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山田剛のINSIDE INDIA

2018年5月11日 インドの宇宙開発、新たなステージへ――月面探査、巨大ロケット、そして有人宇宙飛行も視野に

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 インドの宇宙開発が急展開を見せている。巨大ロケットGSLVマークVの実用化にめどをつけて大型衛星打ち上げの可能性を広げる一方、年内にも無人探査車による初の月面調査を実施する計画。再利用が可能な「インド版スペースシャトル」の実験も順調に進んでおり、今後はいよいよ悲願の有人宇宙飛行が視野に入ってくる。独自技術にこだわってきたインドは最近、米航空宇宙局(NASA)や日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)などとのコラボにも力を入れ始めた。数々の宇宙計画は関連する技術の開発はもちろん、衛星画像を活用した災害予防や農業・土地利用、通信・衛星放送の拡充などを通じて市民生活の向上、さらには人工衛星の受託打ち上げや精密衛星写真の販売など、宇宙ビジネスの発展にも期待がかかる。

アジア初の火星探査プロジェクト
 一昨年秋の衝撃的な「高額紙幣廃止」。このとき新たに発行された2000ルピー紙幣の裏面には、インド初の火星探査船「マンガルヤーン」が誇らしげに描かれている。ヒンディー語で「火星への乗り物」を意味するマンガルヤーンは2013年11月に打ち上げ、翌14年に火星の周回軌道に乗り、日本や中国に先駆けてアジア初の火星探査を成功させた。

新2000ルピー紙幣の裏面に描かれた火星探査船マンガルヤーン


 宇宙開発を担うインド宇宙研究機構(ISRO)ではここ数年、数々のめざましい成果を上げている。2015年に打ち上げたスペースシャトル型宇宙船RLV-TDは無事地球に帰還。16年には8個の衛星を異なる2つの軌道に投入するという難易度の高いミッションに成功し、さらに17年2月には小型衛星101個を含む104個の衛星を一度に打ち上げるという「記録」を更新し、話題となった。
 同年6月には、高度36000キロのいわゆる静止軌道には4トン、地球を周回する低高度の軌道なら8トンまでの大型衛星を投入できる最新鋭GSLVマークVロケットの打ち上げに成功した。独自開発した極低温エンジンを搭載した2段式、全高42メートルに及ぶマークVの実用化によって、ISROは気象衛星などの大型衛星を自前で打ち上げることが可能となり、各国からの受託打ち上げビジネスの拡大にも期待が高まる。

有望な宇宙ビジネス
 衛星の多面的利用も加速している。過去20年間でインドの地表観測(リモートセンシング)技術は飛躍的な進化を遂げた。1990年代末に35メートル程度だった解像力は現在60センチにまで向上している。ISROでは、事業子会社アントリックスを通じてこれら衛星画像や衛星関連機器の販売、そして各国からの衛星受託打ち上げなどで15年度に約192億ルピー(約310億円)の売上を計上している。
 人工衛星が撮影した高解像度の地表写真は、自治体や研究機関によって防災や農業・水資源開発、都市計画などに活用されているが、現在は安全保障の観点から売り先は公的機関などに限られている。たが、米グーグルやスペースXなどの営業攻勢を踏まえ、インド政府とISROは今後外国・民間企業などへの販売を解禁する方向だ。
 最近はアジアや中東・アフリカ諸国でも通信・気象衛星の役割に着目し、自前の衛星を打ち上げようという気運が高まっている。宇宙研究や教育などに取り組む米Space Foundationのレポートによると、世界の宇宙関連ビジネスの市場は3230億ドルに達するという。
 こうした状況下、アリアン・スペースなど欧米に委託するよりも30〜40%安い価格で人工衛星を打ち上げることができるインドの優位性が改めて注目されている。インドは18年3月末までにイタリアやドイツ、トルコや日本など28カ国・237個の衛星を受託打ち上げしたが、2012年にわずか2個だけだった外国衛星の受託打ち上げは17年には133個に急増している。
 インドの火星探査ミッションにかかった総コストは約7300万ドル。NASAの月探査プロジェクトの約9分の1だ。安さの秘密はローコスト開発を可能としたインド式エンジニアリング。一概には言えないが、インドのロケットや人工衛星は部品に市販品を利用したり、耐久性である程度妥協したりして生産コストを下げる努力を続けてきた。

GSLVマークVロケットの打ち上げ風景(ISRO提供)


