することがあると筆者に語ったことがある。コーン前副議長は、客観的なデータの方により信頼感を寄せていたように思われる。

 GDPギャップ推計の第三の方法は、GDPギャップがデフレ・ギャップからインフレ・ギャップに転換することによって賃金・物価に上昇圧力が加わることに着目し、賃金・物価とGDPギャップを同時に推計するアプローチもある。この場合には、為替レートの変動による物価上昇(下落)圧力やインフレ期待の変化による物価上昇(下落)圧力をモデルの中に組み込むことが必要になる。

自然失業率および潜在成長率との整合性

 内閣府と日本銀行のGDPギャップ推計値の違いは、現実のGDPを用いるかどうか、また企業経営者の正常な稼働状況に関する判断を考慮するかどうかという方法論の相違に基くものなので、一概にどちらが正しいとは断定できない。しかし、他の重要な変数の推計値との整合性を点検することは有益であろう。一つは、均衡状態における失業率(自然失業率〕から現実の失業率がどの程度乖離しているかを検討することである。

 均衡状態の失業率として景気循環要因を除いた構造的な失業率を近似変数として採用することがある。この構造的失業率の推計は、失業(U)と欠員(V)の量的関係(=求職者と求人数の量的な大きさ)から構造要因に基づく失業率を識別しようとするものである。このU―Vアプローチでは、構造的な失業率は3.5%程度とされることが多い。2015年2月の失業率も3.5%であるので、GDPギャップがゼロであるとみるのはそれなりの根拠があるということになる。

 ところが、ここでの問題は、現実の失業率が構造的な失業率に等しいとしても、日本銀行は、GDPギャップがゼロの下でもインフレ期待が2%でアンカーされる状態になることが均衡であり、その均衡実現を目標に政策運営をしていることである。インフレ期待が2%でアンカーされている場合の失業率(自然失業率)は何%かという問題に逢着することになる。過去のデータを見る限り、2%の物価上率が実現したのは、失業率が3%を切る水準にあった時期である。

 仮に生産物市場と労働市場の需給には一定の関係があり、現実の実質GDPと潜在GDPの水準の1%の差が、現実の失業率の均衡水準からの0.5%の乖離に対応しているとすれば(オークンの係数が2であるとすれば)、内閣府のGDPギャップをゼロにする失業率の水準は2.5%ということになる。

 日本経済は、すでに完全雇用にあり、追加緩和は一切必要ないとする論者は、日本の自然失業率が3.5%であるとみなしていることを意味している。他方で、インフレ期待を2%にアンカーすることが重要であり、追加緩和が必要であるとする論者は、暗黙のうちに自然失業率は、少なくとも3%以下だと考えていることになる。

 第二の重要な変数は、潜在成長率の推計値だ。GDPギャップと潜在成長率の推計値との整合性を点検する必要がある。内閣府の場合には、潜在成長率も同時に推計しているので整合性の問題はない。しかし、日本銀行の場合には、実質GDPをGDPギャップの計測に使用しないので、整合性を点検する必要がる。

 もちろん、内閣府と日本銀行が推計しているGDPギャップから潜在成長率を逆推計することは可能だ。逆推計した潜在成長率は、2014年第4四半期に内閣府の場合には0.5%程度であり、日本銀行の場合には、2014年第1四半期以降マイナスになっており、第4四半期にはマイナス1%程度になっている。(図2)。



 日本銀行は、これまで公式の推計値として潜在成長率を公表したことはない。しかし、別途公表された図表から日本銀行は、日本の潜在成長率がゼロ%近傍にあるとの見方をしているように見受けられる。物価の先行きに関する日本銀行と市場の見方の間には、大きな差があるが、GDPギャップの水準と潜在成長率の見方の相違がある程度影響している可能性がある。

 日本銀行は、整合性のある形で潜在成長率とGDPギャップの値を公表すべきであろう。何故なら、足元のGDPギャップの大きさと先行きの変化幅に関する正確な予測は、インフレ目標政策の成否を決する重要な論点だからだ。インフレ目標政策の核心部分は、1年後の物価上昇率とGDPギャップの望ましい水準からの乖離がどの程度になるか正確に予測が可能かどうかにかかっている。出発点のGDPのデフレ・ギャップがゼロ%であるか2.3%であるかによって1年後のGDPギャップの姿はかなり異なったものになる。仮に2015年度に2%成長すると仮定しよう。日本銀行推計では、潜在成長率をゼロ%とすれば、1年後に2%のインフレ・ギャップが発生することになる。これに対して内閣府推計が正しければ、潜在成長率が0.5%あるので、GDPギャップは、なおマイナス0.8%とデフレ・ギャップが続くということになる。

1回目の量的緩和からの出口における教訓

 GDPギャップの大きさとインフレ目標との関係を考える上で、1回目の出口過程におけるGDPギャップの動きを振り返ってみることが有益だ。なぜなら、2008年前半には、内閣府推計、日本銀行推計のいずれもが2%程度のインフレ・ギャップが存在していたことを示している。それにもかかわらず、デフレ脱却は成功しなかったからだ。

 2006年3月以降の1回目の量的緩和からの出口のプロセスにおいて、日本銀行は2006年7月に続いて、2007年2月に2度目の金利引き上げを実施した。名目賃金の伸びは、2004年末以降緩やかに上昇していたが、主として団塊世代の退職を反映して、2006年末以降再びマイナスの領域に陥っていた。

 いくつかの市場予測は、2007年中に、消費者物価上昇率が一時的であるにせよマイナス領域に戻ることを予想していた。

 筆者は、名目賃金と消費の弱さならびに消費者物価が再びマイナスになることのリスクを重視して、初めて執行部の金利引き上げ提案に反対した。この時の金利引き上げの根拠は、1年後に2%のインフレ・ギャップが予想されるからというものであった。仮に一時的に物価上昇率がマイナスになっても、GDPギャップが2%あれば、基調としてデフレが再来することはないとの意見が強かったためである。失業率も2008年に入って、3.6%まで低下した。

 現実には、筆者の予想通り2月以降10月まで消費者物価はマイナス領域で推移した。その後、円安基調の下でのバブル的な原油価格の高騰により、消費者物価上昇率は一時的に2.4%に達した。その一方で、景気は2008年2月に後退局面入りをし、スタグフレーション的な様相を強めた。最終的には、7月に原油価格バブルが崩壊したことに加えて、9月にリーマン・ショックがあり、日本経済は再びデフレに戻ってしまった。このエピソードの教訓は、仮に日本銀行がGDPギャップの先行きを正しく予測したとしても、物価上昇率を正しく予測できるとは限らないことであり、また、2%のインフレ・ギャップがあったとしてもデフレ脱却が可能であるとは限らないということである。

(2015年4月30日)


(日本経済研究センター 理事長)

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