「独仏エンジン」の不調とEUの重み
2023/05/12
ロシアのウクライナ侵攻に揺れる欧州で、リーダーシップを振るうべきドイツとフランスが、いささか心もとない。ともに政権の支持率が振るわず、マクロン仏大統領は中国に融和的と受け取れる発言で批判にさらされた。対照的に存在感を高めているのが、欧州連合(EU)の政策立案・執行機関である欧州委員会だ。
軽いマクロン発言
問題視されたマクロン発言は、以下のようなものだ。4月上旬の訪中後のインタビューや記者会見で、台湾を巡る米中対立に関して、欧州は「我々のものでない危機」につかまるリスクに直面している、と話したり、米国の同盟国であることは「家来であることを意味しない」と述べたりした(注1)。
自国の独自性にこだわるのは、かつてのドゴール大統領をはじめ、フランスの伝統でもある。20年前、当時のシラク大統領がイラク戦争に反対して米国との衝突を辞さなかった過去もある。
アジアは地理的に遠いし、欧州には中国と世界一の座をかけて覇権争いをする意思もない。米国と一定の温度差があるのは衆目の一致するところだ。米国に追従すればよいというものでないのも、自明のことではある。とはいえ、ストレートで軽く、外交の機微をわきまえないコメントは、とても欧州を代表するものとは言い難い。習近平国家主席との長時間に及ぶ会談の後だっただけに、中国側にまんまと取り込まれたのでは、と疑う者がいてもおかしくない。
折しも、フランス海軍のフリゲート艦が4月に横須賀に寄港し、太平洋管区司令官が「フランスは太平洋国家だ」と発言したと伝えられた。この地域での存在感をアピールするフランスの戦略に、大統領自ら水をかける始末となった。
中国への警戒示した欧州委員長
これに対し、地味ながら注目すべきなのは、マクロン氏に同行して北京を訪れたフォンデアライエン欧州委員長だ。訪中に先立って彼女は、中国への警戒感を露わにする演説をブリュッセルで行った。①中国は「改革開放の時代」から、「安全保障と管理の新時代」へと転換した②中国共産党のゴールは、国際秩序を中国が中心のものに変えることだ――といった内容だ(注2)。
訪中締めくくりの記者会見でも、フォンデアライエン氏は中国市場の参入障壁や、知的財産権、技術移転の問題などを並べ立て、中国側と議論したと述べた。中国の人権状況にも「深い懸念」を伝えたという。中国側はマクロン氏を重視して手厚く遇し、フォンデアライエン氏の扱いと露骨に差をつけたようだが、彼女のほうこそ懐柔に努めるべきだったかもしれない。
フォンデアライエン氏は、決して対中強硬路線一辺倒ということではない。デカップリング(分離)には反対し、過度の対中依存に伴うリスクを除く「デリスキング」を説く。
欧州委員会は2019年春に、中国をシステミック・ライバル(体制上の競争相手)と位置付ける報告書を出して注目された。その後、一段と対中警戒感を強めている節がある。同時に、中国の重要性も認識しており、加盟国による姿勢の違いを踏まえながら、バランスをよく考えたかじ取りをしているように見える。
自国優先のドイツ
マクロン政権はいま、足元が大きく揺らいでいる。年金改革が猛反発を招き、支持率は20%台に沈む。年金の受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げるというのは、理不尽に見えないが、この大統領には強硬で高飛車な印象が伴うようで、国民を説得できないでいる。
欧州のリーダー格であるはずのドイツでも、ショルツ政権の基盤が不安定だ。首相が属する第一党で中道左派の社会民主党(SPD)の支持率は、20%前後で低空飛行を続けている。中道右派のライバル、キリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CDS)が10ポイント程度上回り、政権返り咲きをうかがう。
ショルツ政権は、環境問題や人権を重んじる緑の党と、ビジネス寄りとされる自由民主党(FDP)が加わる3党の寄り合い所帯だ。それぞれの党の個性や志向性が時に強く現れる。
EUは、2035年に内燃機関(エンジン)で走る自動車の新車販売を全面禁止する方針を決めようとしたものの、ドイツが土壇場で異を唱え、合成燃料を使う車を認めさせた。自動車業界に配慮するFDPの意向が、前面に出た結果のようだ。EUの協調よりも、しばしば自国優先に走るショルツ政権の姿勢は問題含みだ。
わかりづらい対中姿勢
