バイデン外交の勢いと気負い
2021/05/13
予想を上回る健闘ぶりではないか。米国のバイデン政権発足からもうすぐ4カ月となるいま、こう受け止める日本人は多いだろう。新型コロナウイルスのワクチン接種のスピード感、矢継ぎ早に打ち出した大規模な経済計画、そして同盟国重視と中国への毅然とした態度。史上最高齢で就任した大統領のエネルギッシュな政権運営は、確かに印象的だ。
イエレン財務長官や外交チームなど、経験豊かな幹部をうまく使っているように見えることも安定感を生んでいる。だが、問題はむしろこれからだ。経済対策はすべて実現できて十分な効果をあげられるのか、という点がひとつ。そして外交分野では、対中政策をはじめ、中長期的にどうゴールを設定してどう達成するのか、という戦略はまだよく見えない。
短期間での成果急ぐ
バイデン政権は、ともかく短期間で明確な成果を、というスタンスで全力疾走しているように見える。コロナ禍と経済への対応が緊急課題だから当然だが、それに加え、政治スケジュールに背中を押されている面もありそうだ。
来年秋の中間選挙では、早くも連邦議会における与党民主党の優位が脅かされかねない。過去を振り返ると、米国の中間選挙では野党が議席を伸ばしやすい。2009年に発足したオバマ政権は、翌10年の選挙で下院の過半数を共和党に奪われた。
その後の政策運営に苦労したことを、当時副大統領だったバイデン氏は身に染みているはずだ。トランプ政権も18年の中間選挙で、下院多数派の地位を民主党に奪還されている。
「小さな政府」からの歴史的転換なのか
いま78歳のバイデン氏は、年齢的に二期目まで全うできるのか不透明感が消えない。一期目の任期中、それも民主党の議会優位が確実な来年の中間選挙までに、行けるところまで行きたい。そして米国の立て直しに道をつけた大統領として歴史に名を残したい。そんな思いは強いことだろう。
経済分野で注目したいのは、超大型の財政支出と富裕層や企業への増税方針などが、レーガン政権以来の「小さな政府」に基づく新自由主義経済の潮流からの本格的な転換を意味するのかどうかだ。さらには、バイデン政権の重要課題である格差是正が、内向きの保護主義姿勢の維持と強化を伴うものなのかについても要注意だろう。
内向きといえば、バイデン政権が掲げる「中間層のための外交」というキャッチフレーズも気になる。外交といいながら、視線は選挙にらみで国内を向いているということなのか。国際協調重視というもうひとつの看板との関係はどうなのか。
「中間層のための外交」とは
この言葉を語るうえでカギとなる報告書がある。バイデン外交の中核を担うサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)らが、トランプ政権当時の2020年に発表したものだ。
サリバン氏はオバマ政権でバイデン副大統領の補佐官などを務めたあと、米カーネギー国際平和財団が立ち上げたタスクフォースに参加した。チームは米国の内陸部に位置するコロラド、ネブラスカ、オハイオの3州で地元関係者へのインタビューを数年かけて実施した。その調査成果をまとめたのが、「もっと中間層のためになる外交政策を」と題する報告書だ(注)。
報告書は、グローバル化が富裕層や多国籍企業を利して米国内の格差を広げたと指摘する。トランプ政権の外交政策への米国民の支持は少ないが、かといって伝統的な米国の外交政策に戻ることも求められていないとし、代わるべき新しい外交政策は、国内の政策と関連づけて運用すべきだと主張した。
アメリカ・ファーストの影
報告書は、投資を増やして競争力を強化することや、外国の不公正な貿易慣行と闘うこと、米国の世界での指導力を維持することなどを求めている(ただし、外国への過剰な介入は控える)。米国経済を底上げして国際競争力を確保し、国内の格差を是正する政策こそが、中間層のニーズにこたえるものであり、世界におけるリーダーシップや外交政策もそこにつながるものでなければならない、と読むことができるだろう。
個々の政策はまともに見えるが、もしその目的が過度に「米国の中間層のため」だとすれば、これも一種のアメリカ・ファーストではないかと思えてしまう。
バイデン大統領は4月28日の初の施政方針演説で、「ウォール街がこの国をつくったのではない。この国をつくったのはミドルクラス(中間層)だ」と述べ、中間層重視の姿勢を強調した。この路線に基づいて米政権は、国内産業と雇用を守るため環太平洋経済連携協定(TPP)に当分参加しない意向や、「米国雇用計画」の投資を米国製品に振り向けるバイ・アメリカンの方針を打ち出している。
新政権の関税政策も失望を誘う。前政権が中国に課した関税を継続するだけでなく、同盟国である日本や欧州の鉄鋼とアルミニウムへの追加関税も維持したままだ。アラブ首長国連邦(UAE)のアルミに対する追加関税については、トランプ政権が決めた解除方針をわざわざ撤回している。
保護主義と同盟重視の共存?
