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第22回 2012年のインドをけん引するリーダーたち(12年1月11日)


 多様性・異質性と桁違いの格差を内包するインドを動かす政治家や経営者らリーダーたちには、日本など先進国に比べてはるかに難しい決断や先見性、指導力が求められる。3億人ともいわれる貧困層や人口の半数以上を占める農民などへのケアに心を砕き、米国、中国など大国と対等に渡り合い、なおかつ経済成長や利益を追求しなければならないからだ。しかも、混沌に満ちたインドの民主主義はコンセンサス形成に手間取り、中国に比べて万事において政策の立案・遂行のスピードが遅い。こうしたジレンマに対峙し、国家や巨大企業のかじ取りを担うリーダーたちは時として批判にさらされるが、その人望や能力には見るべきものが多い。

※ 図表「2012年に動向が注目されるインド政財界の主なリーダー」は会員限定PDFをご覧ください。

最大財閥の次期総帥は43歳

 140年以上の歴史を持ち、電力、自動車からIT(情報技術)、コーヒーまで傘下の100社を超える有力企業が約6兆円を売り上げるインド最大の財閥タタ・グループの次期会長に決まったのが、建設業で財を成したパロンジ・グループ直系のサイラス・パロンジ・ミストリ氏(43)だ。今年12月に「定年」となる現会長ラタン・タタ氏(74)の後継者に指名され、目下タタ氏が直々に帝王学を教授している。

 タタ、ゴドレジ、ワディアなど他の有力ファミリーと同じパルシー(ペルシャ帝国渡来のゾロアスター教徒)コミュニティに属し、タタ氏とも親戚に当たるが、タタ「本家」以外からグループ総帥になるのは74年ぶり。ロンドン・スクール・オブ・ビジネスなどで学び、タタ・グループ持ち株会社タタ・サンズの取締役などを歴任。肉声はまだほとんど聞こえてこないが、インド財界からは「産業界の指導者らが、若手経営者の能力を信頼していることを示した」(インド工業連盟=CII、経団連に相当=のバナジー事務局長)、「若手経営者には厳しい時代だが、彼ならやり遂げるだろう」(住宅開発金融=HDFC=のD・パレク会長)などと歓迎されている。

 ただ、53年間にわたって会長に君臨しタタ・グループを大きく飛躍させた「中興の祖」J・R・D・タタ氏(1993年没)、20年間でグループの売り上げを12倍、利益を10倍、株式時価総額を15倍に増やし、英蘭コーラスや英ジャガー・ランドローバーの巨額買収を成功させたラタン・タタ氏と、傑出したトップが2代続いただけに、そのプレッシャーは並大抵ではないだろう。

ビッグ・ブラザースの和解劇

 規模ではタタをしのいでいたリライアンス・グループは05年、創業者ディルバイ・アンバニ氏(02年没)の長男ムケシュ・アンバニ氏(54)、次男アニル・アンバニ氏(52)の主導権争いで2つに分裂したが、兄弟は母親のとりなしで和解とコラボに向かって大きく動き始めた。内外の経営環境が厳しくなる中、意地の張り合いよりも共存を選んだということだが、巨大グループ再統合の可能性もにわかに浮上している。

 堅実で安定味のある兄、派手で新し物好きの弟、というのが大方の評価だが、グループ分裂の際にも、兄ムケシュ氏が旗艦企業の石油化学最大手リライアンス・インダストリーズ(RIL)はじめ重化学工業部門を、弟アニル氏は携帯電話のリライアンス・コミュニケーションズやリライアンス・キャピタルなどサービス・金融、エンターテインメント事業などをそれぞれ引き継いだ。

 6年間でグループ株式時価総額を約5倍に増やした兄に比べ、弟の事業がやや伸び悩んでいるという背景もあるが、最近では高速データ通信事業に進出した兄が弟の携帯電話会社から基地局設備を借り受けるなど、恩讐を超えた兄弟間のコラボを目指す動きも出てきた。一方、弟アニル氏は自身の企業グループ名「リライアンスADAG=アニル・ディルバイ・アンバニ・グループ」から自身の名前を外し、「リライアンス・グループ」に変更するなど、歩み寄りのサインも出ている。今後は兄が保有するベンガル湾のガス田から弟の電力ビジネスへのガス供給や、弟が持つ携帯電話サービス・販売網と兄の小売業の相互乗り入れなど、様々なシナジーが期待できる。

