トップ » 竹中平蔵のポリシー・スクール

竹中平蔵のポリシー・スクール

2015年2月4日 2015年ダボス会議の読み方

  • Tweet this articl

日本経済研究センター研究顧問 竹中平蔵
 毎年1月末に、世界経済フォーラム(WEF)の年次総会、いわゆるダボス会議が開かれる。今年は、1月21日から25日まで開催された。世界で最も重要な経済リーダーが集まる会議、と言われるこのダボス会議。今年の会議を総括しておきたい。

そもそも、なぜダボス会議?

 ダボス会議は45年の歴史を持っている。そもそも、ダボスというスイスのスキー・リゾートの村興しとして、経営者セミナーを開催したことから始まっている。しかし、次第に有力な経済リーダーが集まるようになり、それがきっかけで更なるリーダーが集まるというメカニズムが働き、今日のような存在になった。初期の段階では、ソニーの故盛田会長らが参加しその重要性を伝えたことから、日本でもよく知られるようになった。会議の創始者クラウス・シュワブ博士は、ジュネーブ大学で経済学を教えていた教授だ。ダボス会議がここまで重視されるようになった最大の要因は、言うまでもなくシュワブ氏自身の経営手腕にある。

 加えて今日に至るまで、ダボス会議の存在感を高めた二つの要因があった。一つは、米国やヨーロッパ、さらには新興国などがダボス会議を「戦略的」に利用したことだ。80年代、欧州の統合が進む中で、米国は世界における存在感を高めるべく、ダボス会議を積極的に活用したと言われている。逆に90年代、ソ連邦が崩壊し米国の一極集中が顕著になると、欧州がそれに対抗すべくダボス会議を活用した。さらにその後、中国、インドなどの新興国も自国の存在をアピールするために、ダボス会議を活用したのだ。WEFは、こうした要請にその都度見事に応えた。

 もう一つ、ダボス会議の存在感を高めたのは、非公式会合の見事なアレンジだ。毎年、会議の公式のプログラムには約250のセッションが示されており、これはこれで極めて興味深い。しかしより重要なのは、このプログラム外で非公式に設定される多数の非公式セッションや個別ミーティングだ。有力な政治家(大統領や首相クラス)を囲む知識人やジャーナリストの会合、金融危機などをテーマにした当局者の会合など、その時々で巧みにテーマが設定される。私自身も、金融担当大臣のとき他国の銀行監督責任者との非公式な昼食会を持ったり、中国の温家宝首相を囲む会議に出席したことがある。このような非公式会合は、プログラムに示されているセッションの約3倍ある、と言われている。また場合によっては、1対1のミーティング(バイ会談)もセットされる。ダボスの裏庭のような、この非公式会合をセットするWEFのノウハウこそ、ダボス会議の影響力を高めてきた原動力と言える。

目立つリスク要因

 さて今年のダボス会議の統一テーマは、「ザ ニュー グローバル コンテクスト」だ。リーマン・ショック以降低迷してきた世界経済は、いま再び米国主導で緩やかに回復しつつある。こうした時期にこそ、中期的なグローバル・アジェンダに目を向けることが必要だ。実は昨年もそうした問題意識が事前にはあったが、実際の議論では当面の世界経済が順調に回復するかどうかにもっぱら焦点が当たった。

 国際通貨基金(IMF)の経済見通しによると、世界全体の成長率は昨年の3.3%から、今年は3.8%に高まる。まさにゆるやかな景気回復、という基本シナリオだ。とりわけ米国は、2%成長から3%成長に加速することが見込まれている。中国はやや成長率を下げる(7.4%=>7.0%)が、新興国全体としてはわずかに成長率を高めると考えられている。

 問題は、こうした基本シナリオに付随する「リスク要因」だ。実は、これほど多くのリスク要因がある年は珍しいと言ってよいほど、注意すべき問題が世界を覆っている。イスラム国、ウクライナ、原油安とロシアの危機、さらには米国の利上げペースへの懸念・・・。今年のダボス会議では、こうしたリスク要因それぞれについてどのような議論が行われるか、筆者自身は注目していた。

