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齋藤潤の経済バーズアイ

2015年11月17日 フィンテックと金融政策・金融監督

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日本経済研究センター研究顧問 齋藤潤
【押し寄せるフィンテックの波】

 フィンテック(Fintech)が金融分野で新しいイノベーションを引き起こしています。フィンテックとは、情報通信を中心とした最新技術(Technology)を利用した金融分野(Finance)での技術革新、あるいはそれによって提供されるようになった新サービスのことです。それが、アメリカを中心に、ヨーロッパやアジア太平洋でも、ベンチャー企業を牽引力として急速な拡大を見せているのです。そうした動きを受けて、既存金融機関も、そうした新サービスを取り込もうと投資額を増加させています。

 しかし、我が国では、こうした動きは相対的に遅れているように思われます。そもそもフィンテック発展の原動力であるベンチャー企業が育ちにくい環境にあるのに加えて、銀行が行える業務が狭く限定されており、既存金融機関が進出しにくい規制も存在しています。そうしたことから、金融審議会も、この5月から、「銀行本業とのシナジーが期待できる分野において柔軟な業務展開を可能にするため、金融グループを巡る制度のあり方」についての検討を開始しています。

【フィンテックの二つのカテゴリー】

 ところで、ひとことでフィンテックと言っても、その内容を見ると、様々なものが含まれています。

 一方では、金融機関が提供しているサービスを補完し、むしろそれをより効率的に提供することを可能にするものが存在しています。あえて言えば、既存金融秩序の補助者(Facilitator)です。支払請求と預金口座を一つのプラットフォームで管理できるサービスだとか、簡易な装備さえあれば小さな小売店でもクレジットカードサービスを提供できるサービスなどがそれです。このようなサービスであれば、既存の金融機関とも共存できますし、必ずしも金融政策や金融監督に大きな影響を及ぼすものではないと考えられます。

 しかし、フィンテックには、既存の金融機関のサービスはもちろんのこと、既存の通貨(法貨)を無用にするようなものもあります。こうした側面に注目して、フィンテックが提供する新しいビジネスモデルを金融秩序の破壊者(disruptor)と呼ぶ場合もあります。それは、既存の金融機関のあり方を大きく変えることはもちろんのこと、現在の金融政策や金融システム規制のあり方の根本的な見直しをも要求するもの言えます。この点をもう少し詳しく見てみましょう。

【既存の金融秩序を揺るがすフィンテック】

 金融秩序の破壊者としては、次のようなものが挙げられます。

@ 法貨を代替する新貨幣

 第1に、新しい通貨(currency, money)として、法貨を置き換えるようなサービスです。

 例えばビットコイン(bitcoin)がその典型例です。ビットコインは、もちろん法貨(legal tender)ではありませんし、それとの交換性が保証されている金融機関の預金債務でもありません。その意味では仮想通貨(virtual currency)ですが、その中でも、電子的に提供される電子通貨(digital currency)であって、暗号技術によって取引が裏付けられていること(crypto currency)に特徴があります。

 ビットコインは、価格付けに使われるので価値尺度として機能し、交換手段として商品やサービスの売買に使え、保存することで価値保蔵手段としても機能します。したがって、貨幣である要件を満たしていると言えます。

 他方、法貨ではないので、強制通用力はありません。また、現在、受け入れられている範囲が限られているだけでなく、設計上、ビットコインの供給量には上限が設けられているので(今のペースで増加すると2040年には上限に到達すると見込まれています:BOE, 2014)、それが受け入れられるようになっても、長期的な経済成長を支えられないのではないか、という課題もあります。さらに、その匿名性を利用して、マネーロンダリングに使われるなどの問題もあると言われています。したがって、ビットコインが貨幣であるとしても、現在のところ、極めて限定的なものであるということは確かです。

 しかし、暗号技術を利用した電子通貨は何もビットコインに限られるものではありません。現に、この種のものは2015年2月時点で約500あると言われています(ECB, 2015)。ビットコインの意義は、法貨にとって代わる通貨の存在可能性を現実に示したところにあると言えるように思います。

