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実哲也の揺れるアメリカを読む

2018年8月7日 「忘れられた人々」は救われるか 職業訓練改革に動く米政権

 工場で働く白人労働者など「忘れられた人々」を救うと訴えて選挙に勝ったトランプ米大統領だが、やっていることは彼らの助けになっていないではないか――。そうした批判はあちこちから聞こえてくる。減税の恩恵の大半は富裕層が享受し、貿易戦争は鉄鋼労働者など一部を除けば働く人々を苦しめるだけという見方だ。

 おおむねその通りだろう。だが、トランプ政権が最近、「忘れられた人々」を救う「本丸」になりうる政策に力を入れ始めたことにも目を向けるべきだ。それは、技術革新が進む新しい時代にあった能力や技能を得るための職業訓練や教育を、企業や大学などと一体になって強化することである。

「人材危機」を訴える
 「わが国はスキル(技能)危機に直面している。670万人以上の分の仕事が(技能を持った人材の不足で)埋まっていない」。

 トランプ大統領が7月19日に出した大統領令はこう訴えたうえで、問題に対処するため、商務長官、労働長官らを共同議長とする「労働者のための国家評議会」(National Council for the American Worker)を設立することを命じた。民間企業、教育機関、労組、非営利組織(NPO)、地方政府などと協調して、結果を重視した効果的な職業訓練を推し進める国家戦略を立てるのが狙いだ。企業経営者や大学関係者などのメンバーで構成する諮問委員会もつくり、様々な提案をしてもらうという。

 同時に、大企業や業界団体に対し、高校生から高齢の労働者まで幅広く教育・職業訓練・新技能取得プログラムを提供することを約束する「米労働者への誓い」(Pledge to America’s Workers)への署名を呼びかけた。これにマイクソロソフト、ウォルマート、IBMなど10数社と情報技術(IT)や建築分野の業界団体などが応じ、対象者の目標人数も明記して支援を公約した。

 このほか、地域の職業・技術教育プログラムを支援する既存の法律の拡充を議会に呼びかけ、7月末に超党派で改正法を成立させた。

 トランプ政権は昨年6月にも若者が専門技能を身に付ける見習い研修制度をしやすくする規制撤廃を発表するなど、すでに職業訓練の拡充に関心を寄せていたが、この動きを本格的に進めようとしている。

トランプの長女が先導役 
 その先導役として積極的に動いているのが大統領の長女、イバンカ・トランプ氏だ。見習い研修制度の本場であるドイツで現場を見学したり、上記の法改正を議員に直接働きかけたりするなど、常に中心的な位置にいる。

 トランプ政権がどこまでこの問題に真剣に取り組むのかは読めず、単なるスタンドプレーに終わる恐れもある。政策には「移民よりも米国民を雇え」という内向きの意味合いがこめられているという見方もある。
だが、時代に即した新技能の習得とそのための職業訓練に光を当てる方向性自体は間違っていない。企業から見れば必要な人材がみつからず、「忘れられた人々」から見ればいま持っているスキルで対応可能な良い仕事が存在しないという雇用のミスマッチ現象が深刻化しているからだ。

 米国の失業率は7月に3.9%となり、4ヶ月連続で4%以下の低水準を維持している。ここまで失業率が下がったのは2000年以来のことだ。しかし、人口のうち職についたり、職を探したりしている人の比率である労働参加率は思うように上がってこない。雇用環境が改善すれば、失職している人も積極的に仕事を探すのが普通だが、そうなっていないのだ。働き盛りである25歳〜54歳の男性の労働参加率は今年7月で88.8%とリーマン・ショック直前の10年前と比べてなお2%近く低い。ここ数ヶ月はむしろやや下がり気味だ。



減少する「中スキル」の仕事
 働き盛り世代の労働参加率が低迷している原因について、カンザス連銀のエコノミストが今年2月にまとめた論文は(注1)は「その多くの部分は、仕事の2極化で説明できる」と分析している。
それによると、製造現場やオフィスの一般業務のような「中スキル」の仕事の比率は2016年に全体の43.2%と20年前に比べて10ポイント以上も減少した。業務の自動化が進んだことが背景にある。

 一方、経営、エンジニアなど「高スキル」の仕事は38.6%と7ポイント弱増え、ウエーターや清掃など「低スキル」の仕事も18.2%と4ポイント近く増えた。仕事を失った「中スキル」の人材は「高スキル」の仕事には付くことができず、かといって低賃金の「低スキル」の仕事につくのもためらい、結果的に仕事探しをあきらめていると見る。
 そのうえで「このままでは働き盛りの労働参加率の低下傾向は続く公算が大きい」と悲観的な見解を示している。労働参加率の低下については鎮痛薬の乱用による健康悪化や障害年金など福祉への依存などをあげる分析もあるが、これらは主因ではないとした。

