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小峰隆夫の地域から見る日本経済

2011年3月17日 特別コラム:巨大地震の経済的影響の考え方復興「フェーズ2」が正念場−日本のソーシャル・キャピタルを生かせ

 3月11日に東日本沿岸地域を襲った巨大地震と大津波は、既に日本経済に大きな影響を及ぼしつつあるが、その影響は今後さらに複雑化、多様化していくことになるだろう。まさに戦後最大級の経済的ショックであり、これにどう対応するかがこれからの日本経済の行方を大きく左右することになるだろう。まだ未確定な部分が多いが、現段階で考えられることを述べておきたい。
震災の影響を簡単化して示すために、2つのフェーズに分けて考えよう(図を参照)。フェーズ1は、震災後の短期的な影響が現れる局面である。

 



 この局面では、まずストックについては、震災によって巨額のストックが滅失することになる。今回は津波によって、多くの住宅、工場、社会資本ストックが失われた。1995年の阪神・淡路大震災の場合は、失われたストックは約10兆円と推計されている。今回の滅失額はまだ不明だが、被害の範囲がずっと広く、95年以降資本蓄積が進んでいるので、ストックの滅失額は阪神・淡路大震災の時を大きく上回るのではないかと思われる。

 フローの経済活動も短期的には大きくスローダウンする。これは、@被災地では生産、消費などの経済活動が物理的にストップすること、A物流が寸断されるため、部品と最終製品、製品と消費の現場との間が円滑に結ばれなくなること、B娯楽が控えられ、心理的にも不急の消費は行われなくなるので、全国的に消費が低迷することなどのためである。

 阪神・淡路大震災の時も、発生直後の1995年1月には、消費、生産活動が落ち込んでいる。今回は、これに、原子力発電所の事故、関東地区の停電の影響も加わるから、当面のフローの経済活動への悪影響は、かなり大きくかつ長いものとなるだろう。

 今回の震災前には、日本経済は2番底懸念を払拭し、緩やかな景気回復軌道を辿るものと考えられていたのだが、このシナリオも完全に狂った。おそらく2011年1−3月期、4−6月期はマイナス成長となることを覚悟しなければならないだろう。

 次にフェーズ2の局面が来る。まず、フローの経済活動は徐々に元に戻っていくはずだ。失われた生産拠点は、他の生産地に代替され、物流も復旧する。人々の心理状態も改善に向かうだろう。
そして復興需要がこれに加わってくる。失われた住宅、工場、オフィスビル、道路、鉄道、橋、港湾などのストックを回復するための投資が増えてくるだろう。滅失額が大きかった分、それを回復するための投資規模はかなりの大きさになるはずだ。これはいわば大規模なケインズ型公共投資政策を実施するのと同じことになり、成長率は引き上げられることになる。

 念のため言っておくと、私は「大震災が経済にプラスだ」と言いたいのではない。成長率の計算は、ストックの滅失という負の部分をカウントせず、その回復という正の部分だけをカウントするからこうなるだけであり、「震災がない方が良かった」ことは当然である。

 この復興のフェーズ2こそが日本経済にとっての正念場である。円滑に復興を進めるだけでなく、それが新しい日本経済の姿につながっていくようにすることが必要だ。そのために次のような3つの点に留意することが重要である。

 第1は、復興財源である。復興のための費用の全体像はまだ不明だが、いずれにせよ巨額なものとなることは間違いない。その財源としては、まずは予備費に加えて既存経費の組み換えが必要となる。特に、民主党マニフェストにあった子供手当て、高速道路無料化、高校無償化などの経費は全額復興に振り向けるべきだ。もともとマニフェスト関連の支出は身の丈以上だったのだから、この機会に見直すべきだ。しかし時間は限られているので、ひとまずは通過後に再検討するという前提で、政府の予算案を通してしまい、その後に補正予算を編成すべきだろう。いずれにせよ、復興経費は膨大なものとなるので、その全てを歳出カットや増税で賄うことはできない。これまでの財政再建計画(2020年度までにプライマリ-バランス黒字)は御破算とするしかない。

 第2は、復興を新しい地域づくりに生かしていくことだ。復興の中で、例えば、高台に安全な住宅街を築いたり、病院を中心とした高齢者に優しい街を建設したりしていくことが必要だ。こうした点については、たまたま日本経済研究センターでは、私が主査となって「地域からの成長戦略」を議論するプロジェクトがスタートしているので、その場でこうした復興過程での地域づくりについても議論していきたいと考えている。

 第3は、日本固有のソーシャル・キャピタルを生かしていくことだ。ソーシャル・キャピタルというのは、この概念の生みの親である社会学者のパットナムは、「人々の協調行動を促すことにより社会の効率性を高める働きをする信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴」と説明している。つまり、信頼関係、ネットワークなどは一種のストックであり、その存在が地域の活性化、経済活動、コミュニティの形成などに大きな役割を果たしているということである。

 今回の災害に際して、特に海外のメディアは、日本人の災害に対しての規律正しさと助け合いの精神を称賛している。これはまさに日本全体に存在するソーシャル・キャピタルである。緊急時に発揮された日本のソーシャル・キャピタルが、復興の過程でもその役割を果たすことができるのか。それがこれから問われることになる。
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(日本経済研究センター 研究顧問)

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