 最近特筆されるのは、米NASAやJAXAなど海外宇宙機関との協力・提携強化だ。NASAとは地表観測衛星OCEANSATに関する共同研究を開始。月探査船チャンドラヤーン2号のプロジェクトに際しても通信や航法支援などで協力しているほか、3次元イメージを描出できる宇宙用レーダーシステム「NISAR」の共同開発にも乗り出している。JAXAも、チャンドラヤーン2号などのプロジェクトに際して共同研究に乗り出す計画。とりわけロシアはナビゲーション衛星を巡るインドとのコラボに関心が強く、同国の宇宙機関ロスコスモスはグロナスVなどの打ち上げでISROと協力体制を組んでいる。
 最近インドに急接近しているのがイスラエルだ。これまでにも兵器の共同開発など軍事分野での協力が目立っていたが、ISROは2008年、同国のスパイ衛星「テクサール」の打ち上げを請け負った経緯がある。昨年モディ首相が印首相として初めてイスラエルを訪問した際には、ロケットのエンジンやナビゲーション・システム開発などに関する覚書(MOU)に署名したばかりだ。
 今年の目玉は、「チャンドラヤーン2号」の打ち上げ。今回のミッションでは、ローバーと呼ばれる無人探査車を月面に着陸させ、地表観測や鉱物の採集・分析などを行う。中期的には太陽の光球やコロナを観測するインド初の太陽観測衛星「アディティヤ」や、将来の有人宇宙飛行に向けた実験を行う宇宙カプセル「SRE−2」などのミッションが予定されている。まだまだ材料は尽きそうにない。

「有人飛行」にはなお議論も
 インドの宇宙開発は新技術の応用・導入だけでなく、市民生活向上にも貢献している。600チャンネル以上が楽しめるインド最大の衛星放送サービス「タタ・スカイ」がISROの衛星を利用しているのはよく知られている。2016年12月に大型のサイクロン(ベンガル湾で発生する熱帯低気圧)「バルダ」がインド東海岸に接近した際、インド気象局(IMD)はISROが提供した衛星画像をもとに進路を的確に予測。住民に対して迅速な避難命令を出して1万人以上の生命を救った。

PSLVーC35ロケットに搭載される気象観測衛星「SCATSAT−1」(ISRO提供)


 そして、今なお結論が出ていないのが「有人宇宙飛行」を巡る論争だ。歴史上、人間を宇宙空間に送り出すことができたのは米国、旧ソ連と中国の3カ国だけ。インドも人間を乗せることを想定した宇宙カプセルの打ち上げ・回収には成功しており、有人飛行にはすでに一定のめどがついている。
 しかし、金がかかる割には研究・新技術開発の点で得るものが少ない有人宇宙飛行には異論もある。今年1月に退任したばかりのISRO前理事長のキラン・クマール博士は「人材や資源の不足が有人宇宙飛行の実現を困難にしている。我々の優先課題は地表観測や通信衛星などの能力を高めることにある」と発言している。ISRO創設に尽力したインド宇宙開発の父、ヴィクラム・サラバイ博士も生前、「有人宇宙飛行で先進国と競争できるという幻想を抱くべきではない」と語っている。宇宙飛行士を月に送って国威発揚を図るよりも、衛星画像販売や受託打ち上げの精度を上げて収益につなげる方が先決、ということだろう。

 しかし課題も少なくない。使う資金の制約が少ない中国に比べて、インドにはインフラや医療、教育など、他に政府が投資すべき分野が数多くあり、宇宙関連予算の積み増しには議会のチェックが入る。17年度のISROの予算は約909億ルピー(約1470億円)と、09年度比で2倍以上に増加したが、それでもNASAの10分の1、中国の4分の1に過ぎない。インドの場合、国防省傘下の防衛研究開発機構(DRDO)がISROの約2倍の予算を与えられて長距離ミサイルの研究・開発などに取り組んでいるが、彼我の差は大きい。国内外の情報技術(IT)やネット通販などの企業に優秀な技術系学生が流出してしまう、という問題も相変わらずだ。
 様々な課題を抱えながら、インドは宇宙「先進国」への道をひた走る。


※本稿は2018年3月20日、名古屋大学大学院「フロンティア宇宙開拓リーダー養成プログラム」での講義内容をもとに再編集したものです。

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山田剛/主任研究員(兼日本経済新聞シニアエディター)



日本経済研究センター主任研究員 山田剛

 2019年春に次期総選挙を控え、インド・モディ政権の経済改革・モディノミクスもいよいよ仕上げの段階に入りつつあります。独立以来の税制改革となったGST(物品・サービス税)の導入や驚きの高額紙幣廃止などに加え、外資規制緩和や製造業振興に成果を挙げたインドは、ついに懸案の不良債権処理にも着手しました。面倒な隣人パキスタンやアジアの巨人・中国、そして暴れん坊トランプ大統領率いるアメリカとどう付き合っていくのか、も目が離せませんし、2018年には日本の技術を投入するインド初の「新幹線」プロジェクトも動き出します。これらのトピックを踏まえ、インド政治・経済やビジネスの動向分析を詳細かつわかりやすくすくお伝えしていきたいと考えています。

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