第3の男

 タタ、リライアンスに比べると日本での知名度は低いが、多目的車大手マヒンドラ&マヒンドラ(M&M)を中核とするマヒンドラ・グループを事実上統括するアナンド・マヒンドラM&M副会長兼社長(56)の動向も見逃せない。インドの経営者には珍しく「創造性とソロバン勘定の両立ができる人物」といわれ、生産性の改善や果敢なM&A(企業買収)などで、10年前に比べてグループ売上高を24倍に伸ばした。

 2005年には中国でトラクター生産の合弁事業を開始。08年にはスクーター大手のカイネティック・モータースを買収して二輪車部門に進出。ホンダやバジャージなど強豪がひしめく市場で8%近いシェアを維持している。09年には粉飾決算で破たんに追い込まれたIT大手サティヤム・コンピュータを買収。さらに10年には韓国・双龍自動車とインドの有力電気自動車メーカー、レーバ・エレクトリック・カーを相次ぎ傘下に収めた。11年には初の世界戦略車SUV−500を発表、南アフリカ市場などで発売する計画だ。軍用車両の生産にも力を入れる一方、将来的には傘下の航空関連2社を通じた航空機製造事業への進出もうわさされている。

 12年は、業績が低迷する米ナビスター社との合弁トラックメーカー、マヒンドラ・ナビスター・オートモティブのテコ入れが課題となるが、大型トラックの投入やアフリカなどへの輸出で活路を目指す、としている。

ネール・ガンディー家の4代目

 2012年のインド政界でもっとも注目されるのが、名門ネール・ガンディー家の御曹司、ラフル・ガンディー氏(41)だ。初代首相ジャワハルラル・ネール、その娘インディラ・ガンディー、そして息子ラジーブ・ガンディーと、独立インド65年の歴史で実にのべ37年間にわたって首相を務めた一家の4代目にとって、2012年は与党国民会議派総裁、そしてインド首相の座にふさわしいかどうかを問われる大事な年となる。

 現首相のマンモハン・シン氏は今年で80歳となる高齢。経済改革の遅れや成長率の鈍化、閣僚の相次ぐ汚職スキャンダルなどで逆風が吹く与党国民会議派が人心の一新で巻き返せるかどうかは、ラフル氏の双肩にかかっている。

 英ケンブリッジ大などで学び、国会議員としては2期目だがすでに党幹事長に就任。昨年母親で党総裁のソニア・ガンディー氏の海外病気治療中には総裁代行に指名された。また党幹部らが相次ぎ「ラフル氏は首相にふさわしい」と発言、「近く国民会議派総裁に就任」との観測記事も流れるなど、後継への地ならしは着々だ。端正なマスクや庶民の輪に飛び込む親しみやすさ、「レンガを一つ一つ積むように努力する」とした謙虚な演説などが評価されているが、ひ弱なイメージや失言癖など脇の甘さも指摘されている。

 手腕が問われるのは、ラフル氏がキャンペーンの先頭に立つ2月投票の北部ウッタル・プラデシュ州議会選だ。同州は人口2億人を抱えるインド最大の州で、その結果は国政にも大きな影響を与える。選挙区では母親ともどもガンディー家のおひざ元だが、国民会議派は長年州議会で少数野党に甘んじている。ここで少しでも党勢を拡大できるかどうかが今後を占うカギとなる。

異質の女性政治家たち

 そのウッタル・プラデシュ州で政権を握る大衆社会党(BSP)の女性党首がマヤワティ・クマリ氏(55)。カースト制度の最下層に位置する不可触民(ダリット)出身で、著名政治家カンシー・ラーム氏に重用されてBSPを引き継いだ。当初はダリットなど被差別カーストを主な支持基盤としたが、07年州議会選では上位カースト候補を多数擁立。カースト間の融和を掲げて圧勝した。その後、個人崇拝の強化や公費乱用などが批判され09年総選挙では党勢が伸び悩んだ。今年の州議会選はまさに正念場だ。

