ポスト「Gゼロ」問うコロナ危機
2020/04/16
新型コロナウイルス危機へのトランプ米政権のおそまつな対応も、ここまで来たかと思う。中国寄りだと批判していた世界保健機関(WHO)への資金拠出を停止するのだという。WHOに問題があるとしても、いまはその機能に打撃を与え、献身的に働くひとたちを失望させているときではない。
「グローバルな秩序は初めのうち緩慢に、そしてあるとき一気に変わる傾向がある」。新型コロナ危機が世界で急速に広がった3月に、米国の識者がこんなコメントを発した。
リーダー不在の世界
今回の危機が世界の姿をどう変えるのか、さまざまな議論がある中で、もっとも可能性が高いのは、世界の政治リスク分析で知られるイアン・ブレマー氏がかねて説いている「Gゼロ」の混とんとした国際秩序が深まるシナリオだろう。米国も中国も頼りにならず、リーダーの不在が混乱を長引かせるリスクを世界は目の当たりにしている。
これほどの危機に陥れば、どの国も自分のことで手一杯で余裕がなくなる。そんな声もあるだろうが、国際社会の盟主を自任してきた米国ともなれば話は別だ。あるべき役割を果たさないままだと、歴史の鉄槌が下る。そんな警告の意味が、冒頭のコメントには込められている。
1950年代の英国の教訓
発したのは、オバマ政権時代の国務次官補だったカート・キャンベル氏と、米ブルッキングス研究所のラッシュ・ドッシ氏だ(共著の論考「コロナウイルスはグローバル秩序を作り変えかねない」=注1)。2人は1950年代のスエズ危機を教訓として指摘する。英国はスエズ運河を国有化したエジプトに反発し、フランスなどとともに軍事介入したが、米国を含む国際社会の支持を得られず、手痛い失敗を喫した。これがグローバル・パワーとしての英国の衰退をはっきり示すものになったと見る。
今回のコロナ危機も、対応を誤れば米国の影響力を低下させ、ひいては国際社会のリーダーの地位から滑り落ちるきっかけになるかもしれない。それなのにリーダーシップという点で米国は不合格だとキャンベル氏らは嘆く。
場当たり的な米大統領
トランプ米大統領の場当たり的で自国優先の近視眼的な対応は、今回のコロナ問題で一段と際立つ。当初から危機感の乏しい発言で認識の甘さを露呈したかと思えば、米国内で感染が拡大するや「中国ウイルス」と呼んで責任を中国に押し付ける態度を見せた。主要7カ国(G7)や20カ国・地域(G20)といった国際的な枠組みで指導力を発揮する姿もとんと見かけない。そこへもってきてコロナ危機と格闘するWHOへの資金拠出停止だ。
米大教授のヘンリー・ファレル氏(ジョージ・ワシントン大)とアブラハム・ニューマン氏(ジョージタウン大)は、米国はコロナ危機へのグローバルな対応でリーダーになっておらず、役割の一部を中国に譲り渡している、と論じている(注2)。
米中いずれも不合格
かといって、中国が米国に代わってポイントを稼いでいるようにも思えない。マスクや医療チームを各国に提供する「マスク外交」で頼れる大国を演出しようとしているが、自国で感染への初動が遅れ、世界にウイルスが広がる発信源になったことには、単なるミスでなく中国の体質的な問題の部分があったと受け取られ、尾を引くだろう。
米中ともに失点が先立ち、どちらも勝者になっていない。米政治学者のジョセフ・ナイ氏も、米中の首脳はいずれも感染初期の重要な時間を浪費し、国際協調の機会も逃したので第1ラウンドは不合格だと採点する(注3)。感染症のようなグローバルな危機への対応は国と国が協力し合うことで、ともに利益を得ることができる。米中はゼロサムゲームのように競うのでなく、協調に向けて態度を改めよ、と説く。
既にある潮流を強化も
欧州の識者からも、中国が勝者になることはない、という声が聞かれる。仏経済学者のジャック・アタリ氏は「中国という国の透明性のなさに、世界からはますます不信の目が向けられる」と指摘している(注4)。
米中の力関係の変化よりも、別のリスクを説く識者もいる。コロナ危機は世界の姿を変えるのでなく、既に存在する潮流を際立たせたり、強めたりする方向に作用していると分析するのは、米ハーバード大のダニ・ロドリック教授だ(注5)。
新自由主義は緩やかな死に向かい続け、独裁的な政治家は一段と独裁的になり、超がつくグローバリゼーションは守勢に立たされ続ける。そして米中は対立コースを歩み続ける。ロドリック氏はそんな例をあげる。危機に直面すると、より本性がむき出しの行動を国家も個人も取るようになり、生じていた変化が加速しやすくなるということだろうか。
欧州も弱点を露呈
中国の次に感染の中心になった欧州も、抱えていた弱点をさらけ出してしまった。EUのもとでの結束をうたっていたはずなのに、爆発的感染が起きて悲鳴をあげたイタリアへの当初の対応は鈍かった。ユーロ圏の財務相会合で何とか経済対策案をまとめたものの、イタリアが強く求めていたユーロ共同債(コロナ債)の導入では是非をめぐる対立を解くことができなかった。
ここには、経済支援のあり方に関して長年続くEUの南北問題が影を落としている。ユーロ圏として共同で債券を発行して資金を調達すれば、経済が難局にある国は助かる。だが、ユーロ圏各国が皆で借金を背負うのは御免だとして、ドイツやオランダなど北部の欧州諸国がゴーサインを出さない。
ユーロ共同債で対立
