トップ » 小島明のGlobal Watch

小島明のGlobal Watch

2013年6月21日 「15年デフレ」の背景に企業家精神のデフレあり

  • Tweet this articl

日本経済研究センター参与 小島明
 アベノミクスが克服しようとしているデフレが始まったのは1998年である。それ以前もバブル景気崩壊後の経済停滞があったが、毎年物価が下がるという持続的なデフレは1998年からである。15年も続いたデフレに直面する国は近代史では日本だけだろう。それだけに各国は日本の二の舞にならないよう警戒し、またアベノミクスの有効性に注目もしている。

 そこでデフレがどうして15年も続いているのか、なぜ1998年からなのかを点検してみたい。
 
節目となった1998年
 
 デフレの原因についていろいろな要因が指摘される。経済全体の需要不足(国内総生産=GDPギャップ)、資産価格の低下による資産デフレ、世界経済のグローバル化による安価な商品の供給拡大、安価な輸入品の増加、債務返済圧力による消費・投資の抑制、悪化したバランスシートを回復しようとする銀行の貸し渋り、人口減少による需要の減退、将来の年金制度への不安による消費の慎重化、企業のリストラに伴う雇用減少や非正規雇用の増加などである。実態は、これらの多様な要因が重なりあっており、「複合デフレ」といってもいいだろう。

 だが、1998年が境目となり、そこから今日に至る持続的なデフレが生じた点に注目すると、日本だけに見られる顕著な特徴が浮かび上がってくる。

 自殺者が3万人を超えた、銀行の貸し渋りが顕著になった、雇用情勢が急激に悪化だした、賃金の持続的な低下が始まった、家計所得全体が減りだした、企業(非金融法人)が貯蓄超過に転換した――。これらがすべて1998年に始まったことは注目すべきである。

 「複合デフレ」をもたらした前述のさまざまな要因は、どれも経済に対するデフレ圧力となって作用した。しかし、なぜ1998年が持続的デフレの始まりとなったのか。

 私と同じ問題意識をもった3つの論文がある。大和総研調査本部主席研究員、市川正樹氏の「1998年を節目とした日本経済の変貌」(大和総研調査季報、2013年春季号)、日本総合研究所の山田久調査部長による『デフレ反転の成長戦略:値下げ・賃下げの罠』(東洋経済新報社、2010年)、それと東京大学の吉川洋教授の『デフレーション:“日本の慢性病”の全貌を解明する』(日本経済新聞出版社、2013年)である。

 3氏が一様に重視しているのは賃金の減少である。それは家計全体の所得の持続的減少を生んだ。先進諸国のなかで日本の賃金だけが1998年以降下落を続けている。1995年の賃金水準を100とすると2010年時点では米国が180近く、ユーロ圏も140程度の水準にまで上昇しているのとは対照的に日本のそれは90前後まで低下している。


なぜ賃金デフレになったのか
 
 持続的デフレ元年の1998年の状況を思い起こしてみよう。その前年1997年11月3日に中堅証券会社、三洋証券が経営破たんし、金融機関によるデフォルト(債務不履行)が発生した。これがきっかけとなり、銀行間市場は機能マヒをきたし、不良債権問題を抱えたままの金融機関は貸し渋り、貸し剥がしを始めた。民間金融機関による融資残高が激減しだした。信用の大収縮が発生し、企業は危機意識から1998年から経営再構築(リストラ)に真剣に取り掛かった。

 ただ、リストラは経営全体をシステマティックに構築し直すというリストラ本家の米国の企業とは異なり、日本企業の力点はもっぱらコスト削減だった。とりわけ人件費の圧縮であり、賃金抑制・引き下げ、雇用全体の抑制、低賃金の非正規雇用の比率の引き上げだった。それにより家計全体の所得が減少を続けた。それは経済全体の購買力の減退を意味した。


家計部門から企業部門にシフトした所得と貯蓄
 
 注目すべきことは家計所得の減少が1年や2年でなく長期にわたったことである。また家計所得が減った分が企業の収益を改善した。家計から企業への持続的、かつ巨額の所得移転が起こった。その結果、家計部門の貯蓄率(可処分所得のうち貯蓄に振り向けられる比率)が低下し続け、企業部門は貯蓄超過になった。

 問題は企業の貯蓄超過が持続していることである。企業はバブル景気の時期には借金を異常に膨らませた。しかし経済が正常な時でも日本企業は積極的な投資を賄える自己資金がなく金融機関からの借り入れに依存する借金経営が普通の状態だった。それは日本企業の積極経営を象徴した。

 ところが今日の企業は賃金コストを削減して利益を確保しても、それを投資に十分振り向けない。消極経営そのものである。その結果、新しい雇用も新しい技術、商品も十分に生まれてこない。

 賃金コスト削減は大半の企業が一斉に行うと需要(市場)そのものが縮小してしまい、結果として企業の売り上げを抑制する。そうした“合成の誤謬”が続いているのが現状である。

 安易に賃金削減を続けてきた消極経営の実態をみると、安倍内閣が経済界に賃金引き上げを要請したことには合理性がある。

 ただ、経済界にいわば“総資本の論理”あるいは経済についての大局観があれば、政府にそんなことを言われるまでもなく余裕のある企業は雇用拡大、賃上げを行い、研究開発投資を含む積極的な投資戦略を展開しているはずである。かつての日本経済団体連合会(経団連)は、そうした大局観を持っていた。
 

企業家精神のデフレこそが問題

 デフレからの脱出には政府の政策は重要であり、アベノミクスへの期待も当然生まれる。しかし、経済の主役はあくまで企業であり消費者である。とりわけ企業の経営のあり方が重要である。一部の家電メーカーが深刻な経営危機に直面しているが、それら企業は過去20年間に革新的な技術・商品を生み出したのだろうか。いわゆるコモディティ化した製品の製造部門において、賃金コストの圧縮によって低賃金の新興国の競争相手に対抗するなら、価格破壊の泥沼に陥るだけだろう。

 吉川洋氏は「デフレが日本企業をコストカットのためのプロセス・イノベーションへと仕向けるバイアスを生んだ」と言い、必要なのは「需要創出型のプロダクト・イノベーション」だと指摘する。

 安易に賃金をカットし、それによって利益が生まれても積極的な研究開発投資、設備投資をせず余剰資金のまま抱いている経営からは企業家精神が感じられない。
積極的な融資をしない銀行、積極的な投資をしない企業。それは“草食系企業”、“草食系資本主義”である。持続的なデフレの根本的な要因はそうした消極経営にあり、「企業家精神のデフレ」こそが問題だといえる。

(2013年6月21日)


(日本経済研究センター参与)



※2011年7月に本サイトのコラム名が(旧)「小島明のWEBコラム」から(新)「小島明のGlobal Watch」に変わりました。
本サイト右上のバックナンバーの内、11年5月18日までは、掲載当時に「小島明のWEBコラム」としてご紹介した内容です(WEBコラムは11年5月18日で終了しました)。
(新)「Global Watch」のバックナンバーはこちらのページをご覧ください。

△このページのトップへ