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竹中平蔵のポリシー・スクール

2009年5月1日 小さな政府と大きな政府

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 政策を論じる際に、「小さな政府か大きな政府か」という問題がしばしば話題になる。特に分かりやすいのは、どの程度の社会保障を政府が提供するのか、という点だろう。北欧のいくつかの国は福祉大国であり、国民負担率は7割を超え、まさに大きな政府となっている。一方で日本や米国の国民負担率は4割程度で相対的には小さな政府だ。このどちらを目指すのか。そうした選択肢を国民に示し競うのが、本来の政治の役割であろう。最近の論調では、小さな政府を目指した政策からの転換が必要、という指摘が目に付く。

 しかし小さな政府・大きな政府の問題は、それほど単純な問題ではない。今回の経済対策の問題も含めて、日本はいまどちらに向かおうとしているのか、検討しよう。

日本の政府は大きいか、小さいか

 政府の規模の大きさは、どのように計れるだろうか。まず、公務員の数(労働者のシェアなど)で計ることが考えられる。それによると日本は極めて小さな政府である。中央政府・地方政府・政府機関あわせても、人口比では先進工業国の中で圧倒的に低い。金額面ではまず租税負担率が考えられるが、日本は主要国の中で最も低い部類に入る。歳出面では水準は高まるものの、政府の規模は低い部類になる。負担面と歳出面で差が生じるが、おおまかに言ってこれが財政赤字の幅ということになる。

 一方、金額と言っても負担・歳出といったフローではなく、ストックで見ることも重要だろう。実は日本は、ストックからみるかぎり極めて大きな政府なのである。近年、政府のバランスシートが作られるようになった。資産・負債両建てのグロスの数値でみると、国内総生産(GDP)比で日本の値は米国の約2倍に達する。さらには、政府の権限や影響力といった観点から、その大きさを計ることも重要だろう。政府の規模を計るのは意外に厄介である。

 それではこうした意味での日本の政府は、近年大きくなったのか小さくなったのか。歳出の規模に絞って点検してみよう。一般には、様々な歳出カットなどで小さな政府になったと認識されているようだ。特に小泉内閣の下で公共事業の削減、地方交付税の削減、社会保障費の削減について指摘されることが多く、改革への批判の論拠ともなっている。しかしこの指摘は、明らかに事実に反している。

 GDP統計によると、政府支出のGDP比は近年ほとんど一定を保っている。2001年の骨太方針でプライマリーバランスの黒字化を目指して政府の規模を大きくしないこと、つまり政府支出のGDP比を高めないことを決め、それを実行してきた。財政再建を目指す多くの国が実施したように、いわゆる緩やかな歳出キャップをはめたのである。

 公共事業は02年予算で前年比10%削減し、その後も毎年ほぼ3%の削減が続けられてきた。しかしそれは、人口構造の変化を反映して社会保障予算の自然増が大きいため、一方で裁量的に削減できる公共事業などを減らし、結果的に歳出規模のGDP比を高めないようにしてきたのである。一方で社会保障については、現状のままであれば自然増が予想される中で、自然増の金額から一定の削減をする、という努力が行なわれてきた。

大きな政府へのバイアス

 政府の規模を考えるときの重要なポイントがある。それは、特段の努力をしないかぎりさまざまな力学のなかで、政府は必ず大きな方向に向かうという点である。2つの意味で、大きな政府への圧力が働く。

 第1は「民主主義政治の圧力」である。ブキャナン=ワグナーが明確に指摘したことで知られているように、不況期に歳出拡大を行なっても、好況期に裁量的に歳出を減らすのは政治的に困難である。結果的に大きな政府支出に向うことになる。

 第2の圧力は、官僚の「自己増殖」という圧力だ。歳出の拡大は、政府の仕事が増加することを意味し、その意味で官僚の影響力の増大でもある。こうした圧力の下、時に政府の拡大に向けて巧みな理由付けが行なわれる。例えば今の日本では、人口変動の要因を反映した社会保障費の拡大圧力がある。もう1つは、不況だから仕方ない、というものだ。

 今回、史上最大規模の経済対策が実施されることになった。財政規模で15兆円強、GDPの約3%に相当する。しかし、今回の経済対策・補正予算は、いくつかの大きな問題点を抱えている。とりわけ重要な2点を指摘しよう。第1は、なぜ15兆円なのか、その意味づけが不明なことだ。首相は、マクロの数字は念頭になく“積み上げ”でこの数字が出てきたという趣旨の発言をしている。総需要の管理でなければならないのに、「管理」の概念が抜け落ちている。

 第2点として、成長戦略の視点が極めて弱いことだ。財政拡大は、あくまで一時的な需要不足を政府が補うものであり、その間に本来の民間需要が戻ってくるような政策を実施しなければ意味がない。しかし、こうした内容の歳出になっているとは言い難い。中身は各省の要求の積み上げであり、メッセージ性に欠けるのだ。その象徴が農業予算1兆円に対し、羽田の拡張予算50億円である。

 放って置いたら財政規模は必ず拡大する傾向を持つ。だからこそ、小さな政府を目指すという姿勢には、それなりの意味があることになる。いま現実に、小さな政府を見直す圧力が働いているが、結果的にこれは非常に大きな財政規模を生む恐れがある。その行く先は、「受益は小さく負担の大きな」政府である。
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(日本経済研究センター特別顧問)

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