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大竹文雄の経済脳を鍛える

2015年1月7日 ○○をしていないのはあなただけです

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日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄
なぜ期限を守れないか

 お正月には、「今年こそこれをしよう」と新たな決意をすることが多い。お正月は、私たちの視野を1日や1週間という短いものから、1年という長いものに引き延ばしてくれるいい機会だ。しかし、そうした決意も残念なことにしばらくすれば、だんだん弱まっていく。そうして、毎年、お正月に「今年こそは」という決意表明が繰り返されるのである。

 私たちはついつい直近の様々な誘惑に負けて、大事なことを後回しにしてしまうのだ。これは行動経済学では、「現在バイアス」と呼ばれている行動特性だ。私たちは、今のことだけを考えて生きているのではない。将来のことをきちんと考えて計画することができる。しかし、その計画を実行することはしばしば困難を伴う。計画をたてた時は将来のことだったのに、それが直近の問題になると、別のことをする方が魅力的に思えてしまうのだ。ダイエットを明日からはじめようと決めても、1日たてば、「また明日からにしよう」と先延ばしした経験をもつ人は多いのではないだろうか。

 先延ばし行動を防ぐためには、あらかじめ自分の行動を縛ってしまうというコミットメントをすることが有効だと行動経済学は教えてくれる。現在バイアスが発生する前に、あらかじめ自分がとる選択を決めてしまっておくのだ。そうすれば、その時になって異なる選択肢を選びたくなっても、計画を変更することができない。そのときはつらい思いをするかもしれないが、後になって「そのときこうすればよかった」と思うことはなくなるだろう。

督促文で異なる納税率

 先延ばし行動は様々な問題を引き起こす。書類の提出やメールの返信の期限に遅れる人も多い。お金の支払いや返済の期限に遅れてしまう人もいる。期限に遅れる方も問題だけれども、多くの場合は、それほど悪意があるわけではない。しかし、全員の書類が揃わないと仕事が前に進まない担当者にとってはとても困ったことだ。多くの執筆者で一冊の本を作っている編集者にとっては、どうやって原稿を締め切りに集めるかは大きな課題である。どういう文面のメールを送れば、締め切りに遅れた執筆者から原稿を出してもらえるだろうか。

 似たような問題は国家レベルでも存在する。税金の確定申告はしたけれど、期限内に納税していないという人がイギリスで問題になっていた。そこで、Hallsworth, List, Metcalfe and Vlaev (2014)は、イギリスの徴税組織である歳入税関庁とイギリスの内閣府のBehavioural Insight Team(行動洞察チーム)と共同で、確定申告をしたが未納税の人10万人に、納税を督促する手紙のメッセージ文として何が有効かを調べる実験を行った。具体的なメッセージはつぎの5つである。

(1)「10人のうち9人は税金を期限内に支払っています」

(2)「イギリスにおいて10人のうち9人は税金を期限内に支払っています」

(3)「イギリスにおいて10人のうち9人は税金を期限内に支払っています。あなたは今のところまだ納税していないという非常に少数派の人になります」

(4)「税金を支払うことは、私たち全員が、国民健康保険、道路や学校などの必須の社会的サービスからの便益を受けることを意味します」

(5)「税金を支払わないことは、私たち全員が、国民健康保険、道路や学校などの必須の社会的サービスを失うことを意味します」

 Hallsworthらは、納税の督促状に上記のメッセージがない場合に比べて、5つのうち1つの文章が手紙に追加されていたとき、人びとの納税行動がどの程度変わるかを調べたのである。

 あなたならどのメッセージがあったときに、税金を支払わねばと思うだろう。一番効果が大きかったのは、(3)のあなたが少数派であることを強調したメッセージである。このメッセージがない場合と比べて23日間で、5.1%納税率が高まったのである。そのつぎが(2)のイギリスの中でということを強調したメッセージで、2.1%の上昇である。つづいて、(4)と(5)の社会的サービスを強調したものが1.6%の増加、(1)が1.3%の増加であった。数パーセントの違いのように見えるが、文章のちょっとした違いだけで、納税額では莫大な額の違いになってくるのである。

「少数派」強調が効き目

 彼らはさらに約12万人のイギリス人に対して同様の実験を行った。その際には、「他の人はどうしている」という表現か、「他の人はどうすべきだと思っている」という表現のどちらが有効かということも検証した。その結果、「他の人はどうしている」というタイプの表現の方が有効であること、本人がごく少数のグループに入っていることを示すことが有効であることが、明らかにされている。

 書類提出の締め切りに遅れた人に催促するメールには、「締め切りに遅れているのは、あなただけです」とか「大多数の方からは既に書類を提出して頂きましたが、あなたからはまだ頂いておりません」といった文章を失礼にならないように付け加えてみてはどうだろうか。

<参考文献>
Michael Hallsworth, John A. List, Robert D. Metcalfe, and Ivo Vlaev (2014) “The Behavioralist as Tax Collector: Using Natural Field Experiments to Enhance Tax Compliance” NBER Working Paper No. w20007.

(2015年1月7日)


(日本経済研究センター 研究顧問)

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