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竹中平蔵のポリシー・スクール

2011年3月1日 TPP参加は実現できるか?

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 1月末のダボス会議で、最も話題になったことの一つに、世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンドを巡る問題があった。一方日本国内では、ドーハ・ラウンドの話題は極めて乏しい。かわって、環太平洋経済連携協定(TPP)が大きな話題を占めている。改めて、TPPの意義と行方を検討するとともに、WTOとの関係も考えてみよう。

残された唯一の選択

 TPP問題は、少なくとも政治的には急に話題に上った感がある。昨秋の菅首相就任時に所信表明演説で主張され、1月の内閣改造では税・社会保障の一体改革と並んで、内閣の看板政策のように位置付けられた。民主党内閣はつい先ごろまで、「行きすぎた規制緩和」という言葉を頻繁に用い、自由な経済や市場の開放に後ろ向きのスタンスをとっていた。それが、例外なき関税撤廃をうたうTPPに前向きになったことに対し、一体どこまで本気なのか、可能性はあるのか、戸惑いを感じざるを得なかったのである。筆者なりの結論として、@TPPへの参加は日本のほとんど唯一の選択であり、Aその効果は極めて大きく、さらに農業問題などを考慮してもB十分実現可能である、と考える。

 まず日本の選択肢の問題として、筆者は従来から、日米自由貿易協定(FTA)の必要性を指摘してきた。しかし米国では米韓FTAをめぐる議会でのごたごたから、政府が二国間FTAに対して前向きではなくなったと見られている。2009年にオバマ大統領がTPPに前向きな姿勢を示すようになったのは、アジア太平洋諸国を取り込むことに加え、こうした国内事情からだ。

 そもそも日本は、二国間FTAで決定的に出遅れた。日本の二国間協定がカバーするのは全貿易の約17%である。これに対し韓国は約36%、交渉中のものまで含めると90%以上をカバーする。例えば乗用車を日韓それぞれのメーカーが欧州市場に輸出する場合、関税ゼロの韓国車に対し、日本車には10%の関税がかけられる。これが日本製造業の海外シフトの一因である。過去10年間で国内製造業の雇用者が300万人減少したことを考えても、TPPは残された最後の選択という性格を持っているのだ。

農業政策の基本を問い直せ

 第2の、TPPの経済効果の大きさについては、すでに内閣府の試算が示されている。これによると、TPP参加によって日本の国内総生産(GDP)成長は0.5〜0.7%加速する。TPPは、将来のアジア太平洋経済協力会議(APEC)域内の自由貿易をにらんだものであるが、もしも中国を含むAPEC全体がこれに参加すれば、成長加速は実に1.4%になると試算されている。人口が減少し、潜在成長率の著しい低下が見込まれる日本にとって、グローバルな市場を活用することの意義は極めて大きい。

 これに対し、農業への打撃が大きすぎる、というコストの試算も出されている。これが第3の論点だ。しかし農水省によるこの試算には、大きなバイアスが含まれている。農水省試算は、コメの国内価格は世界価格の4倍であり、これを前提とすると生産額が4兆円減少するというものだ。しかし、ここで採用されている世界価格は10年も前のものであり、その後の一次産品価格上昇で、現在の内外価格差は1.4倍程度に縮小していることを、専門家も指摘している。

 さらには、国内生産コストは事業規模によって大きく異なり、事業規模の集約を行えば、中山間地域を除くコメ作農家の競争力は十分高められることが示唆されている。今後、現状の円高が是正されれば、競争力確保の可能性はさらに高まる。平地の農地集約化と、中山間地域への特別な措置を行えば、まさに農業力強化の大きなチャンスととらえることができるのである。

 農水省予算の規模(一般会計ベース)は、経済産業省予算の約7倍である。6%の農業人口にこれだけの予算を投入しながら、弱者の保護を続けねばならない農業政策の基本そのものを、まず問い直すべきである。

越えるべき2つの課題

 ただし、以上のような筆者の議論は、ひとつの前提に立っている。それは、今回10カ国(日本を含む場合)で目指すTPPが、06年にシンガポールなど4カ国が始めたTPP(例外なき関税撤廃)とはやや異質のものになる、という前提だ。具体的に、わずかながらも例外を認めることである。現状で日本が結んでいるFTA(もしくは経済連携協定)の自由化率は85%(例外15%)程度であるが、WTOドーハ・ラウンドでは、例外を5〜6%にしなければFTAとは認めないという方向の議論が進んでいる。新しいTPPも、こうした水準のものにならざるを得ないのではないか。日本のみならず、米国の落花生や繊維製品、ベトナムの乗用車など、参加国はそれぞれに難しい国内調整問題を抱えている。また、参加国貿易量の約7割が日米で占められることを考えると、TPPは実質日米FTAの一形態、と見なすことができるのである。

 しかし、これを現実のものにするためには、2つの点で「民主党政権は公約の根本を見直す」という大きな壁を越えねばならないことを最後に指摘しておこう。一つは、郵政民営化見直しの問題だ。国民新党のペースで進められた郵政見直しは、明らかにWTOの内国民待遇に違反する部分を含んでいる。このままでいくと日本は、TPPに参加しつつWTOに違反するという、奇妙な国になるのだ。また、現状のような農家全体への戸別所得補償は、零細農家を温存し、農地集約化の妨げとなるものだ。

 急浮上したTPP参加問題は、歓迎すべき方向転換である。しかし、これまでの政策やマニフェストとの矛盾が鮮明になる部分は、明確な修正が求められることになる。

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(日本経済研究センター 研究顧問)

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