米中欧「G3時代」の足音
2021/02/17
バイデン米大統領が就任して間もなく1カ月になる。トランプ時代とはスタイルも政策も大きく変わった。おおむね予想通りの政権運営だが、それにはプラスの面と不安を呼び起こす面とがある。
プラスの面は、米国の大統領らしい落ち着きと政策の予見可能性が相当程度戻ってきたことだ。予告通り、国際協調を重視する発言を繰り返していることも同盟国としては心強い。一方で不安を感じるのは、脱トランプ・反共和党の路線を鮮明にし過ぎて米国内の分裂を悪化させないかという点、そして中国に対する新しい戦略が見えてこないことだ。
欧州首脳との電話を優先
バイデン氏は就任後、まず隣国のカナダとメキシコ、次いで欧州主要国やロシアの首脳と電話で話をし、その後に日本、韓国、インドの首脳を済ませてから2月10日(米東部時間)に中国の習近平国家主席と電話会談をした。この順番には意味がある。
トランプ時代に大きく傷ついた米欧関係を修復する意向を示したこと、そしてアジアの中で中国を後回しにしたことだ。昨年11月に当選を確実にしたあとも、電話で話をしたのはカナダと欧州主要国からだった。
バイデン氏は外交を担う国務省を2月4日、国防総省を10日に訪れ演説している。これらから受けた印象は、バイデン氏が中国を外交の最重要課題と認識し、力強く対応したい意向を持ちながらもまだ具体的な戦略を描けていないことだった。
見えない対中戦略
例えば4日の国務省での就任後初の外交演説は、意気込み先行の印象が強かった。「アメリカは戻ってきた。我々の外交政策の真ん中に民主主義が戻ってきた」とうたいあげたのはよい。トランプ時代の狭量な自国優先主義を排し、民主主義と同盟国を尊重するのは日本や欧州の期待にもこたえるものだ。
しかし、こうした姿勢は就任前から見せてきた。知りたいのはその先だが、中国への言及は拍子抜けするほどあっさりしていた。「最も重大な競争相手」と呼び、攻撃的で威圧的な行動や人権、知的所有権の侵害に立ち向かう決意を示したが、同時に、「米国の利益になるとき」には北京と協力するとも述べた。そのあとに気候変動問題や感染症対策での国際協力の重要性を説いたのは、中国との対話に前向きなシグナルを送りたいのだと読める。
歴代米政権との違い出せるか
習主席との電話会談の内容も、伝えられる限りでは予想を超えるものではなかった。米側の発表によると、バイデン氏は「自由で開かれたインド太平洋」を守る意向を示し、中国の威圧的で不公正な経済行動や香港、新疆ウイグル地区の状況、台湾への対応に「根本的な懸念」を伝えた。新型コロナウィルスや気候変動、兵器の拡散防止問題についても協議したという。
バイデン氏が前政権からの厳しいトーンを維持し、人権問題などではトランプ氏より毅然とした態度を示そうとしているのは確かだ。弱腰と見られるリスクも相当意識しているのだろう。しかし、懸念を伝えるだけでは大して響かない。協力関係の構築も含めテーマに応じて是々非々でというだけなら、単なる成り行き任せに陥りかねない。
もちろん、政権発足からまだ日は浅く、対中戦略が検討中であっても不思議ではない。バイデン氏は国防総省での演説で、省内に設置された作業チームが数カ月以内に対中政策に関する勧告を出すとも述べている。トランプ氏のように思い付きで先走って混乱を招くことのないよう、拙速を避けるのは賢明だ。とはいえ、紆余曲折の末に対中や対北朝鮮の政策がうまく機能せず、対応に手を焼くパターンにはまり込む心配はないのだろうか。
キャンベル氏の対中失望感
バイデン政権のアジア政策とりまとめで重要な役割を果たすと予想されるのは、インド太平洋調整官に任命されたカート・キャンベル氏だ。オバマ政権の前半に東アジア・太平洋担当の国務次官補を務め、アジア・ピボット(のちにリバランス)と呼ばれるアジア重視の政策にかかわった人物だ。米中関係の苦い歴史を知るだけに、どう経験を生かすか注目したい。
オバマ政権はアジアに高い関心を寄せたものの、中国を抑止する手立てが弱く、習近平体制のもとで野心的な政策を繰り出す中国の膨張を抑えることはできなかった。2013年に政権を離れたキャンベル氏は、18年にフォーリン・アフェアーズ誌の共著論文で中国への失望感をあらわにし、中国の変化を期待した長年の米国による対中政策はうまくいかず、もはや希望的観測は捨てなければならないと論じた(注1)。
アジア重視といいながら、オバマ政権の末になっても予算や人員は他の地域に手厚く配分されており、例えば国家安全保障会議(NSC)のスタッフの人数は中東が東アジアと東南アジア合計の3倍にのぼっていたという。
キッシンジャー氏の分析に着目
