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実哲也の揺れるアメリカを読む

2018年7月9日 トランプの暴走止められぬ米議会 政権の狙いはサプライチェーン破壊?

 「トランプ大統領は自分から貿易戦争を収束させる気はない」。先月、米国で会ったワシントンやニューヨークの政策専門家やエコノミストの多くが示したのがそんな見立てだ。トランプの強硬な言動は交渉上の単なる脅しで、じきに矛を収めるという楽観論が大きく後退しているのを実感した。


 米国での生産拡大迫る 
 米国は世界最大の輸出市場だから高関税措置などで攻撃を強めれば相手は必ず降りてくる。通商問題で強い姿勢を見せることが秋の中間選挙でプラスになる。そんなトランプ流の勘が政権を動かす指針になっていると見られている。
だとしても、欧州から中国、カナダ、メキシコ、日本まで世界中を相手に戦うことでトランプ政権はいったい何を得ようとしているのか。

 気になったのは「狙いはグローバル企業の既存のサプライチェーンを壊すこと」(ピーターソン国際経済研究所のマーカス・ノーランド副所長)といった見方が少なくなかったことだ。米国に高関税という壁をつくる構えを示すことで「米国で稼ぎたいなら外で生産したり、部品の調達をしたりするのでなく、米国で生産・調達ができる体制をつくれ」という強烈な圧力を内外企業にかけようとしているというのだ。強引にでも米国をグローバル企業のサプライチェーンの中核にしたてあげることに成功すれば、米国の製造業は再び復活するという願望(あるいは幻想)に基づく考え方である。

 もっとも、オートバイの名門企業、ハーレー・ダビッドソンが欧州からの報復関税を恐れて生産拠点の一部を米国外に移すなど、ことはトランプ大統領の思惑とおりには進んでいない。それがトランプの怒りを増幅させ、北風路線をさらに強める悪循環に陥っているのが現在の姿だ。

 トランプの暴走を止められる勢力が政権内にもはや存在しないなかで、注目されるのが米国議会、とくに上下院で議席の過半数を占める与党・共和党の動きである。同党は伝統的に自由貿易と自由市場経済を尊重し、同盟国との関係を重視してきた。トランプ政権の保護主義政策、とくに同盟国まで狙い撃ちするような政策はこの「党是」に完全に反する。

 米議会を主導する共和党はトランプ政権をけん制しようとしているのか。それとも共和党自体が内向きで自国第一のトランプ主義に染まりつつあるのか。それは「共和党は日本を大事にする政党」という共和党信仰が強い外務官僚や政治家によって構築されてきた日本の対米外交政策にとっても重要な問いになる。

 議会共和党の最近の動きを追うと、憂慮せざるをえない状況だ。農家を地元に抱えた議員らが中国などからの農産品への報復関税の影響に懸念を表明するぐらいで、党執行部は大統領の貿易政策にモノ申す姿勢を見せていないからだ。

 葬られたトランプ関税防止法案 
 それを象徴する事例がある。大統領批判をいとわない数少ない共和党政治家であるコーカー上院議員が6月に提出したある法案が審議にもかけられず葬り去られたことだ。

 法案は、鉄鋼・アルミの関税引き上げの根拠にもされた通商拡大法232条(安全保障を理由に輸入を制限する権限を大統領に付与)を発動する際は議会の承認を必要とすることを求める内容。大統領による恣意的な高関税措置に歯止めをかけねばならないという真っ当な懸念に基づいた法案だったが、党執行部は「不適切」「大統領に拒否権を発動されるだけで終わる」という理由ではねのけてしまった。

 貿易政策の権限は、米国憲法上は本来議会にある。その力を取り戻す格好の機会を議会は自ら絶ってしまった。コーカー議員は「高関税は米国民への課税と同じ。それなのに共和党の同僚たちは大統領を怒らせるかもしれないということばかり気にしている」と党執行部を批判した。

 実はコーカー上院議員は今秋に引退することを決めている。大統領を正面から批判する共和党議員もいないではないが、そのほとんどはすでに引退を表明した人たちだ。
2つ目の懸念材料は、中間選挙に先立つ共和党の予備選で、トランプ大統領を礼賛する「ミニ・トランプ」たちが続々と勝利を収めていることだ。

 6月に実施したバージニア州の上院予備選で勝った異端派のスチュワート候補は「私は上院でトランプ大統領の最大の支持者になる」と誓った。同じ日に実施したサウスカロライナ州の下院予備選で現職の下院議員を破ったアリントン候補は「我々はトランプの党だ」と勝利演説のなかで高らかに宣言した。アリントン候補に敗北した現職議員は大統領の高関税政策や人権軽視を批判する珍しい「反トランプ派」だった。中間選挙の戦略を練る共和党全国委員会のマクダニエル委員長は「トランプ大統領の政策目標を擁護しない候補は過ちを犯すことになる」とツイートしている。

