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刀祢館久雄のエコノポリティクス

アフター・トランプの世界 

 

2020/06/25

 再選をめざすトランプ米大統領の苦戦が伝えられている。新型コロナ禍と人種差別問題への対応が批判され、頼みとする経済も秋の大統領選までにどれだけ回復するか不透明だ。選挙で重要な激戦州で民主党のバイデン候補の後塵を拝する世論調査も出ている。今日が投票日ならバイデン氏勝利となっておかしくない情勢のようだ。

バイデン政権になると何が変わるのか

 もちろん4か月以上も先の選挙までに何が起きるかわからないし、前回2016年の大統領選で大方の予想を覆してトランプ氏が勝ったことも記憶に新しい。選挙の結果を占うのはこの論考の目的ではない。しかし、来年1月にトランプ氏が退場する可能性がかなり出てきたのだとすれば、それが何を意味するのか、そろそろ考えておきたい。バイデン氏が大統領になれば世界は何が変わり、何が変わらないのか。日本にとっての意味はどうか。

 まず常識的な線として、外交のスタイルは大きく変わるだろう。米国第一主義を振りかざしたり2国間のディールを偏重したりすることはなく、国際的な取り決めや国際機関を尊重する路線をアピールするはずだ。

 例えばバイデン氏は、大統領になったら就任初日に地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に復帰すると表明している。米誌に寄稿した外交政策に関する論文をみると、トランプ政権が離脱したイランとの核合意への復帰や、2021年2月に失効するロシアとの新START(新戦略兵器削減条約)の延長も検討する意向のようだ(注1)。世界保健機関(WHO)に対しても、決別を表明したトランプ大統領のような極端なアプローチは取らず、関係を維持しながら米国の国益を反映させようとするだろう。

厳しい対中姿勢は継続へ

 一方、「トランプ前」には戻らず、いまの流れが少なからず続くとみるべきものがある。その筆頭格は、中国に対する厳しい姿勢だ。

 トランプ政権になって対中政策は格段に強硬になり、いまや中国への警戒感と不信感、対抗意識は共和党、民主党を問わない超党派のものになった観がある。だれが大統領になってもワシントンの対中観が大きく変わることは考えにくい。キャッチアップまでにまだ時間がかかると予想していた中国が技術分野などで急速に力をつけ、米国の支配的地位が安泰といえなくなってきたことや、習近平体制が米国と並ぶ世界最強国家になる野心を隠さなくなったことが背景として大きい。

オバマ時代から始まっていた流れ

 オバマ時代の対中関与政策に戻るくらいなら、トランプ路線のほうがよい――。「日本政府当局者」のY・Aという人物が書いたというこんな趣旨の論考がこの4月に米誌「アメリカン・インタレスト」に掲載され、一部関係者の間で話題になった。「対決的な対中戦略の長所」と題するこの寄稿は、東西冷戦終結後はじめて中国の問題を正しく認識した大統領としてトランプ氏を称賛し、以前の政策には戻ってほしくないと主張している(注2)。

 バイデン氏が副大統領だったオバマ政権は、関与(対話)と抑止(圧力)の両にらみで中国に態度の変化を促す姿勢を最後まで捨てず、それが中国を甘やかしたという批判がある。だが、もしこの論考の筆者がバイデン政権になればそうした政策を選ぶと考えているとすれば、短絡に過ぎる。先に述べたように、米国が中国に対して融和的な態度を取ることはまずないからだ。

 オバマ時代についても、実際には米国の対中観は政権後半のころにはかなり厳しくなっていた。関与よりも抑止重視に重点は移っていた。トランプ政権になり、いよいよ忍耐の限度を超えたという空気が米国で強まったのは、突然の路線変更ではなく、オバマ時代から累積していた対中失望感の延長のこととみるべきだ。流れは既に始まっていたのである。

対中包囲網への協力要請も

 むしろ日本が心配すべきなのは、バイデン政権のもとで米中の確執が一段と高まり、対中包囲網への協力を求める強い圧力がかかってくることではないだろうか。

 トランプ政権の対中アプローチは自国優先であり、二国間取引が基本だ。中国の通信機器大手、華為技術(ファーウエイ)締め出しのように、安全保障にかかわる分野では第三国に同調を求めることもあるが、通常の貿易交渉は中国との直接交渉にまい進した。多国間のルールや自由貿易体制の維持・強化への関心は薄く、自国への利益誘導しか眼中にないかのようだ。

 バイデン氏の手法は大きく異なり、アジアや欧州の同盟国などと連携体制を敷いて中国と向き合おうとするだろう。多国間主義の旗を掲げるにしても、本音のところでは単独で渡り合うよりも数を頼んだほうが、中国に圧力をかける上で効果的という打算も働くかもしれない。

