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齋藤潤の経済バーズアイ

2018年4月16日 2020年東京オリンピックの経済効果:1964年との比較で考える

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日本経済研究センター研究顧問 齋藤潤

 2020年の東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京オリンピック)が次第に近づいてきています。期待感も高まってきていますし、準備も進んでいます。特に工事関係では、新国立競技場の形がだいぶ見えてくるほど建設が進捗しており、東京各地の再開発プロジェクトも進展を見せています。このほか、オリンピックの協議が実際に始まると、大会運営に関連した様々な経費も支出されることになります。

 このようなオリンピック関連の支出は、経済活動を喚起し、マクロ経済にも大きな影響をもたらすはずです。そこで今月のコラムでは、2020年のオリンピックの経済効果を、1964年に開催された前回の東京オリンピックとの対比において考えてみたいと思います。

(注)なお、ここでの議論の基になっているのは、国際機関である日中韓三国協力事務局(Trilateral Corporation Secretariat)からの依頼で、筆者が中国と韓国のエコノミストと分担して執筆した2017 TCS Economic Reportです。このレポートはオリンピックをテーマに、日中韓で過去に開催されたオリンピック(冬季大会を含む)とこれから開催予定(招致を含む)のオリンピックの経済効果を論じています。詳しくは、このレポートを参照してください。

【2020年東京オリンピックの直接経費・間接経費】

 現在、2020年の東京オリンピックの諸経費としては、図表1にあるような規模のものが見込まれています。

図表1: オリンピック開催に関する直接経費・間接経費



 まず運営経費が8,200億円に上ると見込まれています。加えて、競技施設の建設・修理には6,800億円が予定されています。さらに予想できない事態に備えて、1,000〜3,000億円の予備費も計上されています(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会、2016)。これらがオリンピックの直接経費に相当します。

 オリンピックにあわせて、インフラの整備も進められることになっています。それには首都高速道路の改修の他、鉄道新線の開設・在来線の延長、成田・羽田空港の拡張などが含まれます。これらインフラ投資の総額は2〜3兆円になると見込まれています(みずほ総合研究所、2017)。これらがオリンピックの開催に伴う間接経費です。

 この結果、オリンピック関連の経費総額は3.6〜4.8兆円に上ると見込まれます。2020年度におけるGDP試算値の0.6〜0.8%に相当する額です。ただし、このような経費はあくまでも計画段階の見込みであって、実際の経費は最終的にはもっと膨れ上がるのがこれまでの通例です。したがって、実際はもっと大きくなる可能性があることは念頭に置いておく必要があります。

 また、このほか、民間部門でもオリンピックに誘発された投資等が行われることが見込まれます。ホテルの新設や改装のために0.8兆円、都市再開発で4.8兆円、合計5〜6兆円の投資が行われると試算されています(日本銀行、2015)。さらに、外国人旅行者による支出の増加も期待されます。これまでにも外国人旅行者は増加してきていますが、オリンピックによってさらに外国人旅行客を誘致することができれば、さらにその勢いを加速することができるかもしれません。加えて、外国人旅行客一人当たりの支出額も増加することも考えられます。

【1964年東京オリンピックの直接経費・間接経費】

 以上でみた2020年の東京オリンピックの経費総額は、同じく図表1にある1964年の東京オリンピックのそれと比べてみると、GDP比で見てかなり少ないことが分かります。

 1964年の直接経費は、運営費100億円と競技場の建設・修理170億円を合わせ、総額270億円であったとされています。また、オリンピックのためのインフラの整備のための間接経費は、東海道新幹線の開通、首都高速道路の延伸、地下鉄の延伸、上下水道の整備を含め9,610億円にも上りました(いずれも当時の貨幣価値;オリンピック東京大会組織委員会、1966)。

 以上の総計は9870億円となりますが、これはGDP比で3.1%に相当します。2020年の東京オリンピックの予想経費がGDP比で0.6~0.8%であったのに比べると、その規模の大きさが分かります。

 実は、1964年の東京オリンピックの方が小さくても不思議ではない要素がいくつかあります。1964年の場合はオリンピックだけで2020年のようにパラリンピックを開催していません(両方を相次いで開催するようになったのは1988年のソウルオリンピック以降です)。また、1964年のオリンピックは、1960年から2016年の間に開催されたオリンピックに比べると、直接経費の規模において、総額や1競技当たりあるいは競技者1人当たりの直接経費と言う意味でも、最も少額に抑えたグループに属していると評価されています(Flyvberg, Stewart, and Budzier、2016)。実際、直接経費のGDP比においては、1964年の実績は2020年の見込みを下回っています。

 しかし、1964年のオリンピックの場合は、直接経費の規模は少なかったものの、インフラ投資を中心とする間接経費の規模において極めて大きなものがあったのです。そのため、経費総額において、1964年のオリンピックは、2020年のオリンピックを大幅に上回ることになっています。

 なお、このほかにも、民間部門でもオリンピックに誘発された投資が行われました。例えば、世界的レベルの高級ホテルの建設が行われたのもこの時期です。したがって、民間部門における誘発投資額も考慮すると、需要創出効果はもっと大きかったはずです。

