ドイツ総選挙後の展開とイタリアリスク―ECBは“四重苦”に Tweet this articl
2013/10/09
独大連立は双方の利害が一致
ドイツ総選挙は、予想通り現与党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が勝利し、メルケル首相の3選が事実上確定した。メルケル氏は、今回支持を伸ばした最大野党の社会民主党(SPD)との間で二大政党による大連立を模索している。
それでは、大連立は成立するだろうか。選挙直後から、この交渉が難航するだろうという報道が続いている。確かに両者の間には、国外ではギリシャなど問題国の救済策、国内では財政・年金政策などをめぐり隔たりがある。しかしそれにも関わらず、筆者は大連立が成立する可能性は高いと考えている。
これは2005年から2009年にかけての第一次メルケル政権で両党が大連立を経験しており、今回首相候補となったシュタインブリック氏が当時財務相を務めていたという経緯に加え、今回は、双方にとって大連立を組むことに十分なメリットがあるためである。
まず与党側は、メルケル首相を中心とした体制を一段と安定化できる。さらに、従来メルケル首相は、ギリシャなど問題国の救済について、ドイツ国民の意向を反映し、問題国に対し財政規律を中心とした厳しい要求を行った上で、最終的には妥協する、といういわば「手順」を踏んできた。これによりドイツ国民の支持と、他のEU主要国と協力しながら救済に取り組むという相矛盾する役割を果たしてきたのである。
ここで、親EUの姿勢を取り問題国の救済にも積極的な社会民主党が入閣すれば、メルケル首相にとって「救済に取り組まざるを得ない」という理由がさらに加わることになり、ことを進めやすくなるという面がある。
前月の本レポートでは、現在の比較的落ち着いた市場環境のもとでは、メルケル首相が選挙後、南欧諸国の支援に積極的な姿勢にすぐに転じることは考えにくいと述べた。この意見は今も変わっていないが、以上述べたような間接的な効果によって、一定の時間を経た後に、結果的に問題国支援にプラスの面が出てくることは考えられる。
一方、野党・社会民主党にとっては、政権内に入り政策に携わり発言することにより、自らの存在意義を高めるという意味がある。メルケル首相の人気が非常に高い現状では、閣外から発言を行っても社会民主党にとり現状を改善する見込みは高くないためである。
ただし社会民主党にとって連立は「両刃の剣」となる可能性がある。党の中心的存在であるシュタインブリック氏は失言が多いことで知られ、大連立を組んでも結果的にメルケル首相の有能さが際立つことになる展開が想定される。言い換えれば、大連立が成立した場合、しなかった場合、いずれの場合でもメルケル首相を中心とした体制が安定化に向かいやすいといえる。
以上に関し、ユーロ圏に対する厳しい指摘で知られるFinancial Times紙の寄稿は、第一に大連立が成立しても危機対応は変わらないとして、危機対応は「問題国債務の期限を延ばし、十分価値があるかのように振る舞う(extend and pretend)」だろうと述べている。第二に、社会民主党はこれまでにも連立を組むと現実的な方向へ政策を転換してきたため、大連立内でメルケルの政策を支持し、自らの政策に対するある程度の見返りを得るにとどまるだろうとしている。
イタリア連立政権、今後の政策運営が課題
イタリアでは、中道左派のレッタ政権が崩壊の危機を免れた。今年2月の総選挙後、連立工作が難航し、4月になってようやく誕生したという経緯がある。総選挙では、前首相モンティ氏の構造改革路線が国民に不人気であることに乗じて、元首相ベルルスコーニ氏の中道右派等が勢力を伸ばし、連立政権にも参加していた。
今回、数々の不祥事と訴追案件を抱えるベルルスコーニ氏の議員資格はく奪の動きが進んだため、ベルルスコーニ氏があえてレッタ氏と意見の異なるVAT(付加価値税)を争点に持ち出し、自派の閣僚5名を引き揚げさせたという見方が強い。
その後、議会に提出されたレッタ首相の不信認が否決されたことに市場は安堵し、イタリア国債の利回りは低下した。しかし、今回、元々不安定なレッタ政権が窮地を免れたにすぎず、問題が根本的に解決した訳ではない。ベルルスコーニ氏は今回の倒閣劇で自派から反対者が出た上、議員資格をはく奪されていることが確実視されているが、完全に力を失った訳ではない。
同時に、レッタ氏の政策が支持されている訳でもない。中道左派と中道右派の連立によりようやくできあがった現政権は、財政支出の削減、雇用市場の改革などについて具体的な政策を決定することには、今後も困難が伴うことになるだろう。
ECBに“ユーロ高”の重荷
それでは、以上のようなドイツ・イタリア情勢について、欧州中央銀行(ECB)はどのような影響があると考えている。
まずドイツに関しては、総選挙後の新政権作りが軌道に乗るまで、11月始めに予定されるECBによる単一の銀行監督(SSM)の規則案の発表が遅れたり、その後ドイツの頑なな姿勢によって、来年3月に向け銀行の破たん処理を進める単一救済基金(SRM)の設立が遅れるのではないかという質問が出ていた。これに対しドラギ総裁は、単一の銀行監督を第一段階とすれば単一救済基金は第二段階と位置付けであり、着々と進めていくしかないと答え、その口調には歯切れの悪さが感じられた。前月の本レポートでは、新たな制度構築の遅れがユーロ圏にとって最大のリスクではないかと述べた。この点がドイツの国内政治情勢との関連で注目される可能性があろう。
一方、イタリアの政治情勢と市場への影響についても質問があった。ドラギ総裁は、個々の問題国による市場の不安定化は、これらの国の成長への期待を妨げることはあっても、数年前と異なりユーロ圏全体の状態を損ねることはないとかつてのギリシャ、ポルトガルのような不安定な状態が、現在はイタリアに見ることができると述べ、イタリアの現状と今後に対する懸念の深さを示した。
さらに今回は、ユーロ高への懸念に関する質問が相次いだ。ドラギ総裁は、従来通り為替レートに関する直接の言及は避けた。ただし、これとは別に米国暫定予算案の不成立による一部政府機関の閉鎖などの影響について聞かれ、「長引いた場合にはリスクになる」と答えている。今回のユーロ高が米国財政への懸念の裏返しであると考えられること、10月中旬には債務上限の引き上げ期限が迫っていることから、ドラギ総裁の指摘通り長引いた場合には、ユーロ高の持続につながりかねない。これはユーロ圏景気の下振れ、問題国への懸念の再燃、制度構築への取り組みにユーロ高を加えた「四重苦」といえるのではないか。
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