 もしこのような通貨が法貨を置き換えていったとしたら、それは銀行券や鋳貨といった現金通貨(法貨)や、それに日銀当座預金を加えたマネタリーベース、あるいは銀行の預金債務を総計したマネーストックを前提に運用されている金融政策の効果に大きな影響を及ぼすことになると思われます。また、こうした通貨で行われた取引が金融システム規制の対象外となることから、金融システム上の大きなリスクになる可能性も考えられます。

A 既存金融機関を代替するpeer to peer サービス

 第2に、金融機関が提供しているサービスを代替するものです。金融機関が現在提供しているサービスには様々なものがありますが、特に@国内外の送金サービスを提供する決済サービスと、A個人やベンチャーなどへの融資サービスの分野において、フィンテックの中には金融機関のサービスを不要なものにするようなものが誕生していることは重要です。

 それらは、こうしたサービスを利用しようとする両当事者を金融機関を介さないで結びつけようというサービスで、peer to peerサービスと特徴づけられるものです。仲介者はそのシステムを提供することの対価として手数料等を得ますが、それを考慮したとしても、両当事者にとっては、金融機関を介するよりも有利な条件で取引を完結させることができます。

 銀行の決済や融資のサービスは、金融政策のトランスミッションメカニズムの一部を形成する重要な機能です。もしこれらが銀行以外で行われるようになると、現在のような銀行を起点とした金融政策の効果に大きな影響を及ぼすことになりかねません。

 また、銀行外で行われるこうした機能が、運営主体の破綻や、ネットワークのダウン、サイバー攻撃などのために、その義務を履行できなくなるような事態が発生すると、預金保険や、中央銀行の最後の貸し手機能などに頼ることができない以上、金融システムにも大きな影響を及ぼす可能性があります。

 このように考えてくると、金融機関がフィンテックを取り込んで新しいビジネスモデルを開拓できるようにすることは必要であることをいうまでもありませんが、それと同時に、フィンテックが金融政策や金融システムに及ぼす影響をも考慮し、新しい時代の金融政策のあり方や、金融システムの規制の仕方について考えておく必要があるように思えます。

【分権型秩序への胎動】

 なお、以上、フィンテックの金融サービスへの影響を中心に論じてきましたが、ビットコインは、場合によっては、もっと大きな影響をもたらす潜在的な可能性があるとも言われています。その理由は、ビットコインが使っているブロックチェーン(blockchain)という技術にあります。

 ブロックチェーンは、このスキームに参加するネットワーク参加者(minerと呼ばれる)が、新しいビットコインの供給と取引手数料を手に入れることをインセンティブに暗号を解くことで結果的に取引を承認することになり、それが新しいブロックとして電子的な台帳に書き加えられ、長いチェーンのようにつながっていくというシステムです。

 その特徴は、現在の決済システムのように、二人の間の決済は、(双方とも同一銀行と取引をしているのであれば)取引銀行を通じて、あるいは(双方の取引銀行が異なるのであれば)中央銀行にある両銀行の口座を通じて、清算が行われる中央集権型のシステムではなく、そのような存在を必要としない分散型の取引台帳方式(distributed ledger)であることにあります。もしこのような決済システムが全面的に普及すると、現在、中央銀行が行っている清算機能が必要なくなってしまうことになります。

 さらに、その影響は金融に限られない可能性もあります。現在、政府などが中央集権的に取引記録を確認している登記なども、このような分散型台帳システムに置き換わる可能性があります。報道によると、土地登記システムが未整備なギリシャなどがこの方式に関心を示しているとのことです(Economist, October 31)。

【金融技術革新に後れを取らない金融政策・金融監督】

 私たちは、サブプライム住宅ローン問題に端を発する世界金融・経済危機を経験してきました。あの未曾有の危機の影響を克服してからまだわずかしかたっていません。その危機が教えてくれた重要な教訓の一つは、金融技術革新が急速に進展したとき、金融監督行政は遅れをとりがちで、その間隙の中で、金融危機の種が播かれるということです。

 当時は証券化技術でしたが、現在はフィンテックという金融技術革新の波が再び押し寄せています。これに対して、今から金融政策や金融監督の面で十分な体制を整えておく必要があるのではないでしょうか。

(2015年11月17日)


(日本経済研究センター研究顧問)

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