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実哲也の揺れるアメリカを読む

米グローバル企業への風圧強まる

 

2018/11/14

 米中間選挙の結果はほぼ予想通りで驚きは小さかった。下院で民主党が勝利を収めたとはいえ、トランプ大統領が米国第一主義的な政策を変えると思っている人はほとんどいないだろう。
 注目すべきなのは底流で起きている変化である。中間選挙戦など様々なイベントを経てトランプ流の考え方が政治家や政策当局者の間に徐々に浸透し、もはや異端ではなくなりつつあることだ。
 その一つの表れがグローバルに活動する米企業への視線が厳しくなっている点だ。
 ウォール街は中国のエージェント?
 トランプ大統領は元々、海外に拠点を移しつつ自由貿易の尊重を訴える米大手企業の経営者らをグローバリストとして批判してきた。中間選挙の応援演説では「自分はナショナリストだ」と宣言し、グローバリストのように世界のことを気にかけるより米国のことを大事にすべきだと訴えた。
 これに意を強くしたのか、政権内からはもっと激しい発言が飛び出した。
 「億万長者のグローバリストであるウォール街のバンカーらは未登録の外国のエージェントとして大統領に圧力をかけ、中国との貿易取引に持ち込もうとしている」。つい最近、こんな趣旨の演説をしたのはナバロ大統領補佐官だ。政権きってのナショナリストとして知られるが、それを勘案しても激烈な内容である。
 トランプ氏の側近だったマナフォート氏は昨年秋、「外国のエージェントであるという登録をせずに親ロシア派のウクライナの政党のために働いた」という理由で罪に問われている。米中貿易戦争の早期収束を訴える米経営者は敵と通じた犯罪者といわんばかりの発言だ。
 グローバル・ビジネスへの理解者が多いはずの共和党の政治家の間でも大企業と距離を置く動きが出てきた。
 2016年の大統領選で共和党候補を決める予備選に名乗りを上げたルビオ上院議員は、かつてトランプ氏の内向きの政策を批判していたが、今年に入って「ニュー・ナショナリズム」を主唱している。その中で批判の矛先を向けているのは文化エリーティズムと経済エリーティズムだ。前者で攻撃対象になっているのは「家族の価値観」を軽視する民主党のリベラル派だが、後者では「グローバル・エコノミック・エリート」を槍玉にあげている。職を失った米国の労働者の気持ちを理解せず、海外で稼ぐことしか考えていない連中だと指弾する。
 ペンス副大統領の警告
 中国の政策を全面的に批判して関心を集めたペンス副大統領の演説にも、米企業への警告が埋め込まれている。「米企業の経営者は、知的財産権を移したり、人権抑圧を促したりするぐらいなら中国市場への参入を考え直すという姿勢を取るようになっている」と述べたが、裏返せばそういう姿勢を取らない経営者を批判するメッセージにもなっている。演説ではグーグルを名指しし、中国の検閲を助けるような検索サービスを開発すべきでないと訴えた。
 ペンス副大統領は、インディアナ州知事時代に中国を訪問して同州への投資を呼びかけるなど、ビジネス重視の政治家として通ってきたが、いまは高関税政策を含む大統領の米国第一主義の伝道者になっている。
 下院で過半数を獲得した民主党は、従来からウォール街やグローバル企業を拝金主義と批判してきた。政権や共和党にお株を奪われるわけにはいかないので、これまで以上に大企業バッシングに動く可能性が高い。米グローバル企業にとっては味方が見当たらない状況になりつつある。
 こうした変化はなぜ起きているのか。
 一つ目の理由は、共和党がトランプという異端派の政治家に飲み込まれてしまったことだ。まず、トランプ流の通商政策に批判的だった政治家が相次いで引退を表明したことが大きい。テネシー州のコーカー上院議員やアリゾナ州のフレイク上院議員などだ。コーカー議員らは大統領の通商政策権限に歯止めをかけようと動いたものの、党内で賛同を得られなかった。
 中間選挙では、共和党候補のほとんどがトランプの政策支持を表明し、「ミニ・トランプ」と評される候補が次々に当選した。
 トランプになびく共和党議員
 トランプにだれもがなびく現象が生まれた背景には、共和党支持者の間でのトランプ人気が極めて高いことがある。ギャラップ社の世論調査によると、直近の11月第一週の支持率は91%と就任後で最高の水準に並んだ。7月のピュー・リサーチセンターの世論調査では共和党支持者の73%が「関税引き上げは米国にとって良いこと」と答えており、共和党の政治家にとって自由貿易を擁護するのは危険なことになってしまった。
