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齋藤潤の経済バーズアイ

2015年10月16日 時間軸から見た人口減少対策

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日本経済研究センター研究顧問 齋藤潤
【人口1億人の維持】

 9月24日に、安倍自由民主党総裁は、アベノミクスは「第二ステージ」に入ったと宣言し、新しい三本の矢(「希望を生み出す強い経済」、「夢をつぐむ子育て支援」、「安心につながる社会保障」の三つ)を発表しました。その際に目標として示されたのが、「一億総活躍」社会です。これは、「少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も、人口1億人を維持する」ことを「国家としての意思」として明確にしたものであると表明されました。

【人口減少の経済的影響】

 確かに人口減少の問題は、現在日本が直面する最大の問題です。特に経済成長の面では深刻な影響をもたらしています。例えば、国立社会保障・人口問題研究所が2012年1月に発表した「日本の将来推計人口」によると、出生率が反転せず、低水準を続けること等を前提にした出生中位・死亡中位のケースでは、2010年に1億2806万人あった人口が、2060年に8674万人に減少し、さらに参考推計によると2110年には4286万にまで落ち込むものと見込まれている。

 このことは、単純計算によると、2010年からの100年間に人口が年平均1.1%の割合で減少していくことを意味します。仮に成長会計の考え方を援用し、労働分配率を0.67とすると、これだけで、潜在成長率が毎年0.7%ポイント引き下げられることを意味します。既に足元で潜在成長率は0.5%程度まで低下していると考えられますが、このマイナスの影響を相殺するような要因が顕在化しない限り、潜在成長率は低迷を続け、場合によってはマイナスに落ち込むことも覚悟しなければならないことになります。これは、財政・社会保障の債務履行が問題になっている日本経済にとって由々しき事態と言わなければなりません。

【人口減少対策と時間軸】

 そういう意味では、この人口減少問題に真正面から取組むことを宣言したことは、大いに評価できます。問題はそれをどのように実現するかです。人口減少のマイナスの影響に対しては、どのような対応が求められるのでしょうか。以下では、人口減少に対する政策体系のあり方について論じたいと思います。その際に特に注目したいと思っているのは、それぞれの政策効果はいつ発揮されるのかという、「時間軸」です。時間軸に注目するのは、あるべき政策体系が浮かび上がってくることになると思われるからです。

【労働参加率の引上げ】

 人口減少対策としてまず取り上げるのは、労働参加率の引上げです。なかでも女性の労働参加率の引上げは、政府も優先順位の高い政策として位置づけられています。IMFもかつて“Can women save Japan?”と題したペーパーで問題提起をしました。

 確かに、女性にとって仕事と家庭の両立は難しく、これが原因でいわゆるM字カーブ(30歳代を中心に女性の労働参加率が低下する現象)が生じていることは周知の通りです。もし意思に反して非労働力化している女性が労働市場に参加できるようになれば、M字カーブはかなりの程度、解消されることになります。そのことによって、潜在成長率に対する人口減少のマイナスの影響も相当程度相殺されることになるはずです。

 しかし、問題は、その効果にいつまで期待できるかです。女性が活躍できるような社会をつくるのは喫緊の課題です。目標を男性並みの労働参加率に置くのか、北欧並みの労働参加率に置くのかの違いはあっても、その目標は、短期間の間(数年の間)に実現しなければなりません。しかし、早く実現できればできるほど、それ以降は、この要因によって人口減少のマイナス影響を相殺する効果を期待することはできなくなります。

【イノベーションの促進】

 人口減少のマイナス影響を、一時的ではなく持続的に相殺できる要因としては、全要素生産性(TFP)の寄与の引上げがあります。

 特にイノベーションは、人間の知恵に限界がなければ、恒久的に期待できる要因だと考えられています。人口減少と併進する高齢化は、介護ロボットが象徴しているように、イノベーションのニーズを高めます。イノベーションの材料には事欠かないはずだとも言われます。

 しかし、イノベーションの供給側を考えたらどうでしょうか。イノベーションを供給するのは、能力や技能のある科学者や技術者です。イノベーションの中心が、生産現場での工夫なども含むプロセス・イノベーションから、画期的な製品の開発を内容とするプロダクト・イノベーションにシフトしつつある中では、なおさらです。しかし、人口が減少するなかでは、科学者や技術者の数も減少していくことは必至です。また、高齢化が進んでいるなかでは、その効率性も低下することが考えられます。

