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齋藤潤の経済バーズアイ

2018年3月13日 平等と成長を巡るトリレンマ

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日本経済研究センター研究顧問 齋藤潤

 私は昨年12月のコラム「日本における不平等度の拡大:その特徴と背景」において、日本における不平等度の拡大の状況と、それが示唆する新たな政策体系の方向性について論じました。今月のコラムでは、その議論をさらに発展させたいと思います。

【日本における不平等度の拡大:その特徴と背景】
 昨年12月のコラムのポイントは以下の通りです。

 「日本における不平等度は拡大している。しかし、欧米と比較すると、所得上位1%の階層の全所得に占めるシェアは上昇しておらず、現役世代の不平等度も拡大していない。

 その理由としては、日本においては、欧米のように技術進歩が進展しておらず、グローバリゼ―ション(特に「内向きのグローバリゼーション」)も進化してないということがあるのではないか。

 しかし、もしそうだとしたら、日本は、不平等度の拡大を抑制するために、技術進歩やグローバリゼーションによって享受できたであろう成長機会を犠牲にしてきたということになる。

 高齢化・人口減少が進行する中では、このような政策体系をいつまでも維持できるとは思えない。成長力の強化のためには、技術進歩とグローバリゼーションの加速を進めざるを得ないだろう。しかし、それは他方で不平等を拡大させる懸念がある。

 このようなトレードオフを克服するためには、生涯を通じて必要な人的資本を蓄積することが可能な教育制度を提供すること、陳腐化した技能に変わる新たなスキルを身につけるための訓練機会を用意すること、労働需給のマッチング機能を高めることが必要ではないか。」

 今月は、この議論を発展させ、問題を「平等と成長を巡るトリレンマ」という枠組みの中で考えてみたいと思います。

【「平等と成長を巡るトリレンマ」とは】
 私の言う「平等と成長を巡るトリレンマ」とは、グローバリゼーションとイノベーションを実現するための政策選択を考える中で浮かび上がってくる次のような関係のことです。

図表1:平等と成長を巡るトリレンマ



 ここで示されているのは、政策目標として「平等社会」、「小さな政府」、「グローバリゼーション・イノベーション」の三つがあるとき、三つのいずれをも同時に達成することは不可能で、いずれか二つの実現に甘んじざるを得ないという関係です。

注1:このようなトリレンマは、民主主義国家ではなく、ある程度強権的に国民の不満を抑えることができるような国であれば、成立しないかもしれません。言い換えると、そのような国であれば、その持続可能性を別にすれば、三つの目標を同時に達成することができるのかもしれません。ここでは、民主主義国家に限定して考えることにします。

注2:トリレンマとして示すというアイディアは、国際金融でいう「インポッシブル・トリニティー」、あるいはダニ・ロドリックの「世界経済の政治的トリレンマ」から来ています。


 これまでの議論からすると、日本は、三つのうち「小さな政府」と「平等」を目標として追求した結果、「グローバリゼーション・イノベーション」を犠牲にしてきたということになります。日本が「小さな政府」を採用しているということは、ジニ係数の引下げに関する所得再分配政策の寄与が他のOECD諸国に比べて小さいことを示している図表2でも確認できます。

図表2:所得再分配政策(2014年)



 これに対して、米国の場合には、「グローバリゼーション・イノベーション」と「小さな政府」を追求し、「平等」という政策目標を放棄しています。その帰結が、現在みられているような不平等度の著しい拡大だと言えます。

【北欧諸国の選択】
 他方、北欧諸国の場合には、「グローバリゼーション・イノベーション」と「平等社会」を追求し、「小さな政府」をあきらめるという選択をしています。その結果としての姿が「大きな福祉型国家」です。

 ここで北欧諸国の状況を確認しておきましょう。

 まず北欧諸国のグローバリゼーションは、欧州連合(EU)との密接な関係を通して見ることができます。フィンランド、スウェーデン、デンマークはEU加盟国です(さらにフィンランドはユーロ圏にも参加しています)。またノルウェーとアイスランドは、EUにこそ加盟してはいませんが、欧州自由貿易連合(EFTA)の加盟国としてEUとの間に欧州経済領域(EEA)が存在しており、「四つの自由」の保証を通じてEUの単一市場に統合されているほか、シェンゲン協定にも参加しており、EU諸国との間の国境審査なしでの人の移動の自由も保証されています。

 一方、北欧諸国の不平等度の拡大は限定的です。図表3は、OECD諸国のジニ係数を見ていますが、他のOECD諸国に比べて極めて低い水準に止まっています。

図表3:OECD諸国のジニ係数(可処分所得ベース、2014年)



 同様なことは、相対的貧困率についても言えます。図表4でOECD諸国の相対的貧困率を見ると、北欧諸国の水準は低いものに止まっています。

図表4:OECD諸国の相対的貧困率(可処分所得ベース、2014年)



 しかし、その代償として、政府の規模が大きなものになっています。図表5で税・社会保障負担のGDP比を他のOECD諸国と比べてみても、水準の高いグループに属していることが分かります。

図表5:税・社会保障負担



【日本における政策選択の見直し】
 日本の場合、成長のために「グローバリゼーション・イノベーション」を追求しながら、「平等」も確保したいというのであれば、「小さな政府」を放棄し、「大きな政府」へと舵を切らざるを得ません。北欧諸国の福祉国家型の政策体系の採用です。具体的な内容としては、この前のコラムで述べたような「積極的労働市場政策」の強化に加え、現役世代から高齢者世代への所得再分配を改め、現役世代の中での、また高齢者世代の中での「所得再分配の強化」が含まれます。そのためには、税制と福祉制度、社会保障制度を含む広範な改革が必要となってきます。

 これだけでも大きな変革ですが、加えて忘れてならないのは、グローバリゼーションの進化を選択するということは、これまで日本が遅れていた農産物輸入や対内直接投資を拡大するだけでなく、移民の拡大にも踏み切ることを意味するということです。

 実は、北欧諸国の場合、日本と同じように出生率の低下と長寿化による高齢化と人口減少という危機に直面していますが、まさにこの移民の拡大によってそのような事態を乗り切っているのです。図表6でも分かるように、全人口に占める外国生まれ人口の比率は、スェーデンやノルウェーにおいて高くなっています。相対的に低いデンマークやフィンランドにしても、日本(OECDの統計には含まれていないが2%程度か)よりは高いと考えられます。

図表6:外国生まれ人口比率



【岐路に立つ日本の政策選択】
 日本は高齢化・人口減少に直面しています。そうした中で、これまでの経済水準を維持し、財政や社会保障の持続可能性を回復しようとするのであれば、単に一人当たりGDPが成長することに止まらず、マクロ的にも持続的な成長を続ける必要があります。そのためには、グローバリゼーション(移民を含めて)とイノベーションが不可欠です。

 しかし、そのことは、不平等度を一層拡大させるリスクがあります。それを防ぐためには、政府の規模や再分配機能、労働市場政策など、多くの面で改革をしなければなりません。長期的観点からみたときに、日本がこのような大きな過渡期にあることを認識して政策選択をしていく必要があるように思います。

(2018年3月13日)


(日本経済研究センター研究顧問)


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