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竹中平蔵のポリシー・スクール

2010年7月1日 企業者の革新が発展の原動力―シュンペーターの政策観

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 前回まで、「問題解決のスキルとしての経済古典」というコンセプトに基づき、A・スミス、JM・ケインズについて、その時代背景、経済問題に対する処方箋を検討してきた。今回は、ケインズとともに20世紀を代表する経済学者と位置付けられる、J・シュンペーターを取り上げる。

孤高の大経済学者

 シュンペーターは、何かにつけてケインズと比較される。2人の大エコノミストは、ともに1883年に生まれた。この年は、マルクスが死亡した年に当たる。当時の経済学者は、資本主義が必然的に崩壊すると説いたマルクスとの間に、少なからぬ知的緊張感を有していたと考えられる。ケインズは、有効需要を管理することによって資本主義の未来は極めて明るいものになる、というビジョンを示した。これに対しシュンペーターは、資本主義の発展の源泉はどこにあるかという壮大なテーマに挑み、発展の源泉を革新(イノベーション)に求めた。同時にシュンペーターは、革新の力が失われることによって、資本主義は社会主義に進むというビジョンを示したのである。

 シュンペーターは、今のチェコ東部の町に生まれた。父は織物工場主、母は医師の娘だった。しかし彼が4歳の時に父親は死亡し、10歳で母親が再婚するまで、いわゆる母子家庭で育ったことになる。幼いころから裕福な家庭で順風満帆に育ったケインズに比べると、必ずしも恵まれた幼少期ではなかったかもしれない。しかし10歳で母親が再婚してから、彼はウィーンで最高の教育を受け、その才能を伸ばしてゆく。当時のウィーン大学は、ケンブリッジに並ぶ経済学教育の中心地だった。いわゆる限界革命を担った1人であるメンガーが、ウィーン大学で教鞭をとっていた。

 1912年、若干29歳で『経済発展の理論』を著わし、シュンペーター経済学の枠組みが作られる。その後、オーストリアの大蔵大臣就任、銀行の頭取就任という恵まれた機会を得たものの、いずれも短期間で失脚し、逆境を経験する。さらに1926年には、母、妻、息子を亡くすという悲劇に見舞われ、孤独感を深めていった。その後ハーバード大学に活躍の場を移すが、ケインズの経済理論が華々しく登場するなかで、彼の弟子もケインズ経済学に傾倒するのを目の当たりにする。資本主義の本質を解明するという壮大なテーマを追いながら、孤高の大経済学者、孤独な天才、という形容がふさわしいエコノミスト人生を送るのである。

革新の担い手は企業者・銀行家

 シュンペーターは、経済発展の原動力は「革新」にあると考える。重要なことは、経済発展の本質は経済内部から生まれ、枠組みそのものを変えるような非連続な力である、という点だ。馬車をいくらつないでも汽車にはならない―。静態的ではなく、動態的な視点に立って、こうした非連続な力を革新と名づける。

 また彼は、革新は新結合であるという。ここで結合とは、生産を意味する。まさに、これまでとは違う試みこそが革新である。 しかし革新は、自然に発生するわけではない。これを担う主体が企業者だ。シュンペーター自身の定義によると、企業者とは新結合の遂行を自らの機能とする経済主体である。これは決して経営者ではない。新しい試みをする主体でなければならない。

 企業者にとっては、生産手段が必要になる。しかしここで重要なことは、当期の収益でこの支出を賄うことはできない、という点だ。企業者に対して購買力を提供し、企業者と生産手段を仲介する機能が求められる。この役割を担い信用を提供するのが、銀行家である。シュンペーター自身は、交換経済の監督者とも呼ぶ。

 シュンペーターは、景気循環も前述のような革新の概念を中心に説明する。新結合によって新しい投資機会が生まれ、実体以上の好景気がもたらされる。しかし、これが普及するとともにその反動が生じる。これが“異常整理” という形で不況につながる。重要なポイントは、不況は革新に起因する経済発展の調整過程であり、したがって不況は決して悪くないこと、ないしは不況必要説を唱えるのである。最終的にシュンペーターは、コンドラチェフの波、ジュグラーの波、キチンの波という3つの景気循環の合成によって、現実の景気循環を説明しようと試みた。しかしこれで大恐慌が説明できるか、議論の多いところである。

 最後にシュンペーターは、資本主義はその成功のゆえに崩壊するという、衝撃的な結論を導く。革新を導くためには、トラスト化資本主義を認めるが、これは企業者の衰退をも招く。また個人主義的功利主義の出現によって、革新の力が失われてゆく。企業者のようなロマン的心情が消え失せ、企業そのもの、いや社会そのものが官僚化してゆくのである。

 壮大なシュンペーターの議論には反対論もあるが、しかしそれでも今日の政策問題に重要な示唆を与える。企業者の革新こそが発展の原動力という基本的視点が、多くの人々に共感されるからである。また同時に、資本主義は成功のゆえに衰退するという彼のビジョンが、今の日本にあまりに当てはまっているのだ。日本の経済学の基礎を築いた中山伊知朗、東畑精一両氏が、ボン大学でシュンペーターに師事したことも、その思想普及に大きく貢献しただろう。

 ケインズがエリートたちによる政府の役割を強調したのに対し、シュンペーターは、我々が努力できるのはせいぜい経済予測の精度を上げることくらいだ、と述べた。安易に政府の力に頼ることなく、企業者の革新を強調したシュンペーターの姿は、今日の日本経済と政策論議にも、大きな示唆を与えている。

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(日本経済研究センター研究顧問)

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