 2つ目の理由としては、中国を軍事的、経済的に米国の地位を脅かす「敵」と見なすムードが急速に高まってきたことがあげられる。ペンス演説はその表れだが、議会でも先端技術を盗んで米国に追いつこうとする中国への対抗策が不可欠だという声が強まっている。
政権内でも中国との経済関係を重視する「グローバリスト」は影が薄くなった。米中経済の相互依存度の大きさをあげて高関税政策の無謀さを訴えていたゴールドマン・サックス出身のコーン国家経済会議委員長やエクソン・モービル出身のティラーソン国務長官はいずれも3月に職を辞した。
 反中ムードは中間選挙にも反映された。
 「ドネリー候補(民主党)の兄弟が経営する会社は中国の部品を使っていた」
 「ブラウン候補(共和党)の会社が売っている自動車部品は中国製だ」
 インディアナ州の上院選挙戦は、両党の候補ともに相手候補と中国とのつながりを暴き立てる泥試合になった。
 政権・議会一体で対中強硬策
 対中強硬策では政権と議会の方向性が一致しつつある。
 議会の中で政権の高関税政策を評価する勢力が強くなっている。対中関税にかねて好意的な民主党が下院で議席を増やしたほか、今回当選したトランプ・チルドレンも支持母体になる。共和党主流派でも「対中関税はいわば窃盗税(theft tax)を課すものであり、正しい」(ルビオ上院議員)といった肯定論が浮上している。米政権は高関税の対象をさらに広げる構えだが、強い反対論は出にくい状況だ。
 議会主導で進んだのが中国への技術移転の防止策だ。中国からの対米投資をこれまで以上に厳しく監視するとともに、中国に先端的な製品や技術を売りにくくする法律を8月に成立させた。これとは別にトランプ政権も、先端技術分野を学ぶ中国人留学生や研究者へのビザ審査を厳しくするなど、技術の窃盗を抑止する方策を打ち出している。
 こうした変化を米企業はどう受け止めているのか。
 中国の知財侵害や先端技術の移転強要などの問題はもともと米企業が不満を訴えていたことであり、政権が真剣に取り上げていること自体は歓迎している。だが、米経済や産業を痛める高関税ではなく、日欧などと共同して中国に政策変更を迫る方が効果的で害が少ないと考えている。
 中国への技術移転阻止を目標とした投資制限や人の移動への規制強化には一定の理解を示しているものの、やり方次第では中国ビジネスや人材獲得の足かせになりかねないとの懸念も示す。
 「米国第一」を無視できぬ米企業
 ただし、米国第一主義の広がりという流れは無視できず、企業経営者の間では政治的な反発を受けそうな言動を慎む雰囲気もあるようだ。
 ウォールストリート・ジャーナル紙(11月7日付)は中国が11月上旬に上海で大々的に開いた国際輸入博覧会について、「米グローバル企業の最高経営責任者(CEO)のほとんどが出席を見送った」と報道した。トランプ政権が不公正な貿易慣行を理由に中国からの招待を断ったことが背景にあると示唆している。
 米国の政策が経済ナショナリズムの色合いを強めている一因は、米グローバル企業自身にもある。税逃れを目的にした拠点の海外移転や従業員への配慮に欠けた安易なレイオフの横行が、反グローバル化機運を招いた面は否めない。また、中国が国際ルールに見合った公正な競争環境の整備に動いていれば米国の反発がここまで強まることもなかっただろう。
 日本企業の対中戦略にも影響
 とはいうものの、自国優先の通商政策をよしとする政治的な機運が米国で一段と高まり、中国との貿易戦争をエスカレートさせる動きに出れば、影響は米グローバル企業にとどまらず、世界経済全体に及ぶ。
 日本も苦しくなる。トランプ大統領が日本との貿易協議で、管理貿易的な手法で貿易黒字減らしを求めてくる恐れは十分にあるが、そのときに政権内部や議会で日本を擁護してくれる勢力がどこまでいるかは心もとない。
 中国の不公正な貿易慣行で被害を受けているのは日本も同じとはいえ、高関税政策で中国経済が失速すれば日本経済は大きな痛手をこうむる。米中が「経済冷戦」に進めば、日本企業の対中戦略も制約を受けることになる。米政権はすでに政府系機関などがZTE、ファーウェイなど中国メーカーの機器を使うのを禁止したり、中国半導体企業JHICCへの米製品輸出を禁じたりする措置を取っているが、日本に同調を迫ってくる可能性もある。
 グローバリストと中国に矛先を向ける米国の政治的潮流はどこまで続くのか。日本の経済や産業の将来を占う上でも見逃せないポイントになりそうだ。