 11年5月の西ベンガル州議会選で大勝し、34年間続いた同州の左翼政権に終止符を打ったのが、地方政党トリナムール会議派(TNC)のママタ・バナジー党首(55)。社会派の女性弁護士として頭角を現し、99年のBJP政権下で鉄道相に就任。09―11年に現与党国民会議派政権でも再度鉄道相を務めた。現在は西ベンガル州首相。州野党だった08年にはタタ自動車の工場建設反対運動を主導し、計画を白紙撤回に追い込んだ。連立与党の一角ながら、小売市場への外資導入には強硬に反対するなど、政権にとっても手ごわい政治家だ。

野党BJPの次世代リーダーたち

 2004年総選挙で敗北・下野して以来低迷が続く最大野党インド人民党(BJP)ではなかなか世代交代や若手の抜擢が進んでいないが、有力リーダーも力をつけてきた。その筆頭が西部グジャラート州首相(県知事に相当)のナレンドラ・モディ氏(60)だ。2001年から10年以上にわたって州首相の座にあり、積極的な経済振興政策を導入して同州をインド有数の工業地域に育て上げた。2005―10年の州内総生産伸び率は平均で11.3%と全国でトップ。他州に比べで良好なインフラを武器に地場大手のアポロ・タイヤや米GMなどの工場を誘致。2010年には政争に巻き込まれ西ベンガル州から撤退したタタ自動車の超低価格車「ナノ」専用工場を、州中央部のサナンドに迎え入れた。11年には米フォード、仏プジョー・シトロエンもサナンドへの進出を表明、さらには乗用車首位のマルチ・スズキも同州への工場用地取得を決めており、これらの工場がすべて完成すると州の乗用車生産台数は年100万台に迫り、「インドのデトロイト」として大化けする可能性も出てきた。

 BJP内からは次期首相候補に推す声も出ており、年末の州議会選の結果次第では中央政界入りも現実味を帯びてきそうだ。その一方で、2002年に宗教対立から2000人以上の死者を出したいわゆる「グジャラート暴動」では対応が後手に回ったばかりか暴動をあおったとの疑惑も指摘され、人権団体の抗議行動で米政府がビザ発給を拒否する事件も起きるなど毀誉褒貶もある。

 BJPきっての論客がアルン・ジェイトレー元法相(59)。デリー大学学生連盟会長などを務め、有力ヒンドゥー団体である民族奉仕団(RSS)に加入。弁護士を経て1999年の総選挙では党スポークスマンを務めて勝利に貢献。BJPのバジパイ政権下で情報放送担当国務相、民営化担当国務相、法相などを歴任した。現在は上院の野党議員団長。政策通でもあり、政権批判の舌鋒の鋭さには定評があるが、インテリ臭が強すぎて大衆の人気はいま一つ。

 女性や若手の登用が遅れているBJPで注目されるのはスシュマ・スワラジ元情報放送相(59)。女性初のデリー市首相(都知事に相当)も務めた。辣腕弁護士として知られ、1970年代にはインディラ・ガンディー政権の強権政治に激しく抵抗した。99年の総選挙では現与党国民会議派のソニア・ガンディー総裁に惜敗。その恨みもあってか04年にソニア氏の首相就任が濃厚となった際には「イタリア生まれ(のソニア氏)が首相になったら、髪を剃り白いサリーを着て喪に服す」と宣言して激しい反対キャンペーンを展開。ソニア氏が首相就任を辞退する一因となった。

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日本経済研究センター主任研究員 山田剛  新興国の雄として高度経済成長を続けるインドには、日本のみならず世界各国の政府・企業から熱い視線が集まっています。その一方で日本における正しいインド情報は必ずしも十分ではなく、メディアには今もステレオタイプのインド観や偏見、あるいは無責任な称賛などがあふれています。
 本連載では、こうした現状を踏まえ、最新のニュース解説をベースに、インドの政治、経済、産業、そして社会の実像や深層をタイムリーにかつ分かりやすくお伝えしたいと思っています。※隔週掲載予定


(主任研究員 山田剛)


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