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小峰隆夫の私が見てきた日本経済史

2018年7月17日 もつれた糸−経済白書ができるまで(9)

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日本経済研究センター研究顧問 小峰隆夫

 白書を作り上げる上で最も重要なのは中身なのだが、93年白書については、中身以外でもややこしい問題があった。今回はそんな話だ。経済とは全く関係のない話なので、「なるほどそんなこともあったのか」というぐらいの軽い気持ちで読んで欲しい。

白書の全文掲載誌

 当時は、経済白書が公表されると、その全文がいくつかの形態で公刊されていた。一つは、大蔵省印刷局から出版される「経済白書」であり、これが「本物」と言っていいだろう。なお、この一般向け白書にはカラーの表紙が付いている。中身は同じものだが、政府内で流通する白書は白表紙である。これは関係者でないと手に入らない。「白書」というからには、表紙が白い本の方が感じが出る。コレクターにとっては、こちらの白表紙の方が価値がありそうだ。そこで私は、白書が発表されると、これまでお世話になった方々に、サイン入りでこの白表紙の白書を送った。日本に数十冊しかないはずだ。

 「ESP」という雑誌にも全文が掲載される。これは企画庁の関連団体である経済企画協会(その後解散し、日経センターのESPフォーキャスト調査という名称にのみ、その名残がある)が発行していた企画庁の広報誌である。内国調査課長は、白書が出た後、講演会などでは、極力このESPを使う。ESPが売れれば、企画庁の関連団体である経済企画協会の収入が増えるからである。さらに「エコノミスト」「東洋経済」も特別号を出して、全文を掲載していた。政府の白書には著作権がないので、民間の雑誌が全文を掲載しても構わないのである。

 なお突然の余談だが、アメリカの大統領経済報告はキンドルで電子版を無料で読むことができる。日本もぜひそうすべきだと思う(余談終り)。

 ここで問題になるのは、それぞれの刊行物が売り出されるタイミングである。これまでは、白書の公表日に、ESPとエコノミスト、東洋経済が発売され、それから約一週間後に大蔵省印刷局製作の本物の白書が政府刊行物センターに並ぶという慣行が確立していた。ではなぜ、ESPやエコノミスト、東洋経済は、白書の公表と同時に全文を掲載した雑誌を発売できるのか。それは、慣行として、内国調査課が公表前の白書の原稿を、新聞記者より前に雑誌社に渡していたからである。ではなぜ、大蔵省の印刷局はそれができないのか。それは、お役所仕事で、やることがトロいからである。

 しかし、よく考えてみると(よく考えないでも)、この慣行には二つの大きな問題があった。一つは、せっかく白書が公表されても、正式な文書として国民がそれを手にすることができるのは、その一週間後ということになることであり、もう一つは、公表前の資料を雑誌社に渡していたことであり、これは公務員の守秘義務に違反している恐れがある。

 そこで、私が赴任する前年の経済白書から、次のようなルールに変更した。まず、余裕をもって印刷局に原稿を渡すことにより(同じ政府内だから、これは守秘義務に違反しない)、公表と同時に政府刊行物センターで発売できるようにした。また、エコノミスト、東洋経済(以下両誌)には、公表2週間前にマスコミに渡す(この時はエンバーゴが付いているので、マスコミは公表前には記事にできない)のと同時に原稿を渡す。ただし、このタイミングだと、両誌は、公表時点では印刷が間に合わず、公表後1週間程度間を置いてからでないと発売できない。すると、両誌の売上はダウンするに違いない。当然両誌は、「何とかならないか」と言ってきたようだが、結局建前論で押し切ったようだ。

 しかし意外なところに落とし穴があった。それはESPの扱いである。この時、「ESPは企画庁の広報誌だから」ということで、ESPにだけは、例年どおり早めに原稿を渡したので、ESPは、公表日に発売することが可能となった。ところが何と何と、両誌がこの事実を知ってしまったのである。

 両誌は猛然と抗議に及んだ。それは本当に猛烈な抗議で、最後は、両誌の編集長2人が、揃って企画庁の次官室に押しかけてくるという騒ぎになった。次官は困ってしまい「今年はとにかく終わってしまったことなので、来年また相談しようではないか」といって、何とかその場を凌いだ。

 この問題は相当尾を引き、東洋経済はついに、この年は全文掲載の特別号の発行そのものを取りやめてしまった。これは白書の評価にもかなり影響したと私は思う。両誌は、この時の経済白書を相当手ひどく批判したのだが、これにはこの騒ぎがかなり影響していたのではないかと思われる。こうしてもつれにもつれた関係がそのまま私に引き継がれたわけだ。