 バイデン氏がどういう対中政策を取るか、予想すれば以下のようになる。トランプ氏ほど貿易赤字減らしそのものに執念を燃やすことはなさそうだが、技術をめぐる覇権争いには敏感で、米国の優位を死守しようとする。安全保障を理由に、中国による米企業買収や重要技術の流出を防ぐ手立てに力を入れる。世界貿易機関(WTO)など国際機関を再活用し、中国を米国主導のルール体制のもとで管理しようとする。重要な製造業の生産を中国に委ねず、経済のデカップリングをある程度進める。人権問題や民主主義の擁護に向けては断固とした姿勢で臨む――。

「どちらの味方か」迫られる悪夢

 同盟国などとの共同行動に熱心といえないトランプ氏と異なり、バイデン政権になれば米国の対中政策への同調と協力を求めてくることが増えるだろう。一方、日本やアジア諸国は中国と経済関係が深いだけでなく、地理的に近く軍事・安全保障面での脅威にさらされている。中国を過度に刺激し、敵対関係に陥ることは避けたい。米国が中国との対立をエスカレートさせたうえで、「どちらの味方なのか」と迫ってくるのは悪夢のシナリオだ。

 シンガポールのリー・シェンロン首相は米誌への「アジアの世紀の危機」と題する寄稿で、「アジア諸国は米中どちらかを選ぶよう強制されたくない」と再三強調している(注3)。日本は対米関係が最重要だが、かといって中国と決別してよいはずがない。他のアジア関係国とも連携しながら、踏み絵を踏まずにすむ方策を探ることが中長期的に一段と重要になっていくだろう。

 バイデン政権になった場合に予想される外交の変化として、トランプ時代に悪化した欧州との関係が改善するだろうことにも注目したい。トランプ大統領はパリ協定からの離脱表明や、北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)を軽視するような態度で欧州を深く失望させ、メルケル独首相との関係もよくないのは明らかだった。

米欧関係は改善へ転換

 バイデン氏はNATOについて「米国の安全保障のど真ん中」と位置付けている。欧州との関係修復を急ぎ、欧州側もそれを歓迎するだろう。米欧関係の改善は日本にとっても望ましい話だが、いささか微妙な面もある。

 日本と欧州はいま異例なほど良好な関係にある。EUと2018年に日欧経済連携協定(EPA)を結び、19年にはインド太平洋地域などでのデジタル・インフラ投資協力をうたう文書に署名した。接近の背景には、トランプ政権との関係がぎくしゃくした欧州側が、対日関係強化に積極的になったことがあった。

 トランプ氏が去って米欧関係が好転すれば、欧州側の日本への関心は熱量が下がっても不思議ではない。米国もいまほど頻繁に日本と首脳同士で連絡を取り合わなくなるかもしれない。米欧関係が冷えていたことが日本の相対的な価値を高めていたのだとすれば、その一定の巻き戻しが起こり得るだろう。

 米国と欧州の間にも、中国との距離をどう取るかという点や対ロシア政策、IT(情報技術)企業へのデジタル課税問題など懸案や波乱要因は少なくない。コロナ禍による経済停滞と財政負担の拡大で米欧ともに余裕がない状態が続けば、関係改善は一筋縄にいかないかもしれない。それでも基調が変わる点は大きい。米中と米欧という2つの太い関係軸の変化を踏まえながら、日本は外交戦略を練り直していく必要がある。

日本がめざすべきことは

 トランプ大統領が再選されれば、米国の混迷はさらに続くだろう。一方、バイデン政権が誕生したとしても、世界がどれだけ落ち着きを取り戻すかはわからない。対中だけでなく、ロシアや北朝鮮にうまく対応できるのかといった不安はぬぐえない。トランプ氏のほうが日本に好都合などと考えるのは言うに及ばず、かといってアフター・トランプの米国に過大な期待を持つこともできない。

 リー首相は先の寄稿文で、アジア太平洋地域で大きな影響を持つのは米中だけではないとし、特に日本の貢献の余地は大きいと指摘した。例として、環太平洋経済連携協定(TPP)から米国が離脱したあとに日本が米国抜きの11カ国による合意(TPP11)を主導したことをあげている。

 日本への期待の声は欧州からも聞かれる。米国の次の大統領がだれであろうと、日本がめざすべきなのは、米中のどちらからも必要とされ、アジアや欧州の各国から頼りにされる国になることだ。日本の振る舞いが一段と重みを持つと覚悟しなければならない。

(注1) Joseph R. Biden, JR., “Why America Must Lead Again,” Foreign Affairs, March/April 2020

(注2)Y.A., ”The Virtues of a Confrontational China Strategy,” The American Interest, April 10, 2020

(注3)Lee Hsien Loong, ”The Endangered Asian Century,” Foreign Affairs, July/August 2020

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