緑の党は、対中、対ロシア政策で厳しい姿勢を見せる。一方、SPDは、かつてのブラント首相の東方政策以来、ソ連・ロシア重視の伝統があった。
22年2月のロシアのウクライナ侵攻を受けて、ショルツ首相は「時代の転換点」を表明し、従来の政策を見直すことをアピールした。ウクライナへの戦車供与にも踏み出した。しかし、ドイツがどれくらい変わるのか、見極めるにはまだ時間が必要だろう。対中姿勢も、ビジネス関係を重視してきたドイツがどこまで毅然とした態度を取るのか、現時点ではわかりづらい。
第2次世界大戦後の欧州政治は、ドイツとフランスの首脳による協力関係がしばしば動かしてきた。この「独仏エンジン」は、ショルツ―マクロンの組み合わせになってから、錆びついてしまったようだ。
連携プレー下火に
冷戦終結に伴う1990年の東西ドイツ統一と、欧州単一通貨ユーロの導入は、当時のコール独首相とミッテラン仏大統領の連携が、大きな役割を果たした。メルケル前独首相とマクロン氏は、新型コロナ禍からの復興に向けたEUによる巨額の基金創設を主導した。
いまの独仏首脳の組み合わせで、そうした重要な連携プレーは見られない。2人の相性があまりよくないという声も聞かれる。
EUにとっての明るい材料は、フォンデアライエン氏率いる欧州委員会の健闘ぶりではないだろうか。ビッグテック企業への規制や環境分野などで欧州発のルールが注目されているが、そうした規範形成パワーの発信源としてのEUをけん引する欧州委の影響力は侮れない。
欧州委員会は、EUにおける立法提案権を独占的に持っている。つまりEUの法律は、一部の例外を除いて欧州委の提案に基づいてのみ採択される。EUの予算案を提出する権限も欧州委だけに与えられている。提案された法案は、加盟国の閣僚級で構成するEU理事会と、直接選挙で議員が選ばれる欧州議会が共同で検討し、立法化する仕組みだが、どんな法令を提案するかは欧州委次第なのだ(注3)。
通商や独禁政策で強い影響力
EUの条約は、EUのみが法令を制定できる排他的権限を持つ分野として、通商政策、域内市場の機能に必要な競争法、ユーロ圏の金融政策など6つを定めている。欧州委員会が外国との通商交渉や、独占禁止政策で強大な影響力を振るう理由がここにある。
さらに、加盟国と権限を共有する分野に、域内市場、環境、エネルギー、消費者保護など13の分野がある。これらはEUと加盟国がともに立法権を持つが、EUが先に法律を制定すれば加盟国は権限を行使できなくなる。ここでも欧州委員会のイニシアチブが影響する余地は大きい。
これらに比べると、外交・安全保障の分野でEUの出番は控えめだ。EUの「外相」にあたる共通外交・安全保障上級代表というポストを置いているが、日本での認知度はいまひとつだろう。
EUでは理事会での決定にあたり、加盟国の人口を勘案した特定多数決制を一部の分野で採用している。外交・安全保障政策は全会一致が必要で、1か国でも反対すれば成立しない。そこで独仏伊など9カ国が5月4日、この分野で全会一致の原則を見直すよう提案した(注4)。提案が承認されるのは容易でなさそうだが、ウクライナ戦争を機に、EUとしての共同行動を求める声が高まっているようだ。
EUの将来、6割が「楽観」
新型コロナ禍とウクライナ戦争という2つの危機を受けて、EUの結束は強まったと指摘される。EUが今年2月に公表した世論調査では、EU市民の45%がEUにポジティブなイメージを持っていると答え、「ネガティブ」という回答は18%にとどまった。両者は、英国が国民投票でEU離脱を決めた2016年ごろには接近していたが、その後はトレンドとして差が開いている。EUの将来については「楽観視している」が62%と、悲観の35%を大きく上回ったというから少々驚く(注5)。
規範形成パワーとしてのEUに話を戻すと、AI(人工知能)の規制に向けた動きでもEUは先進国の先頭を走る。欧州委員会でAIや競争政策を統括するべステア―上級副委員長は、生成AIをEU全体で規制する新法をできる限り早く施行する方針を示している(注6)。
AI規制については、日本がガイドラインや自主規制による緩やかな規律を志向してきたのに対し、EUは厳格な法規制を目指す。4月の主要7カ国(G7)デジタル・技術相会合は、日米欧の思惑の違いからルールづくりの具体論に踏み込まなかった。日米との考え方の違いが埋まらなくても、EUは独自の法整備を進めるだろう。
