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林秀毅の欧州経済・金融リポート

ECBの利下げとイタリア政治情勢の影響度―金利低下・ユーロ下落圧力一段と

 

2013/05/10

ECBの利下げよりも資金供給策活用に重き

 5月2日に開催された欧州中央銀行(ECB)政策理事会では、政策金利が0.25%引き下げられ0.5%となった。前回4月の記者会見で利下げの可能性について聞かれ、ドラギ総裁が「当面は( for the time being ) 据え置いた」などと発言していたこともあり、今回の利下げは想定通りだったといえる。さらに利下げ決定後に行われた今回の記者会見では、追加利下げは「今後の経済指標次第」であるとして、その可能性に含みを持たせた。

 今後の政策の方向性を考える上で、記者会見の内容については以下の3点が注目される。

 第1に、記者会見の中でドラギ総裁は、利下げの理由として、ユーロ圏の実質成長率が四半期ベースで大幅に落ち込んだこと、ユーロ圏のCPIが大幅に下落したことを挙げた。このように経済指標の悪化を確認後、政策金利を引き下げたため、今回の利下げはまさに想定の範囲内だった。記者会見では、今回の利下げは「小さすぎ、遅すぎた(too little too late)」のではないかという指摘があった。

 第2に、長期資金供給(LTRO)を少なくとも来年7月上旬まで約1年間延長することを中心に、銀行に対する資金供給策を強化した。ユーロ圏の金融危機は最悪期を脱しつつあるという基本認識を持つECBが今回、あえて資金供給策を延長・強化した意味は何か。ドラギ総裁は今回、欧州は米国とは対照的に企業の資金調達について銀行の占める比重が高いこと、そのため企業に対する銀行の貸し出しが一層増加する必要があることを強調した。そのため、ECBが資金供給策を強化する目的は、従来の金融危機対策から、企業の資金調達を後押しし景気のてこ入れを図るというより前向きな内容に変化しているのではないか。

 第3に、各国の財政赤字削減への取り組みについてドラギ総裁は、これまでに行われた取り組みの成果などに言及しつつも、財政赤字削減は中期的にプラスの効果を持っても、短期的にはマイナスの効果を生む可能性があること、緊急対応を行った時と比較すると現在は時間の余裕があり、自ずと財政赤字を削減する方法は異なってくることに言及した。

 以上の各点から、ECBは景気対策に軸足を置きつつあり、そのための手段として、引き下げ余地が小さく効果が限定的な利下げよりも、制度として定着した資金供給策を積極的に活用しようとしているといえるのではないか。なお、今回の利下げは全会一致ではなく、記者会見では比較的景気の良いドイツが利下げに反対したのではないかといった議論もあった。しかしECB政策理事会の翌日、EU委員会が発表した経済見通し(ECBはこの内容を事前に知っていたはずである)は、内需の悪化による景気の低迷はフランスからドイツまで及んでいることが明らかになった。

イタリアの新首相指名

 それでは次に、危機再燃の火種となる問題国の現状はどうだろうか。

 4月24日、最大の焦点だったイタリアの次期首相に、中道左派のレッタ氏が指名された。この背景と今後の影響を考える上では、以下の2点がポイントとなるだろう。

 第1に、大統領の仲介により、今年2月の総選挙以降続いた混乱がひとまず収拾されたことである。首相が決まらないまま再選挙に突入するという事態を回避し、ギリシャのように混乱の加速に至らなかったという意味で、政府当局者と国民世論の双方で一定の「危機バネ」が働いたと見ることができるだろう。総選挙後の不透明感が高まるきっかけかとなったベルルスコーニ氏とつながりがある点も、少なくとも短期的には政治的安定要因となる。

 第2に、新首相に指名されたレッタ氏が、従来の緊縮政策を転換し、若者の雇用を重視する姿勢に転換する姿勢を明らかにしたことである。

 この点は、冒頭述べた景気対策に軸足を移しつつあるECBなどのスタンスとも重なり、市場からも比較受け入れられやすい内容ではないか。ドイツのような一部の国を除けば、現状ではこのような姿勢転換によりEUとの対決姿勢が強まる、といったことにもならず、中道左派のレッタ氏がこのようなタイミングで政権に就いたといえるだろう。

1ユーロ=1.30ドルを割る方向に下落も

 以上述べた欧州の景気低迷と問題国の危機再燃リスクを比較すると、現状では前者の重要性が高まっており、それに応じてECBなどが政策姿勢を変化させている。しかし各国の財政支出に制約がかかる一方、ユーロ危機の後遺症から雇用が悪化し内需の不振が続く状態は長続きしやすく、景気回復には、2013年から2014年にかけ時間がかからざるを得ない。このような状況では、ECBの利下げ期待が持続していることに象徴されるように、今後もユーロ圏の金利低下は続くことになるだろう。ユーロについても、危機全体の状態が回復したり、問題国が救済されることをきっかけに上昇するという段階から、徐々に米国などとの景況感格差と、これを受けた金利差に影響されやすい状態に移っていくのではないか。この意味で、ユーロについては、下落圧力が強まらざるを得ないだろう。ユーロドルについては、現状やや足踏み状態にある米国経済次第という面があるものの、「米国の景気回復本格化、欧州の景気低迷は深刻化」という今後の方向性の違いが明確になれば、1ユーロ=1.30ドルを割る方向に下落せざるを得ないだろう。