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竹中平蔵のポリシー・スクール

2010年11月4日 スパイキーな世界へ挑戦を

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 世界の経済環境は変わった、とよく言われる。現実に、グローバル化が目に見えて進行し、従来にない経済現象がすさまじいスピードで起こってくる。これらは、経済運営の姿勢や経営方針に直接的な影響を与えており、現象面で見る限り経済環境が激変していることに疑いはない。

 しかし本質的な部分で、一体何が変化したのか、議論は依然として進行中であるように思う。以下では、経済社会を見る基本としてどのような視点があるか、考えてみたい。浮かび上がってくるキーワードは、「フラット」と「スパイキー」である。

デジタル革命に根ざすフラット化

 ジャーナリストのトーマス・フリードマン氏の『フラット化する世界』(日本経済新聞社、2006年)は、世界のベストセラーになった。ここで示された「フラット化」が、経済環境変化を象徴する一つのキーワードである。フリードマン氏は、グローバル化が進む中で先進工業国の賃金水準が発展途上国の賃金に影響を受け、結果的に賃金水準が収斂(しゅうれん)してゆくことに注目する。これは、グローバリゼーションがもたらす負の側面(先進工業国にとって)と見られることも多い。

 このような現状の背後には、もう一つの大きな構造要因が働いている。「デジタル革命」とも言える技術革新が展開されていることだ。デジタル化とは数値化のことを意味する。映像情報や音声情報、文字情報を数値化することによって復元がほぼ完璧なものとなり、また情報を圧縮して送信することでIT(情報技術)革命も可能になった。DNAの解読も、情報をデジタル化することで初めて可能になったわけであり、その意味でバイオ革命もIT革命と同様、その根幹は「デジタル革命」なのである。

 デジタル革命がもたらした最も重要なポイントは、限界費用が限りなくゼロに近づくことだ。一例として、デジタルな電話のコストは通話先との距離に関係ない。だから、米国企業のコールセンターがインドに立地することが起こる。結果的に、オペレーターの賃金水準は「フラット化」する。

 近年、人々から「働いても働いても給与が上がらない」という声が聞かれる。その背景には日本経済の全般的低迷、デフレ克服の遅れなどがあるが、より根本的な要因としてグローバリゼーションとデジタル革命に根ざした「フラット化」現象があると考えねばならない。

スパイキーな世界が同時に出現

 しかし、フラット化とは好対照なもう一つのキーワードがある。「スパイキー」(尖がった、デコボコな)である。これはトロント大学のR・フロリダ教授が『クリエイティブ都市論』(ダイヤモンド社、2009年)のなかで提起した概念である。当初フロリダ教授は、夜間に撮影された地球の衛星写真から、世界は20から30の灯りの塊でできていることを発見する。彼はそうした灯りの塊を「メガ地域」と名づける。このメガ地域に居住する人口は世界の約半分だが、生産の3分の2、イノベーションの8割を生み出しているという。さらにフロリダ教授は、灯りの量から国内総生産(GDP)を推計する。世界最大のメガ地域は日本の東京を中心とするエリアであり、これに続くのはボストンからニューヨーク、ワシントンDCに至る米国東海岸であるという。

 興味深いのは、こうした地域には、いわゆるクリエイティブ・クラスが集まり、高い生産性とイノベーションが生み出されているという点だ。決してフラットではない、スパイキーな世界がそこにはある。フロリダ教授によれば、クリエイティブ・クラスが求める快適さをどのように提供できるかが、都市間競争のポイントになる。

 フラット化する世界という表現には確かに一つの説得力があるが、気がつけば人々は所得格差を問題にし、一部地域の貧困を議論している。そういう意味では、確かにスパイキーな現象が出現しているのだ。

政策では相反

 新たな経済環境の下で、どのような経済政策が求められるか、模索が続いている。一般には、政府の役割を大きくするか否か、といった問いかけである。しかし、フラットとスパイキーというキーワードに基づけば、より明確な政策の姿が見えてくる。

 日本においてもそうであるように、発展途上国と競合するような分野では、間違いなく「フラット化」現象が進むことになる。こうした部門では、貧困対策や所得の再分配などを通して政府の役割の増大が期待されるだろう。しかし一方で、クリエイティブ・クラスをたくさん生み出し、それを強化する政策スタンスも重要になる。こうした政策には、政府の規制が少なく自由な競争環境をつくることが求められる。インセンティブを重視するためにも、限界的な税負担は大きくない方が望ましい。クリエイティブ・クラスを重視する政策は、ともすればフラット化の対処するための政府の役割増大と矛盾する傾向がある。

 日本のような先進工業国にとって重要な点は、できるかぎり多くの人々がクリエイティブ・クラスを目指すような環境をつくること、また国民1人ひとりが、スパイキーな社会に挑む覚悟を持つことである。従って、自由化・規制緩和は、やはり重要になる。フラット化する分野にいる人々を、付加価値の高い分野に挑戦させるための教育投資なども、重視される必要がある。そのうえで、フラット化で生活水準が低下する人々へのセイフティーネットを整備することが求められよう。

 残念ながら各国政府は、人々がスパイキーな世界に挑戦することを促すより、もっぱらフラット化で政府の援助を求める人々への支援を強化する傾向にある。

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(日本経済研究センター 研究顧問)

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