 確かにこの時期の固定資本形成を見ると、図表2にあるように、1950年代末以降(東京でのオリンピック開催は1959年に決定)、公的固定資本形成だけでなく、民間企業設備投資においても大きな盛り上がりをみせています(ただし、後述のように、この時期は高度成長期にあたっているので、東京都以外でも投資の大幅な増加はみられています)。

図表2:1964年東京オリンピック前後の固定資本形成の増加率



【政策環境の違いと経済効果】

 これだけを見ると、2020年の東京オリンピックのマクロ経済的な影響は1964年に比べるとはるかに小さくなるように思えてきます。しかし、実は必ずしもそうとは限りません。それぞれの時期がおかれていた政策的環境を考えると、少し違った見方ができるのです。

 まず1964年の政策的な環境を考えて見ましょう。この当時は高度成長期の真っ只中で、特に前半期の設備投資主導型の経済成長を実現していた時期(「投資が投資を呼ぶ」)と重なります。したがって、オリンピック関連需要は、さらにそれに上乗せをしてGDPを押し上げる効果を持ったように見えます。

 しかし、高度成長期前半のこの時期は、固定相場制度の下にあって、外貨準備の少なさに泣かされていた時期でもあります。景気が良くなると輸入が増えますが、その支払いがもたらす円の減価圧力を相殺し、円の固定相場を守るために、外貨準備を使用して外国為替市場にドル売り介入をせざるを得ませんでした。しかし、外貨準備は少なかったので、これには限度があり、結局は金融引締めを行い、景気を抑制しなければならなかったのです。これがいわゆる「国際収支の天井」といわれた経済成長への制約要因です。

 このような政策環境にあったので、民間需要がただでさえ強い中、オリンピック関連需要の増加がネットでGDP全体を押し上げる効果を持ったとは考えにくいのです。もちろんオリンピック関連需要の増加は実際見られたはずですが、「国際収支の天井」の下では、その代わりに他の需要が抑制されてしまった可能性が高いのです。

 それでは、2020年の政策的な環境はどうでしょうか。高度成長期と違って今は変動為替相場制度の下にあります。変動相場制度の下では、本来ならば、オリンピック関連需要は、それが新たな資金需要を生み、金利の上昇圧力をもたらします。そうであれば、為替増価(円高)要因になるので、外需が減少し、オリンピック関連需要を相殺するようなメカニズムが働くはずです。いわゆるマンデル・フレミング効果です。したがって、ネットでは、GDPの増加をもたらすような効果はないように見えます。

 しかし、現在、イールドカーブコントロール付きの量的・質的金融緩和政策(YCC-QQE)が採られており、長期金利が低水準(現在はゼロ%)に維持されています。これは消費者物価指数の上昇率が2%に達するまでは継続されるというコミットメントの下で行われています。現在の消費者物価指数の動向からすると、2020年も継続して実施されている公算が強いと考えられます。

 そうであるとすると、オリンピック関連需要があって、金利上昇圧力があっても、YYC-QQEによってそれは抑制されるので、為替増価も、外需の減少も生じないことになります。つまり、YCC-QQEが実施されているであろう2020年の政策環境の下では、オリンピック関連需要によるGDP押し上げ効果が発現することが期待できるのです。

 このように考えてみると、2020年東京オリンピックの経済効果はそれなりに期待して良いように思えます。

【オリンピックのレガシー】

 今回は、オリンピックの経済効果について考えました。ここで対象としたのは、オリンピックまでの準備期間中及び開催期間中において支出される直接経費・間接経費に伴う経済効果です。

 しかし、この効果は、オリンピックとともに終焉します。それに伴い経済活動が落ち込み、景気が悪化してしまう懸念があります。実際、1964年の東京オリンピックの場合にも、大会が開催された10月を景気の山として、いわゆる「昭和40年不況」に陥ってしまいました(前傾図表2を参照)。

 このようなことを防ぐためには、オリンピックに伴う需要創出が消滅しても持ちこたえるような強靭な経済を作り上げておく必要があります。オリンピックのレガシーが論じられており、それはえてしてオリンピックの競技施設のオリンピック後の活用の問題などに焦点が当てられがちです。しかし、経済的な意味で考えると、オリンピック後にも持続するような需要創出こそがオリンピックに求められているレガシーなのではないかと思います。

(参考文献)
・オリンピック東京大会組織委員会(1966)、『第18回オリンピック競技大会公式報告書』。
・坂田和光(2016)、「オリンピックと経済」、レファレンス(2016年2月号)、国立国会図書館調査及び立法考査局。
・東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(2016)、『組織委員会予算とその他経費、全体像』。
・内閣府(2017a)、『中長期の経済財政に関する試算』(2017年7月18日)。
・内閣府(2017b)、『平成29年度年次経済財政報告』。
・日本銀行(2015)、「2020年東京オリンピックの経済効果」、BOJ Reports & Research Papers, 2015年12月。
・みずほ総合研究所(2017)、『2020年東京オリンピック・パラリンピックの経済効果』。
・Flyvbjerk, Bent, Allison Stewart, and Alexander Budzier (2016), “The Oxford Olympics Study 2016: Cost and Cost Overrun at the Games,” Working Paper, July 2016, Said Business School, University of Oxford.


(2018年4月16日)


(日本経済研究センター研究顧問)


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