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刀祢館久雄のエコノポリティクス

膨らむ予算と政府税調の静かな警鐘

 

2023/09/15

 岸田文雄首相が新たな経済対策づくりに意欲を燃やしている。内閣改造と党役員人事で政権チームを再編したのを受けて、対策のパッケージを10月をめどに取りまとめ、補正予算案を編成する意向を示した。「必要な予算に裏打ちされた思い切った内容の経済対策」にするとしており、追加の予算は相当な規模にのぼりそうだ。

概算要求は過去最高規模に

 経済対策について首相は、13日の内閣改造後の記者会見で、「物価高から国民生活を守るための対策」、「構造的な賃上げと投資拡大の流れを強化する取り組み」などと説明した。魅力的に聞こえるが、裏付けとなる財政のゆとりはあるのだろうか。補正予算に続く来年度の予算についても、概算要求段階で過去最高を更新することが明らかになっている。

 財務省によると、8月末に締め切った各省庁からの2024年度予算の概算要求は、一般会計で総額114兆円3852億円にのぼる。110兆円を上回るのは3年連続だ。新型コロナ対策などで膨れた歳出規模を平時に戻すどころではない。

財源をどう手当てするか

 高齢化に伴う社会保障費の増加などにより、厚生労働省は約5800億円増の33兆7275億円、防衛省は9100億余り増で過去最大の7兆7050億円など、増額要求が目白押しだ。物価高対策や、子育て支援などの少子化対策は現時点で額を示さない事項要求になっており、これらが具体化されれば予算総額はさらに増えるだろう。

 もちろん、必要な支出は惜しむべきでない。介護報酬の引き上げは大事だし、脱炭素やデジタル化の資金は欠かせない。問題は、膨らみ続ける歳出の財源をどう手当てするかだ。岸田政権が重視する防衛、少子化対策、環境の3分野は、いずれも巨額の財源が必要で「財源3兄弟」とも呼ばれるという。

政府税調が包括的な答申

 政府の支出をまかなう最も基本的な財源は租税だ。しかし、納税負担が増えて喜ぶ有権者はいないから、政治家は身を切るような税制の議論を敬遠しがちだ。健全で持続性のある財政を前提とし、じっくり腰を据えた中長期的な税制の方向を決める議論は、なかなか盛り上がらない。

 そんな中で、6月末に岸田首相に提出された政府税制調査会の答申は、税制のあり方を包括的に検討したものだ。しかし、あまり世間の注目を集めることもなく、地味な存在にとどまっている印象だ。大胆な提言といった派手さに欠けるのが一因だが、このまま埋もれさせてしまうのはもったいない。

 地味とはいえ、答申には今後の議論のたたき台とすべき内容が書き込まれているからだ。政府税調という枠組みをもっと有効活用させる余地があるのではないか、とも思う。筆者は、政府税調の委員として答申とりまとめの議論に参加し、そう感じた。

 答申がどんなものだったかを振り返りながら、これらの点を考えてみたい。なお、本稿はあくまで個人的見解にもとづくものである(注)。

「そもそも」から説明

 「わが国税制の現状と課題―令和時代の構造変化と税制のあり方」と題する答申は、本文だけで260ページを超えるボリュームがある。前回の政府税調答申は2019年9月に出ているが、そのときは本文が26ページほどで、今回は約10倍になった。

 ひとつの理由は、租税制度の変遷や社会の変化の説明に、かなりのページを割いていることだ。「ですます」調の文体で、そもそものところから説き起こし、税制に詳しくないひとにも読んでもらおうという姿勢といえる。

 本文は2部構成で、前半が税制の基本的考え方と経済社会の構造変化、後半は所得税や消費税、法人税など個別の税目を論じている。前半で目を引くのは、租税の原則として、税負担の「公平性」、納税者の選択への「中立性」、制度の「簡素性」の3つに加え、「十分性」という第4のキーワードを示したことだ。

租税の「十分性」がキーワードに

 前の3つは、言葉からイメージを抱くことはさほど難しくないだろうが、租税の「十分性」とは耳慣れない言い回しではないだろうか。答申が資料として掲げた租税原則の表に、ワグナーの4大原則・9原則というものがあり、そこに出てくる「課税の十分性」の説明は、「財政需要を満たすのに十分な租税収入があげられること」となっている。マスグレイブの7条件というのもあり、こちらは「歳入(税収)は十分であるべきこと」だ。