デジタルの分野でEUは、競争と消費者保護の両面からビッグテックを規制する2つの強力な新法を策定した。デジタル市場法(DMA)とデジタルサービス法(DSA)だ。
グローバルな規範形成パワー
環境の分野でも、EUの規制・規範パワーは折り紙付きだ。脱炭素に向けて、規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税をかける炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入を予定し、話題になっている。人権とビジネスの分野では、企業がサプライチェーンの人権侵害のリスクを調べ、必要な対応を取ることを義務付ける規制案を検討中だ。
いずれも、EUが一方的に導入する措置が、EU市場に参入する外国企業を通じて、グローバルな規範として広がっていく可能性がある。EU基準に域外国もそろえたほうが、外国企業にプラスになるケースがしばしばあるからだ。そうした対外的な規範形成パワーを、米コロンビア大のブラッドフォード教授は「ブリュッセル効果」と呼ぶ。
日本経済研究センターは3月に、「EUの規範形成パワーの展望―グリーン・デジタル・人権」と題する報告書を、外部の専門家を招いてまとめた。そこでも、EUが新たなルールを導入する複数の分野で、ブリュッセル効果が発生する可能性が高いという分析が示されている(注7)。
戦略的自律とフレンドショアリング
EUの規範パワーも万能ではない。ロシアや中国がもたらす地政学的変動への対応、なかでも安全保障が経済を束縛するケースでは、ブリュッセル効果は効きづらく、別のアプローチが必要になる。EUが取り組むのは、特定国への過度の依存を避ける「戦略的自律」政策や、仲間との関係を強化するEU版のフレンドショアリングだ。ここでも、欧州委員会が調整・立案と旗振り役を務める。
この3月に欧州委は、戦略的な原材料の自給率引き上げを目指す「重要原材料法案」と、脱炭素に向けた「ネットゼロ産業法案」を公表した。いずれも中国への依存度を下げることを大きな狙いにしている。半導体の域内生産拡大のための「欧州半導体法案」も2022年に打ち出した。加盟国がばらばらに取り組むよりも、EUという枠組みを生かすことで効果を高めようとしている。
欧州委員会がパワーの発信源に
注意すべきは、こうした動きが保護主義につながるリスクだ。サプライチェーンの強靭化や脱炭素促進の名のもとに、特定国の排除や、域内への産業誘致・育成のための優遇策や差別的措置が行き過ぎれば危うい。米国についても同様で、米欧の補助金合戦を懸念する声も出ている。
EUの加盟国が内向きになったり、精彩を欠いたりしても、欧州委員会というどこの国にも属さない組織が、EU全体の利益のために政策を練り、法案を策定する。それがEUパワーの発信源になり、世界に大きな影響を及ぼす。欧州のしぶとさ、強靭さを支えるこの組織の動きは、もっと注目されていい。
(注1)“Europe must resist pressure to become ‘America’s followers,’ says Macron,” POLITICO, April 9, 2023, “Macron on Taiwan: ‘An ally not a vassal’, says France leader,” BBC, April 12, 2023
(注2)“Speech by President von der Leyen on EU-China relations to the Mercator Institute for China Studies and the European Policy Centre,” March 30,2023
(注3)EUの統治機能については、庄司克宏著『はじめてのEU法』を参照
(注4)「欧州主要国、EU『全会一致』見直し要請 外交分野で」(2023年5月5日、日本経済新聞電子版)
(注5)Standard Eurobarometer 98 – Winter 2022-2023
(注6)「EU、生成AI統一規制論」(2023年4月26日付日本経済新聞朝刊)
(注7)https://www.jcer.or.jp/research-report/paper-research-report
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