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大竹文雄の経済脳を鍛える

2014年3月26日 法人税減税論議で欠かせない視点

日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄
法人税減税が政策テーマに

 法人税減税が大きな政策課題になってきている。政府税制調査会では、大田弘子座長のもとで法人課税ディスカッショングループが設置され2014年3月12日から議論が始まった。経済財政諮問会議においても3月19日に民間議員が「人口減少局面においても、日本の活力を維持し、持続的成長を達成していくためには、法人税率の25%程度への引き下げと付加価値生産性の向上が極めて重要な課題である」という意見を出している。

 法人税を下げるべきだという議論は、大胆に要約すれば、つぎのようなものだ。法人税減税は、国内投資を活発化し、日本企業の海外脱出を減らし、海外からの投資を呼び込むので、日本の景気をよくすることができる。

 これに対し、法人税減税に慎重な立場をとる人は、法人税が重要な歳入源であることを重視する。実際、日本の法人税収は9兆円前後で推移し、国の歳入に占める法人税収の比率は、約20%と高い。法人税は、所得税、消費税に次いで三番目の主要な財源なのである。法人税減税によって税収が減少すると、現状でも財政赤字が深刻な日本の財政再建が難しくなり、財政破綻の可能性が高まってしまうかもしれない。法人税減税を行うなら、その減収分を相殺するような増税が必要だと考えているのが法人税減税慎重派だ。

「パラドックス」期待できるか

 法人税減税による税収減少という批判に対して、法人税減税賛成者は、法人税パラドッックスと呼ばれる近年OECD諸国で観察される現象を反論として用いる。法人税パラドックスとは、日本以外の先進諸国では、近年、法人税率が引き下げられたにも関わらず、法人税収があまり落ちなかったことを言う。このパラドックスの理由については、パラドックスが発生した国では法人税の減税と同時に課税ベースを拡大したこと、法人税が低下することで、個人事業主が企業形態を法人にするという「法人成り」という現象が発生したということ、そして法人税減税によって企業活動が活性化され景気もよくなって企業の収益が増加したことが指摘されている。

 現実の法人税は、法人の利益がすべて法人税の課税ベースとなっているわけではない。法人課税には、租税特別措置があって、「中小企業者等の法人税率の特例」、「試験研究を行った場合の法人税額の特別控除」の大小様々な支出項目が法人税対象から控除されている。こうした租税特別措置は、特定の政策目的を実現するために設定されてきたが、そうした政策目的を達成する上で、どの程度効果的だったのかについて、厳密な検証が行われてきたとは言えない。法人税減税を行うと同時に、こうした租税特別措置を廃止すれば、ある程度、法人税の減収分を補える可能性がある。ただし、法人税減税の幅が10%という大幅なものであれば、租税特別措置の廃止では法人税の減収分を賄えない。

 確かに、法人税減税によって企業投資が活発化し、日本国内への投資を呼び込むことができれば、法人税パラドックスも期待できるかもしれない。ただ、景気の回復が偶然生じたという効果を除いて法人税減税によって法人の収入が増えるようになったという純粋の効果がどの程度あるのかについては、はっきりしたことは分かっていない。法人税パラドックスの議論の弱みは、法人税パラドックスが観察されない国も存在していることだ。しかも、その一つが日本なのである。1990年代に日本の法人税は低下したが、同時期に日本の法人税収も減少したのだ。財政を心配する人を納得させるためには、今度の法人税減税では、日本はパラドックスの例外にならない、という説得的な理由を提示することが必要だろう。

規制改革・企業統治改革も

 以上の論点に加えて、法人税減税を行うために忘れてはならない視点がある。それは、企業の投資の効率性に関する日本の特性である。投資の効率性は、投資された額がどの程度企業価値を高めるかを示すトービンのqで測ることができる。多くの研究で1970年以降、日本のトービンのqは1を下回った状態にあるという。つまり、投資をしても、それに応じた企業価値の増加が見られないということだ。投資をしたものにとっては、せっかく投資した資金が減少してしまったことになる。それなら、その資金を投資に使わないで、最初から株主に配当するか、借金返済にあてるか、労働者の賃金を引き上げた方がよかったことになる。一橋大学の齊藤誠教授は、トービンのqが1を下回っている経済で法人税減税や低金利政策をすることは、消費に比べて設備投資が過大な状態を固定化させてしまう可能性を指摘している(齊藤(2008))。

 法人税減税をしても、それが株主や消費者からみて非効率な投資に振り向けられるのであれば、貴重な資源の無駄遣いになってしまう。トービンのqが1を超えている状況なら投資を増やすことの意味がある。トービンのqが1を超えていないということの根本原因を解決することが一番必要なのではないだろうか。様々な規制のあり方が投資の効率性を低くしているのだろうか。企業経営者の目的と株主、債権者、労働者との間に利害の対立があって、企業経営者に対するガバナンスがうまく働いていないために、株主や債権者、労働者からみて、非効率な投資が行われているのだろうか。前者が重要であれば、規制改革を急ぐことが大切だ。後者が重要であれば、法人税減税が消費者にとって望ましいものになるためには、企業の統治構造の改革が必要だ。法人税減税による投資拡大効果が発生してくるのは、様々な改革でトービンのqが1を超えるようになってからではないか。

 伝統的な経済学は、法人所得に課税するよりも、個人に対する所得や消費に課税する方が望ましいと考えてきた。これは法人という独立の存在があるのではなく、株主や債権者や労働者によって、実質的に保有されおり、法人所得は配当、株価、利払い、賃金としてステークホルダーの所得に分配されてしまうと考えられてきたためである。企業統治がうまくいっていない場合は、こうした前提が崩れてしまっているのだ。法人税の減税、所得税・消費税の増税という組み合わせが、日本人の生活の豊かさにつながる条件を整備することが急務だ。

<参考文献>
齊藤誠(2008) 「家計消費と設備投資の代替性について:最近の日本経済の資本蓄積を踏まえて」、池田新介、浅子和美、市村英彦、伊藤秀史編 『現代経済学の潮流 2008』東洋経済新報社

(2014年3月26日)


(日本経済研究センター 研究顧問)