キャンベル氏はホワイトハウス入りする直前の今年1月にも共著で同誌に寄稿した(注2)。タイトルは「米国はアジアの秩序をいかに強化できるか」。共著者は米ブルッキングス研究所の専門家ラッシュ・ドッシ氏で、キャンベル氏とともにバイデン政権入りしている。興味深いのは、キッシンジャー元米国務長官の若かりし日の著作に言及しながら、勢力均衡(バランス)と正統性(レジティマシー)の2つがアジアの安定に肝要だと指摘している点だ。
キッシンジャー氏は1950年代が初版の著書「回復された世界」(邦訳書は「キッシンジャー 回復された世界平和」(注3)で、ナポレオン戦争後の19世紀の欧州がウィーン体制のもとでその後100年にも及ぶ「長い平和」をなぜ実現できたかを分析している。そのキーワードが勢力均衡と正統性であり、キャンベル氏らはいまのアジアでもこの2つが保たれたときに地域の秩序が機能すると主張する。
勢力均衡と正統性の2つがカギ
わかりやすく言い換えれば、中国の力任せによるアジア支配を防ぐために、関係国が集団で対抗できるパワーを確保したうえで(勢力均衡)、多国間のルールや規範(正統性)に中国をピン止めする戦略だ。バイデン政権は国際協調路線と言われるが、秩序を維持するにはパワーが不可欠というリアリズムの考え方も重視していることがわかる。
問題はそのためにだれが何をするかだ。キャンベル氏らは、あらゆる分野を対象とする対中の大連合を構築するのでなく、個別のテーマに応じて様々なグループを組織すべきだと説く。民主主義10か国によるD10とか、通商、技術、サプライチェーンなどの問題に対応するグループといったものだ。日米豪印の4カ国による「Quad(クアッド)」の拡大や、日米印によるインフラ投資協力、人権問題に関心の高いグループなども考えられるという。
バイデン政権がそうした展開を目指すのであれば、組むべき相手はアジアの域内にとどまらない。中国の政治・経済パワーは世界の隅々にまで及んでおり、アジアを超えた枠組みで向き合う必要があるからだ。とりわけ欧州の存在感がこれから高まっていくだろう。
アジア関与強める欧州
地理的に遠い欧州だが、アジアへの関与をいま急速に強めている。成長市場としての観点だけでなく、中国をグローバルな秩序を揺るがしかねない存在として見るようになったことも大きい。アプローチは経済から安全保障分野まで多岐にわたる。
欧州連合(EU)の欧州委員会は2019年に中国を「異なる統治モデルを増進するシステミック(体制上の)ライバル」と呼んで警戒心を露わにするようになった。インド太平洋地域に関してフランス政府は18年に安全保障報告書を公表し、ドイツも20年9月にガイドライン(指針)を閣議決定して関心の高さを示している。
ドイツはこの地域へのフリゲート艦派遣を検討中とも報じられている。既に日本と外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を開いている英仏に比べドイツは安全保障分野での対応に慎重だったが、空気は変わりつつある。
独自の距離感と打算も
欧州との関係修復に動くバイデン政権への期待も高い。米国の政権交代を控えた20年12月に欧州委員会は、米欧間で新たな協力関係を構築するよう呼びかける文書を発表した。新型コロナ対策、気候変動などの環境問題、技術と貿易、民主主義などを協力の候補にあげており、米側の思惑と重なる部分は多そうだ。インド太平洋地域をめぐる問題でも米欧が協力できる領域は多いだろう。
ただし注意すべきなのは、アジアへの関与を深めるにあたって欧州は必ずしも米国や日本の応援団になるとは限らず、独自の距離感や打算をもとに動こうとしていることだ。中国に対する懸念の多くは共有するものの、米中の覇権争いには巻き込まれたくない。米との同盟関係への依存度は日本ほど強くないし、マクロン仏大統領のように欧州の相対的な「自立」に関心の高い首脳もいる。
その例として、米欧協力を提唱したのと同じ12月にEUが中国との間で投資協定の大筋合意に踏み切り、米国に冷や水を浴びせたことがある。米側関係者は欧州との事前協議を望んでいたもようだが、新政権ができて対中接近に横やりが入る前にEUはドイツ主導で中国との合意をまとめてしまったという見方もある。
脱炭素社会へ先頭走る
アジアへの関与にとどまらず、欧州の存在感はグリーン(環境)やデジタルといった経済社会の歴史的変革につながる領域でも高まっている。日本では菅義偉首相が「ポストコロナの成長の源泉」としてグリーンとデジタルをあげているが、EUの欧州委員会はコロナ禍の前からこの2つを重点分野に掲げていた。気候変動対策など環境問題への対応を社会の中心に据える価値観と、そのためのイノベーションを新たな産業創造につなげる発想で欧州は世界の先頭を走る。
EUは環境対策が十分でない国からの輸入品に対する「国境炭素税」の導入を目指す方針も打ち出している。米国はバイデン政権になって環境問題重視に転換しつつあり、欧州の炭素税構想と足並みをそろえる可能性が出てきた。