 トランプになびく傾向が強まっている背景には、草の根の共和党員の多くが依然としてトランプ大統領を支持していることがある。ギャラップ社の世論調査(6月25日〜7月1日)によると、共和党支持層の87%が大統領を支持しており、就任直後の89%とほとんど変わっていない。ポリティコ・モーニングコンサルトが3月に実施した世論調査で「鉄鋼・アルミニウムでやったような関税引き上げ」への評価を聞いたところ、共和党支持者の70%が高関税政策を支持(反対は13%)する結果になっている。トランプ批判に走れば、共和党を支持する有権者から見放されるという恐怖感が政治家の心を支配している可能性がある。

 こういった雰囲気を嫌って党を去る人も出てきた。大統領選挙で歴代の共和党候補を支えてきたベテランの党幹部は先月、「議会執行部らのトランプへの服従姿勢が共和党を破壊してしまった」という理由で離党した。
とはいっても、共和党がトランプに象徴される内向きのポピュリスト政党に変質してしまったと見るのはまだ早計だろう。

 共和党は「トランプ党」になるのか 
 試金石のひとつになるのはトランプを信奉する「トランプ・チルドレン」が中間選挙で実際に当選するかどうかだ。
「トランプ色が強すぎる候補ばかりが出馬すれば共和党にとってはむしろマイナスの結果になる」と指摘するのはバンダービルド大学のジョン・ギア教授(政治学)。大学があるテネシー州では今秋、上述のコーカー上院議員の後継者を選ぶ選挙が実施される。トランプへの忠誠を誓い、メキシコ国境との壁建設を訴えるポピュリスト的な政治家が共和党の有力候補になっているが、教授は同州知事を務めたベテランの民主党候補に敗北する公算がかなりあると分析する。

 テネシー州は共和党が強いとはいえ、歴代の有力政治家は自由貿易を支持し、移民に寛容な穏健派が多い。バンダービルト大が昨年暮れに実施した州民意識調査でも、超党派で物事を決める現実的で穏健な政治家を評価する傾向が強く出た。トランプに批判的な穏健派を攻撃し、「反移民」を掲げる共和党候補の意見が州民の共感を得られるかはわからない。
 
 トランプ派の候補が各地で破れ、共和党が上下院で過半数を失うようなことがあれば、同党内でトランプに物申す動きが出てくる可能性もある。逆に多数のトランプ・チルドレンが議会に入ってくれば、自由貿易や国際協調を重視する共和党の性格が徐々に変わっていくかもしれない。トランプ批判派の多くが引退を表明しているのもマイナス要因だ。
 
 議会全体で見ると、民主党の動向も重要である。先述のポリティコ・モーニングコンサルトの世論調査では、民主党支持者のなかで高関税政策に賛意を示したのは22%(反対54%)にすぎない。だが、議会民主党はもともと共和党に比べて自由貿易に懐疑的な勢力が強く、その傾向は一段と強まっている。民主党が上院か下院で過半数の議席を獲得しても、トランプ政権の保護主義的な政策が制御されることにはならない。

 ただ、つぶさに見れば、対中通商政策では共和、民主両党とも強硬論が勢いを増す一方、日欧やカナダ、メキシコを敵に回すやり方に賛成する議員は両党とも少数派といえる(注1)。この点で両党が一致してトランプ政権に対峙すれば力になりうるが、政党間の対立が激しくなる中ではそんな超党派の協調もなかなか期待しにくい。

 貿易戦争止めるのは株暴落だけ? 
 政権内や議会からの政治的なチェックが期待できないとなると、あとは株価の暴落や経済の悪化しか歯止め役は存在しない。批判されればただちに反撃するトランプ大統領も金融市場や景気をしかりつけるわけにもいかず、矛先を収める可能性はある。

 日本にとって当面の最大の焦点は安保を理由にした自動車関税引き上げを阻止することだが、米国の経済・雇用への悪影響や株暴落リスクを大統領に真剣に訴えるしかないのが実情だ。

(注1)民主党左派で自由貿易に懐疑的なサンダーズ議員もカナダ、メキシコ、欧州連合(EU)への鉄鋼関税引き上げに関しては反対する声明を発表している。

(2018年7月9日)


(実哲也・日本経済研究センター 研究主幹)



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