 労働参加率については地域間格差も目立つ。国際金融協会(IIF)は2016年の大統領選挙でトランプ氏が勝利した州とクリントン氏が勝った州の2つに分けて2017年9月までの1年間の労働参加率の動きを比べた(注2)。それによると、景気の改善にもかかわらずトランプ氏が勝った30州のうち半数以上の17州で参加率が低下。逆にクリントン氏が勝った20州と特別区(首都ワシントン)では参加率の低下は7州にとどまった。

 やや短い期間での比較ではあるが、IIFは「トランプ支持州は製造業や小売が雇用の主体であるところが多く、クリントン支持州はITや生命科学などニューエコノミー産業が中心。この産業構造の違いが明暗を分けた」と分析している。
 
 景気が拡大しても質の高い雇用につける人材がいない状況が続けば、米国の活力は衰える。その意味で、ニーズが高い職につくための新技能の習得を後押しする政策が欠かせなくなってきているのは間違いない。
 
新技能習得、地方では成果も 
 もちろん、これまで国による職業訓練の支援策がなかったわけではない。工場の国外移転などで職を失った人向けに再訓練や手当を給付する制度は古くからあるし、地域の職業訓練を支援する仕組みもある。だが、いずれも非効率的で効果が薄いという批判が絶えなかった。また、オバマ政権も雇用保険制度の抜本改革によって、失職した労働者を支援する包括的な仕組みをつくろうとしたが、日の目をみなかった。
 
 そうしたなかで職業訓練である程度の成果を収めてきたのは地方の州政府である。2年制のコミュニティ・カレッジなどを活用して、地元企業と協力しながら技能教育を推進してきた州は多く、近年これをさらに拡充する動きも出ている。

 テネシー州は、教育最優先を掲げるビル・ハスラム知事のもとで、技術系の4年制大学やコミュニティ・カレッジに進む高校生が無償で学べるよう援助する制度を2015年に導入し、昨年からは支援の対象をすべての大人に広げた。技術系の大学では、地元企業の要望に応じてカリキュラムを決める仕組みをとっている。

 ただ、問題の大きさを考えると、地方の自助努力だけでは限界があるとの見方も多く、学者などからは最近になって様々な新提案も出ている。

 ブルッキングス研究所のマーク・ムロ上席研究員は、職業訓練費用から再就職先探しにかかる費用まで様々な用途に使える包括的な補助制度である「ユニバーサル・ベーシック・アジャストメント・ベネフィット」の創設を提案している。また、生涯学習のための非課税貯蓄勘定をつくり、自己資金や所得に応じて柔軟に返済できる公的な借り入れ資金を繰り入れて新技能・知識の習得費用にあてる仕組みを提唱する人もいる。

問われる大統領の本気度 
 新たな制度の設計は簡単ではなく、連邦政府がからむと官僚的で非効率になりやすい問題は残る。にもかかわらず、職業訓練や生涯学習支援への関心が党派を超えた政治家や学者の間で高まり始めているのは確かだ。
その背景には、今後人工知能(AI)をはじめとした急激な技術進歩が進めば、現在苦境にある人々だけでなく、経済や社会全体に大きな影響をもたらすという認識が広がり始めたことがある。米国が技術革新の先頭に立ち続け、なおかつ人々が変化に対応して働き続けられるようにするには、公的な関与が必要というコンセンサスがうまれつつある。

 問われるのは、トランプ政権の本気度だ。効果的な生涯学習とスキルアップの道筋をつくることができれば、同氏の支持基盤である製造業労働者の真の支えになる。そうではなく、高関税などの保護主義政策で古い雇用を守る施策に走れば、トランプ支持層の暮らしはいつまでたっても底上げできない。

 スケープゴートをつくって攻撃したり、大向こうをうならせたりする派手な政策が好みのトランプ大統領が、地味だが意味のある政策に忍耐強く取り組めるかどうかが試されることになる。

(注1) Didem Tüzemen “Why Are Prime-Age Men Vanishing from the Labor Force” Federal Reserve Bank of Kansas City, Economic Review (First Quarter 2018)
(注2) Robin Brooksほか “Red versus Blue States in the Jobs Recovery” Institute of International Finance, Global Macro Views (November 15, 2017)

(2018年8月7日)


(実哲也・日本経済研究センター 研究主幹)


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