 さらに今回の会議では、特に注目される大きな問題があった。それは、資本主義の未来という大問題だ。ここ数年、今日の資本主義経済が根本的な問題を抱えているという問題提起がなされてきた。米国のサマーズ元財務長官は、経済が長期停滞(secular stagnation)のフェーズに入ったのではないか、という警鐘を鳴らしている。フランスのピケティ教授は詳細な歴史的・数量的分析により、富裕層と貧困層の格差が決定的になりつつあること、従って多額の富裕税を課すことを提案し、論議を呼んでいる。ピケティの見解は、今後大きな論争を呼ぶ可能性がある。

 筆者自身、初めてピケティの主張を聞いたとき、18世紀末のマルサス「人口論」を想起した。ピケティは、資本の収益率が経済成長率を上回っていることを実証的に示し(r>g)、これが格差を絶望的に大きくすると主張する。これは、人口の伸び率が食料生産の伸び率を上回るから、食料不足で悲惨な世界が出現する、と言ったマルサスと似ているのだ。こうした問題提起は、そのロジックが単純であればあるほどロバスト(強い)ものがある。マルサスの議論を聞いた英国の歴史家・評論家トーマス・カーライルは、経済学を「憂鬱な科学」(dismal science)と形容したという。

 しかし現実の世界は、マルサスの言うようにはならなかった。人々は豊かになればなるほど子供を増やすのではなく、その逆の行動をとった。資本の収益率についても、このままずっと高い水準を続けるとは考えられない。どこかで飽和してゆくと筆者は考える。

 しかしそれでも、ピケティの指摘が今日の政策論議に重要な意味を持っていることは間違いない。当面、格差の拡大は世界中で続き、民主主義によるポピュリズムが弱者に優しい大きな政府を作ってゆくだろう。ハーバードのライシュ教授の「格差と民主主義」に見るように、再分配論が大きな重要性を持つかもしれない。

危機感と慢心と

 会議を終えて感じるのは、以下の3点だ。

 第1に、まずテーマに関しては、欧州の問題が前面に出された会議だった。これは、最近のギリシャの選挙と政権交代にも見られるように、ユーロ危機の本質的な部分がまだ殆ど改善されていない、ということに起因している。会議の最中、欧州中央銀行が量的緩和に踏み切ったが、現状は構造的な問題を置き去りにされたままで、金融に依存した小康状態が続いているに過ぎない、と多くの人々が認識している。

 第2は、会議全体の雰囲気として、リスク要因を懸念しながらも、総じて楽観的であったように思われる。オランド仏大統領が登場し、先般のパリにおけるテロを激しく批判するとともに、世界の経済リーダー達の「団結」を訴えた。またIMFのラガルド専務理事ら多くの人々が、世界的な格差拡大に対して強い憂慮の念を示した。しかし、こうした声高な叫びの一方で、具体的な対策についての踏み込んだ議論は見られなかった。このことは、リスクを感じながらも、世界経済が全体として回復基調にあるという認識が強かったことを示唆していよう。

 第3に、当面のリスク要因であるロシア問題について、多くの議論が聞かれなかったことだ。約250ある公式プログラムのなかで、ロシアに関するセッションは一つしかなかった。そもそもWEFでは、毎年11月にドバイなどでグローバル・アジェンダ・カウンシル(GAC)という専門家会合を開き、これが翌年1月のダボス会議の下敷きとなる。しかし、11月のGACから僅か2カ月の間に、世界の経済は大きく変化した。ロシア問題はその典型であり、またパリのテロなども同様だ。そうした状況下、いわば戸惑いの中で今回のダボス会議が開催された、ということができる。

 リーマン・ショックなどで世界の経済が困難に直面していたとき、盛んに「慎重な楽観主義」が唱えられた。世界が緩やかな回復過程にある今年のダボス会議は、「危機感と慢心」が複雑に同居していた会議だったと言えるだろう。

(2015年2月4日)


(日本経済研究センター 研究顧問)

△このページのトップへ