世界最大の二酸化炭素(CO2)排出国である中国も60年までの排出量実質ゼロ目標を表明した。中国は再生エネルギーの導入に力を入れ、電気自動車の市場規模は世界最大級だ。脱炭素社会に向けたグローバルな競争と協力は米中欧の3者を軸に進んでいく構図がはっきりしてきた。
デジタル経済社会の領域でも米中欧が力を持つが、データの取り扱い方をめぐる考え方は三者三様だ。経済のデジタル化に伴い浮上した国際課税ルールでは、GAFAなど米IT(情報技術)企業からの徴税強化をめざす欧州と、自国の利益確保を優先する米国との調整がカギを握る。
米中欧の3者が軸に
国際秩序を支えるリーダーのいない「Gゼロ」論が説かれるようになって久しい。実態は米中と欧州の3者による事実上の「G3」になりつつあるのではないか。共同で世界を仕切るということではなく、最もパワーを有する3つの極という意味だ。
米欧は協力して中国に向き合うことも多いだろうが、ライバル関係にもある。3者が影響を及ぼす舞台はアジアやアフリカといった地政学的なものから、グローバルな環境問題、デジタル経済社会、感染症対策、人権・民主主義の問題、さらにサイバー空間の管理やAI(人工知能)の倫理問題などと広がり続けている。
いまの欧州に米中と対等に渡り合う実力があるのかという声もあるかもしれない。確かに足元ではコロナ禍のダメージが大きく、経済成長率も米中に見劣りする。英国の離脱でEUは傷付いたし、強力な政治指導力で欧州をけん引してきたドイツのメルケル首相は今年秋に退任する。
それでもEUのグローバルな影響力が衰えるようには見えない。英国が抜けたあとも、4億4000万人を擁する単一市場を背景とした規範やルールの形成・波及パワーは維持されるだろう。米IT企業の振る舞いに鋭く迫る規制など、米中のほかにこれほどの力を持つのはEUだけだ。
欧州にリベラル化の動きも
今後は欧州政治のリベラル化の動きにも注目したい。メルケル首相は中道右派の与党キリスト教民主同盟(CDU)の政治家だが、左派寄りの政策も取り込んで強固な政治基盤を築いた。1月に新たな党首に選ばれたラシェット氏も党内リベラル派とされる。緑の党が今年秋の連邦議会選挙で躍進して連立政権に入るという予想もあり、そうなればドイツ政治はさらにリベラル方向に動く可能性がある。
欧州統合から距離を置き、しばしば抵抗勢力にもなった英国が去ってEUは意思決定がしやすくなる面もある。激論の末に昨年12月に決着したコロナ対策の復興基金は、もし英国が加盟国として議論に加わっていたらさらに難航しただろう。中東欧の加盟国には異質な政治姿勢を崩そうとしない政権もあるが、EU全体としてはリベラル寄りの政策志向が強まってもおかしくない。
米中と欧州による「G3」といっても、非公式な実態を表すものに過ぎず、もっと本格的な国際秩序として米中のG2時代だとか、それに代わるものなどが現れるまでの過渡的なものかもしれない。そうだとしても、米中関係の過度の不安定化を防ぎ、将来の秩序が望ましくない方向に行くのを食い止めるためにも、これからの局面はきわめて重要になるだろう。
日本もルール形成に影響力を
日本は対米関係が最重要とはいえ、欧州と中国からも重視されるいまのポジションを維持する必要がある。影響力をどうやって及ぼすか工夫していかないと、さしたる特長のないミドルパワーとして埋没しかねない。それは日本の国益を損ねるだけでなく、アジアと世界の安定にとってもマイナスだ。
欧州との関係では、茂木外相が1月に日本の外相として初めてEUの外務理事会の会合にオンラインで出席し、インド太平洋の国際秩序などについて意見交換したのは地味でも意義のある一歩だった。グリーンやデジタルを含め、国際的な規範やルール形成に影響力を持つための取り組みも欠かせない。
日本は新しい分野や未知の領域で国際的な議論を先導するのが得意でない。だからといって流れを追うだけでなく、ときにはイニシアチブを取ってこそ一目置かれる存在でいられる。
(注1) Kurt M. Campbell and Ely Ratner, “The China Reckoning,” Foreign Affairs, March/April, 2018
(注2) Kurt M. Campbell and Rush Doshi, “How America Can Shore Up Asian Order,” Foreign Affairs, January 12, 2021
(注3)ヘンリー・A・キッシンジャー『キッシンジャー 回復された世界平和』(伊藤幸雄訳、原書房、2009年)
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