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林秀毅の欧州経済・金融リポート

EU地中海・中東政策の展開―エジプト・トルコとどう向き合うか

 

2013/08/13

EU外交、エジプト安定化に一役

 7月30日、欧州連合(EU)の外交政策を指揮するアシュトン上級代表がエジプト入りした。7月に入り2回目の訪問となったことが、事態の重大さを物語っている。第1に、EUの基本的な方針は、エジプト軍のクーデターにより成立した現在の暫定政権と、野党の立場となったイスラム同胞団の間を調停に導き、エジプトの政治的な安定化を図ることにあった。アシュトン氏は今回、「我々はエジプトを助けるためにやってきた。何かを押し付けるためにきたのではない(here to help-not to impose)」と述べている。

 第2に、今回の訪問には、拘束されているモルシ前大統領などを解放するという具体的な目的があった。その背景は、EUは外交面で民主主義と人権の尊重を基本理念としていることである。今回、アシュトン氏はモルシ前大統領と実際に会見しており、結局、身柄の解放は実現しなかったものの、軍による強権的な統治やこれに反発する暴動の再発といった事態の悪化をある程度食い止める役割は担ったといえる。

 第3に、エジプト情勢の現状は、中東地域全般の不安定化につながるリスクをはらんでいる。中東地域について、アシュトン氏は今回ほぼ同じタイミングで、たとえばイスラエルとパレスチナのように、直接二国間で対話を行うことが望ましい、と述べている。今回のエジプト訪問が米国と歩調を合わせる形で行われたことを考え合わせると、現在のエジプトへの対応だけでなく、今後、中東地域全体に不安定化が進んだ場合にも、問題の解決は米国主導で行われ、EUはこれに追随し、あまり深入りしたくないという意図が見えてくる。

近隣政策を巡るドイツ・フランスの主導権争い

 ここで一旦、EUの外交政策、特に地中海地域を中心とした周辺諸国との関係を振り返ることにしたい。

 EUと地中海諸国との地域的な関係は、1995年の「バルセロナ・プロセス」という枠組みに始まる。ここには全てのEU加盟国と多くの地中海・中東各国が参加し、互いに政治・経済・社会の各分野で連携を深めることが定められている。この枠組みの特徴は、地中海・中東側の参加国にはアラブ系が多く、ほとんどは将来のEU加盟候補国ではないという点にある。EUから見ればEUの外側にあるこれらの国々が政治的に安定することが重要であり、そのためにも貿易を中心とした経済関係の強化を図ることが必要になる。

 以上のようなEU・地中海関係は2000年代に大きく転換した。そのきっかけは2004年のEU拡大である。EU新加盟国10カ国のほとんどは、チェコ・ポーランドなど東側の旧共産圏諸国だった。これらの国々と政治的・経済的に深い関係を持つEUの主要国は、いうまでもなくドイツである。一方、地中海地域からは、キプロス・マルタという小国が加盟したにすぎなかった。この変化に対し、2006年にフランス大統領に就任したサルコジ氏は、自国と地理的に近く関係の深い地中海諸国との関係強化を目指した。これにより、従来の「バルセロナ・プロセス」を拡充・強化する形で、2008年に「地中海連合」という組織が設立された。当初、EU側からフランスを中心に南欧諸国のみが参加することを目指したが、ドイツなどの強い反発により緩やかな連合にとどまったと伝えられている。このようにEU拡大が東側に進み、この点がドイツに政治・経済の両面で有利に働いたことにフランスが反発し、結果的にEUと地中海諸国の地域協力が進展した。

 さらにその後、2009年のリスボン条約発効により、EUの共通外交・安全保障政策を強化することが決定され、それを担う者として冒頭に述べたアシュトン上級代表が指名された。現在、EUの外交政策では、地中海政策は周辺国に対する欧州近隣政策(European Neighborhood Policy)の一環として、「欧州地中海パートナーシップ(EUROMED)」と名付けられている。そこでは、バルセロナ・プロセス以降の議論をふまえつつ各国の民主化改革やエネルギー・環境分野の協力などが挙げられており、EUと地中海諸国の協力関係は広範だが、一段と緩やかになっていると言わざるを得ない。単にエジプトの国内情勢が非常に困難な状態にあるだけでなく、EUからみれば、エジプトもまた、これら地中海諸国の一つと位置付けられていることが、EU主導でエジプト問題の収拾を図ろうとしないことの背景にあるのではないか。

トルコよりバルカン半島の地域安定を優先

 これまで述べてきたEUの近隣政策と、EU拡大による新加盟国の議論とは明確に分けて考えるべきである。前者はEUの外側にある国とどう付き合うか、後者は加盟候補国をEU内に取り込むことにより、どのように域内の安定化を図るかということが問題になる。

 ここで問題になるのはトルコである。トルコはEUにとって、政治・経済の両面で、単なる地中海・中東諸国の一つという以上の重要な意味を持った国である。トルコは、EU加盟を申請中だが、現在、事実上交渉は中断したままである。政治的には、トルコはイスラム教国にもかかわらず、この地域では数少ない民主主義国である。トルコでは、エジプトに先立ち、今年6月頃をピークとして、イスラム色の強い現政権に対し、国民の抗議活動が活発化した。ここで注目すべきは、EU側からアシュトン代表による懸念声明などの情報発信が、その後のエジプトと比較すると非常に少なかったことである。その背景には、トルコは、あくまで民主主義の土台に立った上で、現政権の路線に国民が抗議を行っており、「アラブの春」以降、混乱が続いているその他のアラブ諸国とは状況が違う、という認識があったのではないか。また経済的には、EUとトルコはEU加盟前の現在でも関税同盟を結んでいることから、トルコはEU向けの生産拠点として発展し、日本の自動車産業なども進出している。

 しかし同時に、トルコは、キプロスの領土問題や他民族との人権問題や、EUに加盟した場合にはイスラム系の労働者をどう扱うかという点が懸念されていることが、EU交渉の進展を妨げている。言い換えれば現在のトルコは、EU加盟候補国になっているものの、さらに交渉を進めることには問題があり、両者ともあえて加盟交渉を進める強い動機を持たないという微妙な状態が続かざるを得ないだろう。トルコはEU加盟候補国である点ではエジプトをはじめとする域内の他国とは異なるものの、EUにとって拡大戦略は、引き続き、バルカン半島の地域安定を最優先に行われることになるだろう。