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小峰隆夫の私が見てきた日本経済史

2018年8月15日 素晴らしき日曜日

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日本経済研究センター研究顧問 小峰隆夫

 連日暑い日が続いていることでもあるので、今回はわき道に逸れて、「こんなこともありました」という、かなりどうでもいい話をすることにしよう。軽い気持ちで読んで欲しい。

代議士からの突然の電話

 課長の手元に原稿が集まってきて、平日は朝の9時半から夜は11時頃まで、土日はほとんど一日中家で白書の原案の執筆を続けていた時のことだ。ある日曜日、私に電話がかかってきた。出てみると、「衆議院議員のYです」という。会ったことはないが、声ですぐに分かった。フットワークが良いことで有名な自民党の代議士である。閣僚経験もある。

 私は、とっさに(これは大物だから注意しないと)と思い。「先生、何のご用でしょうか」と丁重にたずねた。Y氏は、「いやー小峰さん。お休みのところを申し訳ないのですが、今、演説の草稿をまとめているんですが、ちょっとお聞きしたいことがありましてね」という。「はい、何でしょうか」と聞いてみると、「日本にはいくつ企業があるのでしょうか」という。「企業の数ですか」と私が口ごもっていると、「日本の企業の多くは赤字だそうじゃないですか。だから法人税を払っていない。しかし、税金でサービスを受けているのだから、ある程度の税金は払うべきでしょう」という。つまりは、外形標準課税のような議論をしたいらしい。しかし、突然聞かれても正確な数字は分からない。

 この時私には三つのオプションがあった。第1は、「たらい回し」である。自分が所属する部署の所管事項ではないとして、他の省庁に回すのである。これはいかにも役人らしい対応で評判が悪いが、それなりに合理的でもある。自分に責任がない分野のことをうっかり答えて、その後問題が生じたりすると、関係方面に迷惑が及んだりする。自分が責任を持てない分野については、たらい回しするのが、責任ある対応だとも言える。この場合も、「それは大蔵省か法務省の所管でしょう」といって他に回すことは可能であった。
 
 第2は、「責任転嫁」である。統計的な数字を課長自らが調べる必要はないのだから、課員の誰かに電話して、「適当に調べて答えておくように」という指示を発することは出来た。

 そして第3が、「自己処理」である。自分で調べて自分で答えてしまうのである。私は迷わず「自己処理」を選択した。「たらい回しをすると相手の気分を害するし、時間もかかる」「日曜日に部下を働かせるのは気が重い」といった理由もあるが、「たらい回しなどせずに、自分で調べるのが一番良さそうだ」と直感的に考えたのだ。

 しかし、答えようとしても答えが分からない。そこで私は「先生、申し訳ありませんが、すぐに調べてお返事しますから、1時間ほどお時間を下さい。」といって電話を切った。私は、企業分析の担当者の自宅に電話して、その数字が出ていそうなファイルがどのロッカーにしまってあるかを聞き出し、直ちに車で役所に向かった。当時私は、麻布の公務員宿舎に住んでいたから、日曜日なら霞が関まで15分程度で行くことが出来た。

 役所に着いて、統計を調べた私は、Y氏に電話して、その内容を説明した。Y氏は、さらにいろいろ質問し、私も出来る限りそれに答えていった。そうやって電話で話を続けていたとき、Y氏は突然思いついたように「小峰さん。あなた今どこにいるんですか」とたずねてきた。私は「はあ、役所に来て統計をみながらお答えしています」と答えた。

突然の来訪者

 電話での議論はさらに15分ほど続いた時、部屋のドアを誰かがノックした。(休みの日に誰だろう)と私は驚いた。職員であれば、ノックなどせずに部屋に入ってくるはずだから、外部の人だろうか?「先生申し訳ありません。ちょっとこのままお待ち下さい」と言ってドアを開けた私は、更に驚いた。

 ドアを開けると、見知らぬ中年の男性が立っていた。この見知らぬ人は「いつもお世話になっています。Yの秘書でございます。これはつまらないものですが、お礼のしるしに代議士がお渡しするようにということでしたので、どうぞお納め下さい。」と言って紙袋を差し出した。そして、呆然としている私に袋を渡すと、さっさと帰っていったのだった。

 再び電話に戻り「いま、秘書の方がお見えになりました」というと、Y氏は笑って、「わざわざ日曜日に役所まで出てきていただいたお礼です」と言った。

 つまり、Y氏は、私と電話で話しながら、秘書に指示して、お礼の品物をすぐに役所に持っていくように手配したのである。電話が終わって、紙袋の中を見ると、ワイン(赤白2本)とメロンとヨックモックのようなお菓子の箱が入っていた。普通の日であれば、課内で配るところだが、(まあ、今日はこうして休日出勤したんだから、このくらい貰ってもいいだろう)と思って、そのまま家に持って帰った。家人は、突然飛び出していった私が、しばらくして山のようにおみやげを抱えて戻ってきたので、驚き、かつ「こんなこともあるのね」と言って喜んだ。

 Y氏は行動的な政治家として知られていた。私は、この時の対応を見ても(なるほど評判通りの人だな)と思った。正直言っておみやげをたくさん届けてくれた心遣いは嬉しかったが、しかしその反面で、こうして感謝の気持ちを物的な形で直接的に示すというやり方に、やや懸念を覚えたのも事実である。かつて田中角栄氏は、説明に来た役人に、お礼だといって、現金入りの封筒を手渡したという話がある。現金まではいかなくても、具体的に感謝の気持ちを伝えられ、感激した役人も多かったと言われている。

 私がY氏と接触したのはこの時が最初で最後であった。その後1〜2年して、Y氏は金融機関の不正融資に関わったとして逮捕され、政治生命を絶たれた。このニュースを聞いたとき、私は何となく(うーん。そんなことになりそうな感じもしたな)と思った。Y氏のような行動パターンは、ある意味ではサービス精神の現れだとも言えるが、踏み込みすぎると、つい境界線を超えてしまいかねない危うさをはらんでいたように思われる。

 こうした行動を批判するのはやさしいが、現実にはなかなかなくならないのは、誰でも人からものを貰うのは嬉しいし(私も嬉しかった)、また、人に感謝の気持ちを伝えることが重要なのも事実だからであろう。だからこそ、感謝の気持ちを伝えつつも則(のり)を越えないバランスが必要なのだと思う。


(2018年8月15日)


(日本経済研究センター 研究顧問)


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