もつれた糸をほどく

 両誌はなぜこれほど怒ったのか。それは、ESPに早目に原稿を渡しているという情報を隠していたからである。前述のように、内国調査課は、ESPには内々に、両誌より早く文書を渡していた。雑誌といっても、ESPの編集長は、同じ役人仲間だから、身内意識も強く、この程度の便宜を図っても、何とも思わなかったのであろう。当然、ESPは早めに編集作業に取り掛かることができる。こうした事情は、東洋経済、エコノミストには知らされていなかったのだ。

 ところが、悪いことはできないもので、意外なところからこれがばれてしまった。それは印刷所である。私も出版界の事情はよく知らないのだが、雑誌の印刷をするところは案外限られているようで、ESPと東洋経済の印刷所が同じだったのだ。この印刷所を通じて、東洋経済編集部は「ESPがえらく早く印刷原稿を出してきた」ということを知り、「どうもおかしい」と元をたどっていったら、真相が分かってしまったというわけだ。つまり、両誌は「騙された」と思ったわけで、それで激しく怒ったわけである。

 かくして次の年が巡ってきたわけだが、私はこの経緯を聞いて、「何とかうまく妥協点を見つけよう。そのためには多少、両誌に便宜を図ることもやむを得ない」と考えた。この程度のことで白書の評判が悪くなるのは避けたかったからである。幸い、東洋経済の編集長(前年怒りまくった当事者)は、私と旧知の間柄だったので、早速この編集長と話してみると、彼らにも弱味があることが分かった。

 前の年、東洋経済は怒った挙句、結局経済白書の特集号の発行そのものを中止してしまった。これは白書を作る方にとっても残念なことだったが、東洋経済にとっても打撃であった。東洋経済は随分昔から経済白書全文掲載の特集号を出し続けてきた。ところがこれが途絶えてしまったため、読者から問い合わせが殺到したらしい。「特集号はいつ出るのか」「なぜ今年は出さないのか」というのはまだましな方で、中には「これまで白書のバックナンバーを東洋経済特集号で揃えていたのに、今年だけ欠けてしまった。どうしてくれる」と怒る人が出てきたらしい。こんなことがあったので、彼らも「今年は、多少譲ってでも円満に特集号を出そう」という気になっていたようだ。

 私は、キッシンジャーの外交交渉のように、各方面の話を聞き、それぞれの事情を総合的に勘案した上で、次のような妥協案を示した。

 第1に、両誌に原稿を渡すのは前年通り新聞記者と同時期とする。それ以前に渡すのはやはり法令に違反している疑いがあるのだから、これは譲れない。

 第2に、ESPについては、企画庁の広報誌といういわば公的な性格があるので、早めに原稿を渡し、公表当日に印刷を終えることを認めてもらう。ただし、両誌が店頭に出るまでは、一般書店では販売しない。それまでは、白書の講演資料だけに使途を限ることにする。

 第3に、公表当日の大蔵省印刷局の白書の販売は、都内の刊行物センターのみとし、地方、一般書店への配送は数日のタイムラグを置く。

 いわば、三方一両損である。ESPは、先行販売はできないが、講演資料としての需要は確保できる。両誌は、早期に文書を入手することはできないが、ESP、大蔵省印刷局版の一般書店での販売が同時期になるので、著しい不利益を被ることはない。大蔵省印刷局は、東京地区の大口需要には先行的に対応できるが、一般書店では他誌との競争になるというわけだ。ただし、今だから言えるが、この第3の大蔵省印刷局版についての条件は、ややインチキである。前年の例を調べてみると、大蔵省印刷局はぎりぎりで印刷を間に合わせていたため、公表当日に販売が間に合うのは東京地区の刊行物センターだけであり、地方、一般書店への配送までには数日のタイムラグがあることが分かった。そこで、これを妥協案の一つに位置付けてしまったのである。つまり、この条件は、別に今回、両誌に配慮して新たに講じた措置ではなかったのだ。しかし、嘘ではないからまあ許されるだろうと考えた。

 この三方一両損裁きに両誌も合意し、かくて和平交渉は無事完結した。特に東洋経済の編集長は「小峰さんがうまく処理してくれた」と大変喜び、1年ぶりに発行された白書特集号の巻末の編集後記に「金森白書、宮崎白書など、かつての経済白書は、個人名付きで呼ばれていたものだが、最近は個性がなくなったこともあって、個人名を冠されることがなくなった。しかし今年の白書は久しぶりに小峰白書と呼んでもいい、個性的な白書となった」と書いたのだった。

 この時復活した両誌の白書全文掲載という慣行は、いつの間にかなくなってしまった。経済白書の注目度が薄れたからであろうか。だとすれば寂しい限りである。


(2018年7月17日)


(日本経済研究センター 研究顧問)


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