世界の分断と建設的曖昧さ
2023/01/06
2023年はどんな世界になるだろうか。昨年は、ロシアのウクライナ侵攻と米中対立の深まりで、世界の分断が鮮明になった。どちらの側について、どういう価値観や利益を追求するのかが、何かと問われるようになった。
一方で、ひと筋縄にいかない複雑さもあるのが現実だ。譲れない一線や理念を守り抜きながら、簡単に割り切れない現実とどう向き合うべきか。
危うい「価値観のメンバー制」
米欧日などと、中ロなどの権威主義国家とが対立する中で、そこから距離を置く新興国や途上国の存在が注目されている。長引くロシアのウクライナ侵攻に嫌気を感じながらも、経済制裁には加わらない国が少なくない。
こうした国々を「グループ」と見ることはできない。一致団結して行動しているわけではないし、それぞれの国益やテーマに応じてどちらかにつくこともあり得る。
米国のバイデン政権は、「民主主義と権威主義の競争」という図式を強調するが、そうした価値観に基づく色分けを好まない国もあることを忘れるべきでない。21年に続く2回目の民主主義サミット開催を米国が呼び掛けたのは問題含みだ。どの国も自由に参加して議論するフォーラムならまだしも、米国が招待券を配る「価値観のメンバー制」なら、分断を助長しかねない。
台湾への曖昧政策は見直すべきか
サプライチェーンの再構築を目指すフレンドショアリングも、行き過ぎれば弊害をもたらす。軍事転用の懸念がある先端技術の流出防止など、安全保障上の正当な理由によるデカップリングは必要だ。しかし、本来の目的を超えて、米国が自国産業保護の道具として、あるいは中国の排除を目的に乱用すれば、賛同する国は広がりを欠くだろう。
米国がインフレ抑制法に盛り込んだ、北米で生産した電気自動車への税控除のように、地元優遇に走ったがために、フレンドであるはずの欧州や韓国、日本の反感を買う例も起きている。
国と国の間では、立場や方針をはっきり伝えることによって、相手を説得したり不適切な行動を取らないように抑止したりすることは重要だ。では、明確であればあるほどよいのか。台湾を巡る米中の駆け引きは、「戦略的曖昧さ」と呼ばれる米国の政策に関する議論を呼んだ。
バイデン大統領は昨年、中国が台湾に武力侵攻すれば台湾防衛のため軍事的に関与する旨、再三言明した。米国は長年、台湾有事の際の対応を明確にしない政策を取っている。ホワイトハウスは「政策変更はない」と水をかけたが、大統領の発言には中国をけん制したい思惑がありありとにじんだ。
過度の刺激は逆効果も
米誌フォーリン・アフェアーズは昨年11月にオンライン版で、この問題について50人以上の識者から得た回答を掲載した。曖昧政策の見直し支持派は、「もはや戦略的曖昧さでは中国を抑止できない。戦略的明快さこそ抑止に役立つ」などと主張する。
一方、曖昧政策の継続支持派は、「状況に応じて柔軟に対応できる余地があったほうがよい」「(関与の明言は)台湾独立の動きを刺激し、武力紛争への危険性が増す」などと指摘している。
ペロシ下院議長(当時)の訪台や、台湾への軍事支援を盛り込んだ国防権限法など、米議会は台湾問題で対中圧力を強めている。今年1月から共和党が多数派になった下院を中心に、さらに対中強硬路線に傾く可能性もある。
中国を刺激し過ぎれば、態度の硬化を招いて逆効果になる恐れが否定できない。中国が全面的な軍事侵攻でなく、限定的な介入を仕掛けてきた場合に、米側が切れるカードの選択肢は多いほうがよいということもある。少なくとも現時点では、あえて手の内を明かさない「建設的曖昧さ」のほうがよいのではないか。
防衛力拡充の目的
日本の役割は、米国を緊密にサポートすると同時に、不要な分断やリスクをもたらす行動をどの国も取らないように仕向けることだ。自由で開かれた国際秩序を積極的に推進することも欠かせない。米主導のインド太平洋経済枠組み(IPEF)に協力したうえで、そこにとどまらず、自由貿易体制の柱である環太平洋経済連携協定(TPP)に米国と欧州連合(EU)を引き込むよう、働き掛けていきたい。
政府が年末に決めた防衛力の拡充は、分断と対立でなく、地域の平和と安定に役立てなければならない。防衛費を北大西洋条約機構(NATO)が目指す水準と同じ国内総生産(GDP)比2%に引き上げるというのは、抑止力向上に向けた明確なメッセージになるだろう。だが、それだけでは不十分だ。
「我が国にとって好ましい国際環境を実現するためには、何と言ってもまずは外交力だ」。12月の記者会見で岸田文雄首相はこう話したうえで、外交力の裏付けとして防衛力を整備するのだと説明した。発言の通り、防衛力強化は外交を支えるためのものでないといけない。日本は今年、G7(主要7カ国)広島サミットの議長国で、1月から国連安全保障理事会の非常任理事国にもなった。外交力を発揮する大きなチャンスだ。
財源は曖昧さ排し明瞭に
国際秩序の安定に資する姿勢を明確にする一方で、曖昧にしてならないのは、大幅に積み増す防衛費の財源だ。増税が避けられないのであれば、国民に理解を求めて進めるしかない。12月に決めた23年度の与党税制改正大綱は、法人税、所得税、たばこ税の増税を示したものの、実施は「24年度以降の適切な時期」と曖昧にとどめた。
いま要する防衛のコストを将来世代にツケ回すべきではない。先送りや曖昧さを排し、「明瞭会計」にしてこそ、国際秩序に貢献する日本の決意を世界に明示することができる。
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