 財政需要を満たすのに十分な租税収入が必要、といえば当たり前のことのようだが、歳出をまかなうには、国債を発行して資金を調達するなどの手もある。国債は既に巨額の発行残高が積み上がっており、政府債務残高の国内総生産(GDP)比は先進国で最悪レベルだ。少子高齢化が進むなか、借金を増やし続ければ将来世代への負担は重くなる。

 答申は、「先進国の中で最も厳しい状況にある我が国財政の現状」を踏まえれば、租税の「十分性」は、公平・中立・簡素の3原則と並んで重要なものと位置付けるべきだと主張する。そのうえで、「数が少なくなっていく将来世代一人ひとりの負担の重さに従来以上に配慮し、財政の持続可能性を損なわないために必要な負担を、能力に応じて広く分かち合う必要」があると指摘した。

世代を超えた公平性を確保

 つまり、「十分性」を考慮することは、現在の世代が担うべき負担を安易な国債発行などで先送りせず、世代を超えた公平性を確保することにつながる。さらに答申は、「公的サービスの内容や水準についても、租税を負担する国民が納得のいくものでなければなりません」とし、歳出の規模や中身を適切なものにする必要性も説いている。

 では、十分性の原則を踏まえ、税制をどう変えるかだが、答申はこうした原則論と個別税制の議論とをストレートに連結させてはいない。どの税制をいつ、どう変えるべきかという詳細なプランを描くのでなく、課題を洗い出し、検討すべき論点などを示すにとどめたのが、答申全体の性格だといえる。

消費税の重要性説く

 例えば消費税について、第2部の個別税制の部分を見ても、具体的に税率をどうせよとは書いていない。こうした点を物足りないと感じる人もいるだろう。しかし、代わりにこんな記述がある。「更なる増加が見込まれる社会保障給付を安定的に支える観点からも、消費税が果たす役割は今後とも重要です」。

 消費税は社会保障給付を支える大きな財源だ。高齢化に伴い、給付が増えるのに現役世代の人口が増えないのであれば、財源として消費税の役割を高めていかざるを得ないかもしれない。少なくともその可能性を排除すべきではない。岸田政権は消費税の引き上げに否定的だが、個人的には、いずれ見直しは避けられないと思う。答申の消費税の書きっぷりは地味で、具体的な方策までは示していないが、「十分性」の原則と合わせて読めば、自ずと検討すべき論点は浮かぶはずだ。

より踏み込んだ指摘の余地も

 政府税調という枠組みをもっと有効活用できないか、という点はどうか。政府税調は首相の諮問機関として、中長期的な視点から税制のあり方を提言するのが役目だ。一方、自民党にも税制調査会があり、そちらは毎年度の具体的な税制改正案を検討する。即時性、即効性という点では、党の税調のほうがずっとパワフルで目立つ。

 政府税調のほうは、生々しい政治から距離を置いた立場で、冷静にあるべき姿を提示することが求められるだろう。時の政権にとって耳の痛いことも含め、もう少し踏み込んで指摘する部分があってもよいと思う。答申をとりまとめた時点で、政府税調のメンバーは委員と特別委員を合わせて46人いた。2020年の1月に当時の安倍晋三首相から諮問を受けて以来、2度の政権交代を経て、答申ができるまで結果的に3年半の時間を費やしている。満を持して世に問うたはずの答申の、総じて控えめな書きっぷりは、少々惜しい気がする。消費税のくだりも、さらにわかりやすく書くこともできただろう。

独立財政機関も選択肢

 ひとつ、税制を今後検討する際に課題にすべきことを挙げておきたい。財政の健全性を確保していくために、独立財政機関の創設を検討してはどうか、という点だ。政府の経済見通しに基づく財政状況の試算は、ともすれば甘めになりかねない。政府から独立した中立の立場から、中期の財政や政策を検証する組織があってもよい。主要7カ国(G7)でこうした枠組みがないのは日本だけだという。米国には議会予算局(CBO)、英国には予算責任局(OBR)という組織がある。

 内閣支持率が冴えない岸田首相としては、国民に受けがよさそうな経済対策に資金を潤沢に投じて、政権浮揚につなげたいところだろう。次の総選挙や来年秋の党総裁選を乗り切るまでは、財源問題で波風を立てたくないという思いもあるかもしれない。しかし、歳出を膨らませる一方で、足りない分は国債を発行して埋めておくというその場しのぎを、いつまでも続けるわけにはいかない。先送りは、新たな先送りを呼ぶリスクがある。政府税調の発した「静かな警鐘」に、政治家も国民も耳を傾けてみるべきではないか。

 (注)答申の全文は以下を参照。 https://www.cao.go.jp/zei-cho/shimon/5zen27kai_toshin.pdf

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