共同債の構想は、ギリシャに端を発した2010年代前半のユーロ危機の際にも議論されたことがある。ユーロ圏は通貨を統一し金融政策を一元化したのに、財政運営については各国が手放さず、ばらばらにやっている。ユーロ危機を防ぐためには、加盟国を財政面で支援する体制を強化すべきだという考え方が、共同債構想にはあった。
一方の反対派は自国の負担を嫌い、もっと穏やかな支援の枠組みで十分との立場だ。EUの基本条約には「非救済条項」と呼ばれる規定があり、他の加盟国の債務引き受けを禁じてもいる。だが、例外規定もあり、今回の危機に対処するための一時的な措置として踏み出すかどうかは政治判断のはずだ。
南部欧州への連帯示せるか
ドイツでもジグマー・ガブリエル前外相は、イタリアとスペインを支援するため、すべてのユーロ圏諸国がユーロ共同債のようなかたちで借金を分け合う必要があると説いている(注6)。
共同債を見送ったとしても、別の手段を動員してEUが南欧諸国への連帯を示すことができるかどうかは、今後の欧州の政治情勢にも影響を及ぼすだろう。イタリアでは、経済危機とEU批判を結び付けて国民の支持を得ようとするポピュリズムの政治家が虎視眈々と機会を伺っている。
途上国の感染拡大に不安
米国も欧州も内向きになる中で、不安が高まっているのが途上国での感染拡大だ。医療体制が弱く、膨大な貧困層を抱えるアフリカやインドで爆発的な感染拡大が起きれば、先進国以上に悲惨な状況になるのは目に見えている。そうなってから支援に乗り出したのでは遅い。
中国や先進国が感染拡大に歯止めをかけることができても、ほかの途上国が次の感染の中心地になれば、グローバルな感染の連鎖が止まらなくなる恐れがある。途上国の感染防止は先進国の問題でもあるのだ。
心もとない支援体制
G20が途上国支援のために債務返済猶予に踏み出したというニュースは、国際協調への前向きな一歩だ。国際機関にも途上国への経済支援の動きが出ている。だが、途上国の感染拡大が本格化すれば、次元の異なる規模の支援が必要になるだろう。予防し、備える国際的な体制は心もとないというしかない。
ではどうするか。リーダーのいないGゼロ状態が深まるのを防ぎ、米中が多国間の場で建設的に協力するよう仕向けることだ。当たり前のようだが、奇策はない。危機のときこそ王道を目指すべきだろう。
G20にコアグループ
まずはG7でもG20でも、いまある枠組みを活用することからだ。問題は、G7には中国とインドの姿がなく、G20では参加国の数が多過ぎて動きが鈍いことである。
両者の欠点を補うために、非公式なコアグループをG20の中に設ける手がある。元米国務次官のニコラス・バーンズ氏は、米国、中国、インド、日本、ドイツの5カ国首脳によるG20の「ステアリング(運営)グループ」の創設を提案している(注7)。これだとアジアの国が多過ぎるというなら、フランスの大統領かEUの代表(欧州委員長)を加えるのも選択肢だろう。
平時になかなかできないことでも、有事になると利害対立を置いて前に進むことがある。G20首脳会議が誕生したのは、2008年のリーマン・ショックが契機だった。
Gゼロから新G5へ?
新型コロナ危機という歴史的有事に立ち向かうため、新たな協議の仕組みを試してみる価値はあるのではないか。暫定的という位置付けで始めて、うまくいけばそっちが主役になってもいい。新たな「G5」の誕生である。この5カ国がグローバルな難題に協力して取り組めば、いまのG7やG20よりずっと効果的なはずだ。
危機を克服するには、Gゼロの無重力状態を脱する努力が欠かせない。それは足元のコロナとの闘いだけでなく、アフター・コロナの世界が正常に機能するためにも必要だ。
(注1) Kurt M. Campbell and Rush Doshi, “The Coronavirus Could Reshape Global Order,” Foreign Affairs, March 18, 2020
(注2) Henry Farrell and Abraham Newman, “Will the Coronavirus End Globalization as We Know It?” Foreign Affairs, March 16, 2020
(注3) Joseph S. Nye, Jr., ”China and America Are Failing the Pandemic Test,” Project Syndicate, April 2, 2020
(注4)「コロナと世界 テクノロジーが権力に」(2020年4月9日付日本経済新聞朝刊)
(注5) Dani Rodrik, ”Will COVID-19 Remake the World?”, Project Syndicate, April 6, 2020
(注6) Sigmar Gabriel, “The Lethal Threat of COVID-19 Isolationism,” Project Syndicate, April 1, 2020
(注7) Nicholas Burns, “How to Lead in a Time of Pandemic,” Foreign Affairs, March 25, 2020
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