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竹中平蔵のポリシー・スクール

2009年2月1日 雇用は健全な三権分立から

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 様々な研究分野の中心課題は、意外と解明されていないことが多い。事実認識も含め議論が混乱することが少なくないのである。例えばマクロ経済全体のなかで個人消費が占める割合は圧倒的に大きい。しかし、統計分析をするうえで個人消費の動向は最も把握が難しいといわれている。だからこそ内閣府では、いくつかの統計を総合的に組み合わせた独自の消費指数を作成して、その動向を把握しようとしている。政治分析の分野では、選挙はもっとも重要なイベントのはずだが、そもそも投票動機の分析は十分解明されていないといわれている。

メディアの生んだストーリー

 そうした観点でいうと、経済政策の分野で最も議論が混乱しているものの1つに、雇用の問題があると思われる。雇用の実現は、経済政策が目指すべき「成果」として最重要の問題であろう。雇用機会がなければ、個人にとっては生活の問題そのものになる。マクロ経済的にみると、最も重要な資源である労働が有効活用されていないことを意味している。しかし、その雇用の分野で、政策論議の混乱は極めて大きい。

 この正月、東京・日比谷の“年越し派遣村“と称するものが、メディアの話題をさらった。300人の予定に対して500人の応募があって、そのために厚生労働省の講堂を開放するといった類のニュースが話題になった。こうしたメディア論議の主流にあるのは、規制緩和などによる競争の激化で派遣社員が急増した、その派遣社員が、昨今の景気悪化で解雇され路頭に迷っている、といったものだ。

 確かに、そうした気の毒な事例もあるに違いない。こうした問題に対処するNPO(非営利組織)の人たちの努力は極めて重要である。しかし、以上のような単純化されたストーリーは実態と違っている。

 例えば、一般に派遣問題というが、雇用されている労働者のなかで派遣社員はいまだに2.6%を占めるに過ぎない。非正規の中で派遣が占める割合は、非常に低いのである。また2004年の製造業の派遣解禁について、労働市場の悪化の象徴といった指摘も聞かれるが、これも事実とは異なっていよう。確かにここ数年で製造業の派遣は増加したが、それは以前の請負が派遣に変わったものである。製造業の正規雇用は、ここ数年970万人でほとんど変化していない。

 請負に比べて派遣は使用者責任が発生する分、労働者の立場は守られる。昨今派遣の見直しがいわれているが、これを強硬に行なえば請負という労働者にはより不利な形態に戻るだけだろう。

 要するに、昨今の労働問題に関する政策論議の多くは、複雑な制度や現実を理解しないまま「規制緩和・派遣・解雇」といった単純ストーリーのなかで単に従来型の雇用システムへのノスタルジアを募らせているものといえる。

 そもそも政策論議とは、解決すべき問題は何なのか、そのためにどういう手段が有効か、を考えるものだ。その際、他の政策との整合性はとれているか、合意形成はできるのか、などをチェックする必要がある。

司法を超える立法を

 この観点で言うなら、議論すべきは次のような点であるはずだ。第1は、マクロの雇用機会(労働への需要)を確保すること。正規であれ非正規であれ、労働の機会があることがまず必要だ。その際、マクロ経済の一定の成長があってはじめて可能になることを認識する必要がある。最大の雇用政策は、経済活性化による成長実現である。

 第2は、働き方の多様化は認めるべきで、多様な雇用形態を可能にすることが必要である。派遣社員を対象にしたあるアンケート調査では、その6割が残業や転勤のある正規雇用ではなく、派遣を希望している。短時間、長時間、コミットメントの大小など、様々な労働形態があってしかるべきだ。

 第3に、それぞれの雇用形態について、十分に労働者の権利が守られなければならない。企業の業績が悪化した際、経営者は安易に解雇することは許されない。問題は、いまの正規雇用に関して、経営側に厳しすぎる解雇制約があることだ。これこそ、企業が正規雇用を増やしたがらず、いわゆる非正規を増加させてきた最大の要因である。

 この制度的格差を生み出したのは、司法の判例(1979年)である。今から30年も前の東京高裁の判例によって、企業の解雇権は著しく制約され、業績が悪化しても従業員を実態的に抱え続けねばならないような社会制度になってしまっている。

 日本は三権分立の国である。司法がそのような法律解釈をする以上、立法府がそんな解釈が出来ない、今日の経済実態に合った新たな法律を制定することが必要だ。

 実は、労働者の権利に関し、司法はもう1つ問題のある判例を示している。まさに正規と非正規の間の待遇(給与)格差を訴えた裁判で、大阪地裁はその主張を退けた(02年)。つまり司法が、同一労働・同一賃金でなくてもよい、というお墨付きを与えたのである。これも、立法論からして、そのような解釈の余地のないような法律を新たに制定する必要があるだろう。

 マクロ経済の活性化による労働需要の確保、多様な労働の容認、多様な労働いずれにも適切に権利を確保すること。こうした当たり前の政策論が進まない大きな背景に、実態・制度に対するメディアの誤った単純化がある。同時に、司法の解釈が時代にそぐわないものになっている点が大きい。三権分立は、司法・行政・立法がすみ分けることではなく、互いに建設的な相互チェックをすることである。労働問題という最も重要な政策問題において、こうした正しい三権分立のあり方が求められている。
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(日本経済研究センター特別顧問)

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