 かつてKuznets(1960)は、人口増加が経済成長の足を引っ張るのではないかという危惧が一般的であった中、人口増加は能力や技能を有する人が多くなることを意味するので、むしろ技術進歩を促すことになると、楽観的な見方を示しました。今日、そのことがまさに逆の意味で顕在化してくるのではないかと思います。そうだとすると、安易にイノベーションに期待することは、リスクが高いことになります。

【出生率の引上げ】

 そうすると、やはり人口減少対策の基本は、出生率を反転上昇させることに置かれるべきであるということになります。

 1974年以降、日本の合計特殊出生率は人口置換水準である2.1を下回り続けていますが、これを少なくとも2.1まで回復させることが必要です。そのためには、すでに欧米の多くの国々が出生率の反転に成功していることから、その経験に学ぶことが必要です。また、反転に成功していないドイツやイタリア、あるいは韓国、シンガポールのようなアジアの国々からも、教訓を得る必要があります。しかし、我が国の場合、出生率の低下は婚姻率の低下と絡んでおり、そもそも処方箋を得ることは困難なことです。また、それを実行し、成果をみるまでにも相当な時間を必要することが予想されます。人口減少問題を扱った、経済財政諮問会議の下に設けられた専門調査会「選択する未来」委員会の報告書(2014年11月)でも、2030年までに合計特殊出生率が2.07まで回復する場合」を想定していました。

 しかし、実は、問題は、仮に明日から合計特殊出生率が2.1まで回復したとしても、それが人口減少に歯止めをかけ、人口規模の安定をもたらすのには、相当な期間を要するということです。これは「人口モメンタム」といわれるものです。これは、既に数が少なくなってしまった女性の出生率が高まっても、それはすぐには人口減少を埋め合わせることができないという現状を反映しています。前掲「日本の将来推計人口」に関連した試算によると、2010年以降の出生率が2.1に上昇したとしても、人口減少が続き、人口が安定するのはようやく2070年代に入ってからになるとのことです(その時の人口は約1億人)。つまり、出生率の引上げは、人口減少のマイナス影響を相殺する要因としては、直ちには期待できないのです。

【外国人労働者の受入れ】

 それでは、労働参加率引上げの効果が期待できる「中期」と、出生率引上げの効果が期待できる「超長期」との間を埋める、「長期」の政策としてはどのような政策が考えられるでしょうか。

 その第一の候補は、外国人労働者の受け入れ増加ではないかと思います。

 現在、日本で働く外国人労働者は約79万人(2014年10月)いますが、これは労働力人口の1.2%に過ぎません。シンガポール(37.9%)、米国(16.2%)は別格としても、ドイツ(9.4%)、英国(8.2%)、フランス(5.8%)に遠く及ばず、韓国(1.8%)よりも低いというのが現状です。

 最近では、高度人材については、ポイント制の導入(2012年5月)によって受け入れを拡大しています。また、労働力不足を背景に、技能実習制度の年数の延長(3年から5年へ)や技能実習の対象職種への介護の追加などが検討され、建設については2020年までの時限的措置として受入拡大が決まりました。しかし、いずれも限定的であり、多くの制約があります。

 外国人労働者のより大幅な受入れについては、全く議論が行われていません。しかし、人口減少がもたらす問題を直視すると、このような状況を改め、早急に国民的な議論を開始することが必要なのではないでしょうか。

 その結果、受け入れに対して「否」ということであれば、日本経済は、人口減少のマイナス影響に直撃されることになります。その過程では、財政・社会保障も大きな転機に直面することになることが懸念されます。

 また、仮に受入れが「可」であったとしても、結論を得るまでに時間がかかってしまうと、人材の争奪戦が始まっている現状を考えれば、実際には受け入れに応じてくれる外国人労働者が誰もいないという可能性も出てきます。その場合にも、やはり日本経済への影響が懸念されることになります。

【厳しい政策選択】

 冒頭で紹介した「一億総活躍」社会という目標と、そのための「新三本の矢」は、自民党総裁としての公約でした。これから政府がこれを受けとめ、具体的なプログラムを策定していくことになります。

 その際には、以上のように、人口減少対策を時間軸から評価して、政策体系を整理していく必要があるように思います。その結果として浮かび上がってくる政策の選択肢は、厳しいものになるかもしれません。しかし、それは、人口減少という厳しい状況から脱するための対価として、積極的に受け止めざるを得ないのではないでしょうか。

(2015年10月16日)


(日本経済研究センター研究顧問)

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