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刀祢館久雄のエコノポリティクス

バイデン政権で米国第一主義は変わるか

 

2020/11/09

 

  激戦の末にバイデン氏の当選確実となった米大統領選挙だが、12年前、同じ民主党のオバマ氏が当選したときの米国に見られた高揚感とはおよそ程遠く感じる。新しい時代への希望を託すというよりも、「トランプ氏支持か反対か」をめぐる泥仕合にほとんど終始してしまったせいだろう。

 世界の多くの国からは、次期政権が国際協調重視に動くことへの期待が高まる。確かに、この4年間に失われたものがある程度回復するはずだ。トランプ氏の金看板だった「アメリカ・ファースト」という言葉はバイデン政権で使われなくなるだろう。

社会の分断が制約に

 それでは米国が自国優先の姿勢から脱却するかといえば、そう簡単にはいかないと思う。やはりアメリカ・ファーストではないか、と感じさせることがしばしば起こりうるのではないか。理由は3つある。

  1つは、改めて根深さが明らかになった米国社会の分断から来る制約だ。選挙で見せつけたトランプ支持の岩盤の固さと広範さには目を見張らされた。バイデン氏は過去最多の得票数だったが、トランプ氏も前回2016年を大きく上回る票を獲得して追いすがった。

 新型コロナウィルスへの対応をしくじったと批判され、得意の経済が大失速したにもかかわらず、この人気だ。コロナ禍がなければトランプ氏が勝っていたのかもしれない。

トランプ・エフェクト

  民主、共和両党の対決はこれからも攻守ところを変えて続く。共和党は連邦議会でも健闘し、上院では多数派の座をうかがうところまで来ている。下院では多数派に及ばないものの議席数を伸ばす見込みだという。

  有権者の人口構成比などから党勢の維持に悩む共和党は、この4年の間に「トランプの党」になることを選んだのではないかと見えてしまう。アメリカ・ファーストの訴えが支持者に響くことも知った。いわばトランプ・エフェクト(効果)だ。敗北をなかなか受け入れないトランプ氏の評価はともかく、共和党は4年後のホワイトハウス奪還を目指し、民主党に非妥協的な姿勢で臨むことになるだろう。

 もし年明けに決着する上院選挙で共和党が多数派を押さえる結果となれば、バイデン政権は議会の片方を野党が制するねじれ状態に直面する。のっけから法案審議や閣僚人事の承認で苦労することになる。民主党が公約として掲げる富裕層への課税強化や法人税引き上げ、各種規制強化などは共和党の抵抗にあい、計画通り実現しない可能性が高まる。

  議会との対立で政策運営が滞れば、国内の政治課題にエネルギーを集中せざるをえなくなり、政権は否応なく内向きになるだろう。外国に寛容な態度で接したり、国際協調路線を貫いたりする余裕を失う恐れがある。

新型コロナの険しいハードル

 バイデン政権で予想される経済政策には、米企業の国内回帰を促す施策や、環太平洋経済連携協定(TPP)への慎重姿勢といったものも伝えられている。選挙で取り込みを狙った激戦州の白人労働者層も意識した政策が打ち出されてくるだろう。トランプ政権とは大違いであれ、保護主義的な政策は根強く残るとみる必要がある。

  2つめは新型コロナの影響だ。米国は約23万人と世界最多の死者を出し、足元で新規感染者が増え続けている。次期政権は発足とともに、最優先で感染拡大の封じ込めに取り組まなければならない。

 トランプ氏の対応を厳しく批判してきたバイデン氏だが、舵取りに失敗すればたちまち批判にさらされるだろう。当分はコロナ禍への対応に追われる日々にならざるをえない。

対中政策で混迷も

 3つめは対中政策だ。中国への厳しい姿勢はいまや超党派のものであり、バイデン政権になっても変わらないというのが関係者のコンセンサスだ。ただし、トランプ政権と異なり、同盟国や有志国と連携しながら中国と向き合う、より集団的なアプローチを取ると予想されている。

 だが、それは必ずしも日本や欧州の言い分をよく聞いてくれることを意味するわけではない。ワシントンの対中政策の根幹は、技術と安全保障分野の優位性を保ち、米国の支配的地位を守ることにあるといってよいだろう。バイデン氏の頭の中にあるのも、まず自国の優位と国益を確保することであり、その目的のために仲間の国々を束ねるリーダー像を描いているはずだ。

 次期政権で対中政策が混迷するシナリオも否定できない。トランプ政権よりも人権問題重視の姿勢は強まり、政策の優先順位が時にわかりづらくなることも考えられる。政権人事のゆくえも気になる。

  バイデン政権の国務長官候補として、オバマ政権時代に国家安全保障担当の大統領補佐官を務めたスーザン・ライス氏の名前が取りざたされている。ライス氏は対中協力に積極的で、かつて中国側が提唱した「新型の大国関係」について「稼働を目指す」と前向きな発言をしたことがある。バイデン政権の中枢に入れば、対中警戒派と激しい綱引きが生じかねない。

自国優先が必然に

 ワンマン体制だったトランプ時代と異なり、バイデン氏は幹部らに政策運営を分け持たせるスタイルが予想されている。トップの思いつきに振り回される事態は減るだろうが、代わりに大統領には調整能力が問われる。サンダース上院議員のような党内左派の主張にどう応じるかも課題だ。

 もとより、米国が国際秩序を支えるリーダーとして気前よく振る舞う時代ではなくなっている。そこに国内の格差拡大と社会の分断、コロナ危機が加わり混沌としているのがいまの米国だ。だれが政権を担っても、ある種の自国優先でなければもたないのが現実だろう。

 バイデン氏は大統領就任後、温暖化防止の国際枠組み「パリ協定」への復帰や世界保健機関(WHO)からの脱退撤回、イラン核合意への復帰を含めた再検討など、トランプ時代と一線を画す政策に次々と着手する見通しだ。欧州との関係修復にも動くだろう。

 政権初期には勢いがあっても、米国内の力学に押されて、どこまで持続するかは不透明だ。日本や欧州、アジアの各国からは、新政権の政策展開を見守るだけでなく、重要な国際協力や枠組みに米国がコミットし続けるように仕向ける工夫が必要になる。

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