日本経済研究センター JCER

大竹文雄の経済脳を鍛える

2012年4月18日 給与明細から税金を考える

日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄
意外に少ない所得税

 大阪では、美しかった桜の花も散って、新緑の季節を迎えようとしている。新入社員となった人たちの多くは、初めての給与をもらうことだろう。給与明細には、所得税の源泉徴収がなされている。税引き前の所得から、所得税や社会保険料が差し引かれて、手取りの給与が書かれている。ずいぶん多く差し引かれている。でも明細をみると、所得税の額は意外に少ないと思わないだろうか。前年度も所得があった人は、これに加えて地方税である住民税が差し引かれている。

 日本では、多くの人にとって、所得税よりも住民税の負担額の方が大きい。これは、所得税の税率と住民税の税率表を比較すればわかる。所得税では、課税所得額が195万円までは5%の限界税率、それ以上で330万円までは10%の限界税率、330万円から695万円までは20%の限界税率となっている。これに対し、住民税は一律10%になっている。給与所得控除や基礎控除を考えると、給与所得者の多くは、所得税の平均税率は10%以下になり、住民税より負担率が低くなる。

 その上、被用者の社会保険料も定率負担だ。厚生年金保険料率は、会社と本人負担をあわせて16.766%なので、本人負担分はその半分の8.383%になる。さらに、健康保険料は健康保険組合の平均で8.31%(労使合計)なので本人負担分は約4.155%、雇用保険の本人負担は0.5%である。したがって、所得水準が比較的低い20歳代の人の多くは、住民税と社会保険料の負担が大きく、所得税の負担が一番小さい。社会保険の会社負担といっても、その社会保険料分だけ給料が減らされているはずなので、実質的には社会保険料の負担はもっと大きい。

消費税と定率勤労所得税は同じ?

 社会保険料は完全に定率勤労所得税であり住民税もそれに近い。両者を合わせると勤労所得にかかる定率負担は、20%を超える。これに対し、消費税は5%である。消費税は逆進性が強いと言われているが、経済学では、消費税と定率の勤労所得税は同じものだと考えられている(大竹(2010))。なぜなら、生涯で消費できる総額は、生涯で得られる所得以上にはできないからだ。つまり、所得に定率で課税しても、消費に定率で課税しても、生涯所得に対する負担率は、定率所得税も定率消費税も同じになる。

 以上のように、日本では、所得にかかる住民税や社会保険料の定率部分は、すでに20%以上もある。この部分は、所得課税のメリットと言われる累進性はないのだ。しかも、この定率負担の部分は今後も大きくなることが決まっている。というのは、社会保険料の引き上げスケジュールは既に決まっているからだ。これに対し、生涯所得に対する定率課税という意味では、定率所得税と本質的には同じものである消費税は現在5%という水準から引き上げるという政策には大きな反対がある。

 消費税は、低所得者にも負担を強いることが問題だとされる。しかし、定率社会保険料や住民税も低所得者に負担を強いていることには変わらない。現在、働いている低所得者で、所得をそのまま消費している生活に余裕がない人にとっては、定率の所得税であっても定率の消費税であっても全く同じものだ。彼らは、増税に反対することはあっても、消費税か所得税かで態度を変えることはないはずだ。もちろん、住民税には、課税最低限があるので所得が非常に低ければ、住民税を負担しなくてもいい。その意味で、住民税にも累進性がある。しかし、消費税と定額給付を組み合わせれば、住民税以上の再分配効果を持たせることができる。社会保険料の定率性に対して、特に大きな反対がないのは、給付と直接的に対応していること、給付の側に固定部分があり、再分配効果をもつことが考えられる。

 毎月の所得を全て生活費に使って生活していて貯蓄の余裕のない人なら、比例所得税が増税されるのと消費税が増税されるのとではどちらを嫌うだろうか。本質的には同じものであっても、心理的には、手取りの給料が多い方がうれしいのではないだろうか。税引き後の手取り給料が同じで、消費税が引き上げられた場合と、手取り給料が引き下げられて消費税が以前のままの場合を想像してみよう。両者で、生活水準は全く同じである場合であっても、手取り給料が下がってしまった時の方が心理的にはがっかりするように思う。

 では、なぜ、これほど消費税に対する嫌悪感が強いのだろうか。現在働いている主体と現在消費している主体が異なっているからだろう。自ら働いて所得を稼いでいる人なら、消費税と所得税のどちらが望ましいか、という観点から増税問題を考えることができる。しかし、既に労働力から引退した人にとっては、消費税増税の場合には負担が増えるが、所得税増税の場合には負担が増えない。公的年金の受け取りについては、給与所得控除よりはるかに大きな公的年金等控除がある。そのため、公的年金受給者は、勤労世代よりも所得税増税の影響がはるかに小さくてすむ。

増税前提の議論が必要

 新聞やテレビといった従来型のメディアでは、購読数や視聴率を決めるのは高齢層である。どうしてもマスメディアは、高齢層の利害を代弁する論調をとる。マスメディアの報道姿勢に引きずられて、消費税増税を避けることが可能なような政策を唱える政党も出てくる。しかし、現在の日本が置かれている状況は、増税するか否かを議論する段階ではなく、増税することを前提にして、どのような税をどれだけ引き上げるかという議論をすべき段階にある。所得税・住民税・社会保険料を引き上げるのか、消費税を引き上げるのか、それとも他の税を引き上げるのか、という問題設定こそ意味がある。そういう問題の設定がなされれば、勤労世代の多くは、所得税よりも消費税を選ぶのではないだろうか。確かに高齢者の比率は高まったが、今のところ、公的年金受給者よりも勤労世代の方が人口は多い。きちんと問題設定をする必要がある。

 税負担を変えないのであれば、財政支出を削減するという政策とパッケージである必要がある。社会保障を中心とした財政支出を変えないで、税負担も増やさないという組み合わせの選択肢はもうないのである。

 将来の経済成長があれば、税率を引き上げなくてもいいという楽観論にすがり続けるのは、もはや限界に近付いている。国際的にみれば、日本の所得税も消費税も水準は低い。そのため、日本は増税の余地がいくらでもあるので、財政破綻はしない、と予想されている。日本では、わずかの増税でさえ政治的にできないことが明らかになれば、日本では財政破綻が発生しないという国際的な信頼はあっという間に失われてしまうはずだ。

大竹文雄(2010)「消費税と所得税どう違う:生涯での負担は同じ 改革論議、英の報告参考に」、日本経済新聞、2010年9月6日朝刊

(2012年4月18日)


(日本経済研究センター 研究顧問)