ECB利下げ後の展開―銀行の資産査定が焦点に
2013/11/12
早期利下げは「本音と建前の一致」
11月7日、ECBが政策金利の0.25%引き下げを決定した。事前の市場コンセンサスによれば「今月の利下げはない」という方向に収束していたため、ユーロ危機への対応策を矢継ぎ早に打ち出した時期にならい「ドラギマジックの再来」ともいえる。市場の期待を先取りして行われる政策は、意外感を通じ効果を発揮しやすい。
今回、市場の意表をついたECBの本音は、行き過ぎたユーロ高の是正にあったというべきだ。ECBの公式見解によれば、為替レートは政策目標ではない。この点はユーロ高が進展した今回の局面でも、従来から記者会見の質疑応答において何度となく繰り返し強調されてきた。
一方、今月の記者会見冒頭におけるスピーチで、ドラギ総裁は「ユーロ圏経済は今後についても下振れリスクが高い」との見通しを示した。その理由として、グローバルな金融市場の環境がユーロ圏経済に悪影響を及ぼすリスクを指摘している。これは具体的には、ユーロが対ドルを中心に押し上げられ、ユーロ圏の外需主導による緩やかな景気回復に水を差すことを指しているといえる。
それでは、今回の利下げが可能になった条件は何か。この点は10月のユーロ圏インフレ率(HICP)速報値が、前月の1.1%から0.7%に急落したことに求められるだろう。ドラギ総裁はスピーチの中で、下落幅は想定以上だったと述べ、その要因を分析している。
ECBの本来の政策目標がインフレ安定にあり、その目安としている2%のインフレ率から大幅に低下したことは、利下げを行う大義名分ができたことになる。失業率の高止まりや政府・企業の債務調整が遅れていることにも言及されているが、これらの点が利下げにより早急に改善すると考えられている訳ではないだろう。
以上のように、ECBが利下げを行うための「本音と建前」が揃ったことが、今回の早期利下げにつながったといえる。
今後の政策姿勢にみるECBのジレンマ
今年7月、ECBが金融緩和を持続する姿勢を示す「フォワードガイダンス」を発表した際、本レポートでは、ユーロ圏景気の下振れ、問題国への懸念の再燃、制度構築への取り組みという「三重苦」により、早期かつ大幅な利下げを行うことになるだろうと述べた。同時に、これを受けユーロに対しても下落圧力が強まるだろうと考えた。
しかし実際には、市場ではユーロ危機から脱出しつつあるという安心感にも支えられ、ユーロ圏経済の回復への期待感がやや上振れた形となった。同時に米国では、金融・財政の両面で、従来の景気回復に向けたシナリオが崩れたため、ユーロは対ドル中心に上昇傾向を強めた。
今回、ECBによる利下げ決定に加え、その後発表された米国の雇用統計が予想外に好調だったことから、ユーロは対ドルで1.30ドル近辺まで下落した。しかし、上に述べたような経緯を振り返ると、今後について、ユーロ圏経済の回復度合いをどう考えるかということが改めて重要になってくる。
この点に関し、今月のドラギ総裁によるスピーチが、通常とやや異なる形で構成されていることに注目したい。その主要部分では、大きく3点のポイントが挙げられている。第1点は既に述べた早期利下げの決定とその理由だが、筆者にとってより意外感が強かったのは、第2点でフォワードガイダンス、第3点で流動性供給の取り組みについて、言及がなされたことだ。フォワードガイダンスにより、相当の期間、政策金利を現状ないし引き下げるという姿勢は今後も変わらないことが改めて強調された。さらにその後の記者会見でも質問に対し、この部分を再度読み上げ、今回の利下げ後も下げ余地があることにも言及した。流動性供給については、通常のオペレーションに加え、ユーロ危機対策として導入された長期資金供給(LTRO)を2015年の第2四半期まで固定レートで全額供給すると強調した。
このような発言によって、ドラギ総裁はユーロ圏経済の回復期待が再び上振れることに釘を刺そうとしているのではないか。同時にこのような取り組みに言及することは、ECBの今後の政策の選択の幅を狭め、ECBが従来から主張しているユーロ圏各国による財政規律の回復を含む構造改革への取り組みを緩めかねない。ECBがこのような取り組みにあえて一歩踏み込まざるを得ないことに、ECBのジレンマがある。
銀行の資産査定と金融政策
さらに、今後は、ECBが約1年かけて実施するユーロ圏の銀行資産査定が、懸念材料として浮上してくる可能性がある。以下、金融政策との関係も含め問題点を検討したい。
時間的に前後するが、10月23日、ECBはユーロ圏の主要銀行の資産査定を、約1年間かけて実施すると発表した。これはECBがユーロ圏の一元的な銀行監督(SSM)を行う前提として行われ、ユーロ危機後の新たな制度構築の実質的なスタートと言える。対象となる銀行数は128行であり、資産でみると全体の約85%をカバーしている。また、スペインのカハと呼ばれる地方銀行なども数行含まれている。
しかしここで、第1に、今回の査定手法が問題となる。ECBが発表した実施案によれば、今回の査定は①監督の立場からみたリスク評価、②不良債権を含む資産の評価、③今後のショックに備えたストレステストの三段階で行われるとされている。しかし必要とされる最低自己資本比率(Tier1)を8%とする従来からの基準によっている上、従来EUレベルで行われたストレステストの基準が甘いと批判されており、今回実効性のある資産査定が行われるかどうかが問われることになるだろう。
第2に、実施期間が問題となる。今回の資産査定は来年10月まで約1年をかけて行われる。その結果をふまえ、翌11月からECBが統一的な銀行監督をスタートさせることになっており、この間の時間的な余裕が不足している。この背景には、ECBによる監督の開始時期が徐々に後倒しになっており、これ以上遅らせることができないという事情がある。しかし資産査定の結果に対し、何らかの議論や反発が生じた場合には、これに続く統一的な銀行監督の開始スケジュールに影響を与えかねないと思われる。
最後に、ECBによる金融政策との関係が問題になる。既に述べたようにECBの金融政策は物価安定を最優先目標としている。一方、ECB自身が銀行監督を開始し、銀行救済を決定し銀行に救済資金を供給した場合、これがインフレ圧力となり自らの金融政策と利益相反が生じる可能性がある。この観点からも、問題のある銀行が資産査定の段階で十分に指摘されず、査定も行われず、結果として先送りとなるリスクにも注意すべきだろう。
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