小島明のGlobal Watch
2014年5月16日 「イノベーション」は「技術革新」にあらず:誤解で劣化した“稼ぐ力”

「イノベーション(innovation)」を「技術革新」とする翻訳が定着したことによって、日本の経済・産業のダイナミズムと、いわゆる“稼ぐ力”がだいぶ削がれたのではないか。確かにイノベーションは技術と関連するが、技術変化だけを意味するものではない。新しい技術、新しいアイデアが市場に導入され、消費者にも受け入れられて企業は利益を得、社会は新しい価値を享受できるようになるという概念である。それが単に「技術革新」と理解されることで、技術が社会のニーズを十分に汲み上げられないまま、一人歩きして、“ガラパコス”化する結果ともなりがちになる。技術者が自分自身の技術者魂で技術開発に取り組み、社会的なニーズを軽視する傾向も指摘される。
安倍晋三政権における成長戦略をめぐる議論では「イノベーション」と「新陳代謝」「構造改革」という言葉が多用されている。イノベーションが成長戦略として機能するためには、その真の意味を確認することが肝要である。
始まりは経済白書における誤訳(?)
イノベーションが「技術革新」と技術に限定する格好で翻訳されたのは1958年の政府の『経済白書』においてだった。その当時の日本経済はまだ発展途上にあり、技術とその革新、あるいは改良が死活的に重要な時代だった。しかし、成熟した今日の日本経済においては、技術に限定しすぎた受け止め方が新たな成長の妨げになっている。
イノベーションといえばオーストリア生まれの碩学、シュンペーターによる議論が有力である。彼の定義によるイノベーションとは@消費者の間でまだ知られていない新しい財貨(モノ・サービス)の生産A新しい生産方針の導入B新しい販路の開拓C原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得D新しい組織の実現、といった5つに分類される変革を実現するための新しい「結合」であり「新機軸」である。それは新しい価値の創造、社会での活用・普及につながり社会的な新しい価値を生み出すプロセスだといえる。
技術の変化、革新の段階だけならイノベーションではなく発明(invention)か発見(discovery)である。それが製造過程の革新につながればプロセス・イノベーションであり、故ピーター・ドラッカーは日本の近代化におけるプロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションの貢献に注目した。
技術でもビジネスでも勝てるシステム変革を
世界経済フォーラム(WEF)による経済全体の国際競争力、あるいは成長力のランキングでは日本は10位前後だが、技術に限定した日本の企業の能力についてはトップクラスとなっている。しかし、よく耳にする指摘は、「日本は技術に勝ってビジネスで負ける」というものである。NECの幹部に対して、小惑星探査機「はやぶさ」の成功に同社が技術面で大きな貢献をしたことに祝意を述べたところ、同幹部は「ありがとう。でも、株主総会では、そんなに技術力があるのに、もうからないのはどうしてなのか、と厳しく指摘された」と苦笑していたことを思い起こす。
「イノベーション経営学」の教科書とされるジョー・ティッド、ジョン・ベンサント等による著作、“Managing Innovation”(邦訳『イノベーションの経営学:技術・市場・組織の統合的マネジメント』NTT出版、2004年)は、「イノベーションという言葉は発明と混同されることが多く、これがイノベーション経営における問題のひとつである。それは機会を新しいアイデアへと転換し、さらにそれが広く実用に供せられるように育てていく過程である」と強調し、電気掃除機のエピソードを紹介している。
「19世紀の最も有名な発明のなかで、実際の発明者がだれであったのか忘れ去られてしまったものがいくつかある。われわれが思い起こすのは、それを商業化した企業の名前である。電気掃除機はJ・M・スペンサーが発明したが、彼が同じ町にある皮革製品メーカーに商業化の話を持ちかけた。そのメーカーは電気掃除機について何の知識も持たなかったが、どう売るかについての良いアイデアを持っていた。それがW・H・フーヴァーである」
制度のイノベーション
成長戦略においては、企業ごとのイノベーション能力を高めるだけでなく、上記の5つの要素がうまく結合されるように国・社会の制度面のイノベーションも欠かせない。政府が企業の研究開発を税制等で支援する一方で、成果を実用化するのにいろいろ規制があり、政府自体がイノベーションの妨げになる例もある。
制度のイノベーション、あるいは政策のイノベーションという視点も肝要だろう。環太平洋経済連携協定(TPP)を含む経済連携協定(EPA)、あるいは自由貿易協定(FTA)も、企業が国境を越えて広域で規模の経済を追求したり生産・流通のネットワークを構築するうえで必要な対外経済政策のイノベーションである。
規制改革も制度のイノベーションである。ここでもディレギレーション(deregulation)を「規制緩和」と翻訳したことのマイナスがある。それは本来「規制撤廃」という意味である。「撤廃」でなく「緩和」としたのは、規制が基本で緩和は部分的なものにしようとする規制当局、既得権グループの意図が感じられる。いかがであろうか。
(2014年5月16日)
(日本経済研究センター参与)
※2011年7月に本サイトのコラム名が(旧)「小島明のWEBコラム」から(新)「小島明のGlobal Watch」に変わりました。
本サイト右上の
バックナンバーの内、11年5月18日までは、掲載当時に「小島明のWEBコラム」としてご紹介した内容です(WEBコラムは11年5月18日で終了しました)。
(新)「Global Watch」のバックナンバーは
こちらのページをご覧ください。
△このページのトップへ