まさに米国第一の保護主義ではないか。日欧への仕打ちは、同盟重視の方針とどう整合性が取れるのだろうか。
バイデン政権がぶちあげた、法人税のグローバルな最低税率設定の提案についても、これぞ国際協調を主導するリーダーシップのたまもの、と手放しで評価する気にはなれない。この議論はもともと、経済協力開発機構(OECD)を中心とする枠組みで百数十か国が参加し、策定交渉を進めてきた新たな国際課税ルールのテーマのひとつだった。
ところがトランプ前政権は、交渉の別の部分に難色を示し、全体の議論を停滞させてしまった。他国からすれば、米国の協力姿勢への転換は歓迎だが、足を引っ張る迷惑行為をやめたに過ぎないといえる。しかもバイデン政権はいま、税収確保のために自国の法人税率を引き上げようとしている。自国が増税しても外国との競争が不利になりにくいよう、グローバルな最低税率設定に熱心になったと見ることもできる。
国際課税ルールにも自国の都合
もうひとつ、国際的な課税ルールについては重要なテーマがある。国境を越えるオンライン・サービスなどに対して、その市場となっている国が十分に課税できないという理不尽な現状の是正だ。トランプ政権が抵抗したのはこの部分の新ルールだった。
バイデン政権はこれに対して、世界の大企業100社程度を対象に、市場国が課税できるようにする案を示したと伝えられている。これも交渉を動かす要因になるが、米国にとってのミソは、GAFAのような米国の巨大IT(情報技術)企業を狙い撃ちするのでなく、より広い業種を想定している点にある。ドイツや日本の自動車メーカーも対象になるのかもしれない。
GAFAは巨額の利益を稼ぎながら、税負担率がきわめて低いと指摘されている。不満を募らせた欧州諸国やインドは、独自のデジタル課税を導入している。このままでは「市場国の反乱」ののろしが次々と上がり、米IT企業への請求書が積み上がりかねない。
そうなる前に、限定的な支払いで済む国際ルールを提案してケリをつけてしまいたい。同時に、米国で商売をしている外国企業からも税金を取り立てれば税収増にもなる。そんなしたたかな意図を感じる、バイデン政権の微笑み外交だ。
プラス面を引き出す努力を
さて、こう書いてくるとバイデン外交全般を非難しているように見えるかもしれないが、そうではない。米国の現状と他の選択肢を考えれば、相対的に期待を持てる政権であることは疑いない。政治家が選挙や国内世論を意識するのは当然だし、よく言われるように「外交は内政の延長」でもある。
要は、米国の内向き姿勢の弊害を極力抑えつつ、新政権のプラス面を最大限引き出すように日本をはじめとする同盟国が仕向けることだ。いい意味でのバイデン政権の気負いを、生かさない手はない。その点で、トランプ政権時代に危機に陥った主要7カ国(G7)の枠組みが、本来の機能を取り戻しつつあるのは朗報といえる。
対中戦略で一定の結束を示した5月のG7外相会合に続き、6月に英国で開くG7サミット(首脳会議)は、米国が自由主義諸国のリーダーとして復帰したことをアピールする政治ショーになるだろう。
G7内で相違が露呈も
もっとも、総論として結束を演じてもこの先、政策の各論段階になるとG7内部で立場の違いが露呈してくることは避けられない。対中政策では、強硬色を一段と強める米国と、経済関係とのバランスも考慮したいドイツなどとの間には温度差がある。ロシア政策についても、独ロを結ぶ天然ガス・パイプライン建設の是非をめぐり、米独は鋭く対立している。
国際秩序の管理と安定という点では、バイデン政権が長期的に実行可能で効果の高い対中戦略を描くことができるかどうかが、大きなポイントになる。強硬路線一辺倒で中国を刺激するばかりでは、いずれ手詰まりに陥るのは目に見えている。かといって安易に関与と対話の路線に切り換えれば、期待を裏切られた過去の失敗を繰り返すことになりかねない。
「戦略的曖昧さ」という言葉がある。台湾政策で米国は、有事の際に中国から台湾を防衛するのかどうかを明確にしていない。方針を明示することに伴う悪影響を考えてのことだ。米中関係では、相手が踏み越えれば行動を起こすというレッドラインを示してけん制すべき場合と、あえて曖昧にしておいたほうがよい場合との使い分けが必要になるだろう。すべてを一刀両断にしようとする姿勢は危い。弱腰ということとは別次元の話だ。
同盟国からのインプット
複雑で微妙な要素の多い米中関係だからこそ、同盟国とのすり合わせが一段と重要になる。米国の中間層を意識した外交と、同盟国の側から見ての利益を両立させる方策を、バイデン政権にインプットしていく努力もいるだろう。日本の場合、要請するばかりでなく、自らどう国際秩序の構築に貢献していくかが問われるのは言うまでもない。
かつて「我が国(米国)にとってよいことはGMにとってよいことだと私は考えてきた。その逆もしかり」と言ったGM(米ゼネラル・モーターズ)の経営者がいたという。バイデン政権の幹部なら、「米国の中間層にとってよいことは世界にとってよいことだ」と言うかもしれない。
ここは、その逆こそしかり、だ。「世界にとってよいことは米国の中間層にとってよいこと」。ひいては米国全体のためになる。そう米国が考えるように持っていきたい。
(注)”Making U.S. Foreign Policy Work Better for the Middle Class,” Carnegie Endowment for International Peace, 2020
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